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痴漢になる理由

今回は,最近読んで勉強になった本の紹介をしたいと思います。

『男が痴漢になる理由』というタイトルの本です。

態度

痴漢に対する態度は,複雑なものがあります。SNSでも痴漢に関するニュースや書き込みがあると,その記事は多くのコメントともに広がりがちです。しかし,その書き込み具合は,個人によって大きな温度差があります。なかには「そんなに大きな問題ではない」という意見も。しかし,著者は次のように書きます。

社会が痴漢の被害を「ぐらい」で済ませるとして,喜ぶのは誰でしょう?それは,痴漢当人にほかなりません。被害を軽視することは,痴漢に加担するに等しい行為です。(p.27)

共通点

また,痴漢常習者に共通した特徴のひとつに,共感性の低さがあるようです。この共感性の低さは,心理学でもひとつの大きなテーマになる問題です。

彼らの多くに共通する特徴に“共感性の低さ”があります。「もしあなたの娘が同じ被害に遭ったらどうしますか?」と問いかけると,瞬時に加害者への怒りを露わにする一方で,同じ思いをした人がいることへの想像力や,その人たちへの贖罪の気持ちは見ることができません。(p. 41)

共感性には大きく分けて,他者の視点に立つ認知的共感性と,他者の気持ちに立つ情動的共感性があります。ここで書かれている「想像力」は認知的共感性,贖罪の気持ちは情動的共感性でしょうか。いずれにしても,そのような枠組みでこの問題を心理学の研究で取り扱う可能性はありそうです。

病気という観点

また,痴漢は病気だと見ることもできます。一種の依存症のような状態です。しかし,そのように言うことは本人に「病気なのだからやってしまうのはしかたがない」という発想を植え付けかねません。

プラスのスティグマ(烙印)とでもいうべきものを,加害行為をした人間が引き受けるのは非常に無責任かつ危険なことです。病気だとみなすことを「病理化」といいますが,過剰な病理化は加害者の責任性を隠蔽する機能を持っていることを,常に大前提としておく必要があります。(p. 56)

支配欲

そしてこの本では,痴漢行為の本質が「支配欲」にあると主張しています。

痴漢行為の本質は支配欲にあり,それを満たせると感じているからこそ,彼らはこの行為に溺れます。(p.79)

ですから,派手な服装をした女性よりもおとなしい,気が弱そうな女性が狙われる傾向があります。この点は,一般的な認識とのズレがありそうです。「あんな派手な服装で出歩いているからいけないんだ」という意見は,よく目にすることがあります。

痴漢神話

痴漢に対する一般的な意見のことを「痴漢神話」と呼ぶそうです。これは,加害者側も被害者側も,傍観者側も抱いている「一般的によく見かける意見」です。ところがそこには,現実と乖離した,想像に過ぎない意見がよく見られるそうなのです。

つまり社会全体に痴漢とまったく同じ認知の歪みが蔓延しているのです。それが表面化したものを、’私たちは“痴漢神話”と呼んでいます。なんの根拠もないまま社会に許容されている女性観のことで,同様に“強姦神話”も存在します。痴漢自身が抱える認知の歪みと社会に流布する痴漢神話とは,お互いに補完しあう関係にあります。(p. 100)

謝罪は効果があるのか

さて,犯人は捕まると謝罪をします。裁判所でも,反省文が読み上げられることがあるそうです。ところが,謝罪に効果はあるのだろうかと,著者は疑問を投げかけています。

叱責と責任の追求から1分1秒でも早く逃れたい一心で,反省してみせる。それを見せられる側も,納得してその場の怒りを収める……という一連の流れ。私たちのなかにもこの習慣は根づいているので,そこに真の謝罪の念や贖罪の気持ちがないことは容易に想像できるでしょう。(p.176)

たしかに,学校での様子を思い出してもらえばよくわかると思うのですが,謝罪の動機は「そこから逃れたいから」であって,「反省したから」ではないことは多々あります。それは,大人でも同じではないでしょうか。不祥事によって会見を開き,謝罪をします。見ている人はその姿に溜飲を下げるかもしれません。しかし,謝罪をしている側のいちばん大きな気持ちは「早く過ぎ去れ」ではないでしょうか。

謝罪に,溜飲を下げる以上の効果はあるのでしょうか。

痴漢の話を聞くと,紋切り型な反応が数多く見られます。時には別の話へと逸らしてしまうことも多々あります。たとえば冤罪の話などにです。この本の中にも書かれていますが,痴漢の被害にあうことと冤罪の話は,別の話です。ところが両者を一緒に論じてしまう様子があとを絶ちません。

なぜ男性は擁護してしまうのか

そこでなぜ男性たちが痴漢を擁護するような発言をしてしまうのか,その分析も読んで「なるほど」と感じました。それは,非意図的に自分自身になぞらえてしまうからではないかという分析です。

実際に電車内で好みの女性を見つけて「すてきだな」「触ってみたい」と思ったことがあれば,その延長線上に痴漢行為があり,「自分もやってしまうのではないか」という当事者性を自分のなかに見出すでしょう。それは,男性にとっては恐怖でしかありません。これも男性が痴漢問題から目をそむけつづける大きな原因でしょう。(p.273)

根本的に痴漢をなくすためには,都市部の電車の混雑をなくすしか手がありません。その対策はなかなか難しいのではないでしょうか。しかし,その中でもどのように考えて,どのように対策していくべきなのかについて,考えさせられる本でした。

反省させると

さて,この本を読んでいて、もう一冊の本を思い浮かべました。この本も,反省をさせるという行為が本当に効果的なのかということを考えさせてくれます。あわせてぜひどうぞ。

『反省させると犯罪者になります』というタイトルの本です。



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