聞かれると「はい」と答えてしまう傾向
質問項目に対して,本当の回答をするのではなくなんらかの形で歪んだ回答をしてしまうことがあります。
そのひとつが,回答バイアスと呼ばれるものです。回答バイアスは,人間が質問に回答する際に多かれ少なかれ生じる現象で,意図的なものも非意図的なものも含みます。自分では正直に回答していると思っていても,回答が歪む場合があるということです。
また,日本の人びとには,なにか特徴的な回答のしかたがあると思いますか?たとえば……
◎「どちらでもない」など曖昧な回答をしがちなのではないか
◎極端な回答を避けるのでは
などなど。はたして,実際はどうなのでしょうか。
回答バイアスの種類
簡単に,どのような回答バイアスがあるのかリストにしてみます。
◎社会的望ましさ反応……より良く見せようとする傾向
◎極端反応傾向……端の選択肢ばかりを選択する傾向
(例)5段階で1と5ばかりに○をつける
◎黙従傾向……質問に肯定方向に回答しやすい傾向
(例)「いいえ」よりも「はい」,「あてはまらない」よりも「あてはまる」
◎中心化傾向……中央の選択肢を回答しやすい傾向
(例)「いいえ」「どちらでもない」「はい」だと「どちらでもない」
◎キャリーオーバー効果……ある質問項目の内容が次の質問の回答に影響する傾向
(例)恋愛経験の質問をした後で自己評価を尋ねると,逆の順番の場合とは回答内容が変わってしまう
◎近接誤差……隣接する質問には同じような回答をしてしまう傾向
これらの他にも,さまざまな回答のバイアスが知られています。そして,回答バイアスのなかには,個人の何らかの心理的な特徴が反映するものもあります。
特に,極端反応傾向や黙従傾向,中心化傾向については,その背景に何らかの心理的な個人差要因が仮定されることがあります。
日本人の回答バイアス
日本人には,他の国と比べてなにか特徴的な回答バイアスが見られるのでしょうか。その問題に取り組んだ研究のひとつが,この論文(日本人の回答バイアス―レスポンス・スタイルの種別間・文化間比較)です。
この論文では,黙従傾向(論文内では黙従反応傾向),極端反応傾向,中心化傾向(論文内では中間反応傾向)について,日本とアメリカと韓国の調査結果を比較しています。また,構造方程式モデリングでこれらの回答傾向を算出している点も,この研究のひとつの特徴です。うまいやり方だな,と感心しました。
さて,なんとなく「日本人は中心化傾向が強いのでは」という漠然とした予想はあるのですが,国際比較の結果はどうなったでしょうか。
◎日本と韓国はアメリカに比べて中心化傾向が強い
◎アメリカは日本と韓国に比べて黙従傾向が強い
◎どの国においても,3つの回答バイアスのうち黙従傾向がもっとも強い
◎日本は黙従傾向と中心化傾向の強さが同じくらい
こういう結果が見られました。日本と韓国はやはり中心化傾向がよく見られるようで,これについてはアジアの特徴として考えることができるのかもしれません。
また3つの回答バイアスの中では,どの国でも黙従傾向がいちばん強く見られる傾向のようです。これはもしかすると,質問と回答の形式によるものなのかもしれません。心理学でよく用いる方法は,ある質問文に対していくつかの段階の中から回答を求める形式です。このような形式が,黙従傾向を生み出す可能性があるとも言われています。
その一方で,黙従傾向に文化差がある可能性もこの論文では示されています。また,黙従傾向は何に関連するのでしょうか。そこで,もうひとつの論文を見てみましょう。
ヨーロッパの国際比較
ヨーロッパ20カ国の調査から,黙従傾向の国際比較を試みたのがこの論文(Acquiescence response styles: A multilevel model explaining individual-level and country-level differences)です。
問題部分で,これまでの黙従傾向に関する研究がまとめられています。面白いなと思ったのは,たとえば男性よりも女性,教育年数が長い人より短い人の方が黙従傾向が強くなる傾向が報告されているのですが,必ずしも常にそれが報告されているわけではなく,関連がないという結果を報告する研究もあるという点です。
また,これまでの研究では地域差も報告されているようです。たとえば地中海沿岸の国々ではそれ以外の国よりも黙従傾向が強い傾向にあるとか,腐敗認識レベル(その国でどれくらい公務員や政治家が汚職をしていると認識されているか)が高い国ほど,黙従傾向が強いという報告もあるとか。なかなか興味深い傾向です。
この論文で分析されたデータは,ヨーロッパ全域で調査された社会調査のもので,各国1000人から3000人くらいのサンプルサイズがあります。全体で4万人程度です。
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