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立証責任はどちらにあるのか

今回も,スティーブン・ピンカーの『人はどこまで合理的か』から,議論の中での混乱させるテクニックについて見ていきましょう。


立証責任

「立証責任は異を唱える側にある」という言い方,わかるでしょうか。この変形に「文句を言うなら対案を示せ」もあるように思います。これも,どこかでよく見るフレーズです。

これは,論文の査読をしているときも同じです。「著者は○○と論じているが,これは正しいのだろうか。この点についてもっと詳細に記載すべきである」といったフレーズを,査読者はよく書きます。立証すべきは著者のほうであり,疑問を呈する側は対案を示す必要はないのです。「審査する側として読んでいて納得できないので,納得できる証拠を示してください」というのは,査読側の正当な主張です。読んでいて納得できないから,もっと説明してほしいと要求しているのです。

著者としては「だったら,具体的にどうしたらいいのか教えてください」と査読する側に言いたくもなります。しかし「あなたの方がこの問題については詳しいのですから,適切な改善をしてください」と言われることでしょう。

このような問題は,査読のように提案する側と審査する側,提案する側と投票する側,などといったように立場が分かれている時だとわかりやすいといえます。

ある政党の提案に別の政党が「この部分が不十分だ」と言ったとしても,より具体的に対案を示すべきだとは限りません。「このような問題が生じるから不十分だ」で,議論としては十分でしょう。改善は提案する側に委ねられます。先ほどの査読の例と同じです。

つまり,「立証責任は異を唱える側にある」は,誤謬なのであり,立証責任は提案する側にあるのです。が,「なんでも反対ばかりしやがって」という意見は,よく見かけます。

ティーポット

この問題でよく知られた例が,宇宙に浮かぶティーポットです。

イギリスの哲学者バートランド・ラッセルは,「あなたは神が存在しないことを証明できないのに,なぜ不可知論者ではなく無神論者なのか」と尋ねられました。そのときに,次のように答えたとされます。

「地球と火星のあいだを楕円軌道で移動している陶器のティーポットが存在しないことは,誰にも証明できません」

ラッセルが神の存在を否定する証拠を提示する必要はありません。これは,反対派に証拠を出せ,と言っていることになります。証拠を提示すべきなのは神を信じる側であり,ラッセルではないということです。

もっとも,「ないことを証明する」ということ自体,悪魔の証明と呼ばれていて「できないこと」なのですが。

神は妄想である

この例は,リチャード・ドーキンスの『神は妄想である』でも取り上げられています。まあ,誰も宇宙に浮かぶティーポットを崇め奉ったりすることはありませんよね。

 正統派の人々の多くは,教条主義者が一般に認められているドグマを証明するよりも,懐疑論者がそれを反証するのが務めであるかのごとく語る。もちろん,これはまちがいである。もし私が,地球と火星のあいだに楕円軌道を描いて公転している陶磁器製のティーポットが存在するという説を唱え,用心深く,そのティーポットはあまりにも小さいのでもっと強力な望遠鏡をもってしても見ることができないと付け加えておきさえすれば,私の主張に誰も反証を加えることはできないだろう。しかしもし私がさらにつづけて,自分の主張は反証できないのだから,人間の理性がそれを疑うのは許されざる偏見であると言うならば,当然のことながら私はナンセンスなことを言っていると考えられてしかるべきである。しかし,もし,そのようなティーポットの存在が大昔の本に断言されており,日曜日ごとに神聖な真理として教えられ,学校で子供の心に吹きこまれていれば,その存在を信じることをためらうのは,異端の印となり,疑いをもつ人間は,文明の時代には精神分析医の,昔なら宗教裁判官の注意を引くはめにおちいっただろう。

責任のテニス

時には,責任を双方がなすりつけ合うこともあるそうです。「立証責任はそちらにあります」「いや,責任はそちらにあるのです」といったように。これを「責任のテニス(burden tennis)」と言うそうです。

実際には,何かを立証しようとする側に立証する責任があります。議論の中では,どちらが提案や主張をしようとしているのかを見極めましょう。

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