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やっぱり鯔が好き

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鯔に関する話です。鯔は魚のボラのことです。
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鯔のおんがえし

 海の近くにあるそのハードオフは場所柄なのか、サーフボードがとても充実している店舗だった。ジャンク箱から『なんてったってベースボール』の子亀カセットをみつけて上機嫌で駅へと歩いていると、海岸のほうがなにやらさわがしい。砂浜におりてみると子供たちが数人で輪になってなにかを罵っていた。 「くせーんだよ!」 「デトリタス食ってんじゃねえよ!」  その中心には打ち上げられたボラがいた。もう跳ねる元気もなく死を待つばかりのようで、砂にまみれたあわれなボラをほおっておくわけにもいかず、子

島の出来事

 大学の卒業旅行として、東海地方のとある島を訪れた。旅のプランや予約など、すべてを友人に任せっきりにしてただ後ろからついていくだけだったのでなにも言えないのだけれど、なぜそんな小さな島へ行くのかと疑問におもい、事前にネットで調べてみるとあやしげな情報が出てきた。  友人は髪をドレッドにしていて、上野のアメ横の服屋で働いている。ボブマーリー好きだし、いつもラスタカラーだし、どうも瞳孔がひらいていることがあったりして、はっきりと確認したことはなかったけれど、なるほどなとおもった。

鯔がきらめく、浅瀬は春(1)

ファミコンのRPG『MOTHER』ではゲーム開始直後、主人公とその仲間たちの名前に加えて、「すきなこんだて」をまずは入力することになる。「すきなこんだて」に入力したものはゲーム内で、HPを回復するためママに話しかけると毎回作ってくれることになる、そういう演出だった。自分はここに「おさしみ」と入力したがこれは他ならない、ボラの刺身のことだった。 実家の近所の魚屋さんに駐車場として土地を無償で貸していたため、頻繁に魚の差し入れをもらっていた。地元ではゲタと呼ばれてとにかく安く手

鯔がきらめく、浅瀬は春(2)

ボラは70-80年代のロックアイコンだった。デヴィッド・ボウイやデュランデュランでおなじみの襟足を長く伸ばしたあの髪型は「Mullet Hair」といい、Mulletとはボラのことだ。 流行るにつれて、襟足以外はより短髪に、サイドを刈り上げたりと先鋭化していったが90年代に入ると一転、ビースティー・ボーイズが『Mullet Head』でバカにしたようにダサい髪型の代名詞になった。 髪型とボラは他にも縁がある。江戸時代の魚河岸の若い衆が髷を横に寄せて結ったものを、ボラの若魚

海開きの前に

毎年七月第二週の土曜日に行われる海水浴場の海開きよりも早く、五月になると毎朝、地元の海へと自転車を走らせる。どちらが先に海へ到着するかの勝負がかかっているから、横で必死に自転車を漕ぐプリワーロフに負けないよう、ペダルを踏むペースを上げた。 季節外れだから砂浜には散歩をしている年寄りを見かけるぐらいで人はほとんどいない。草むらに自転車を倒して堤防を乗り越え、あと二ヶ月もすれば海水浴客でいっぱいになる砂浜を全力で、ゴールの岩場を目指して二人で駆けおりていく。 先に岩の上に到着

船いっぱいの鯔を

 漁師や釣り人は、夜明けから日の出までを「まずめどき」と呼ぶ。魚を取るには絶好の時間帯なのだけれど、田舎の小さな漁港しかないような海だとそれほど人もいない。このまずめどきに自分はこっそりと、岬をまわったところのスポットでいつも誰にも知られないように漁をする。  その場所にはボラがよく泳いでいる。近くの小さな岬の名前には鯔の漢字が使われているようなところだから、かつてはボラ漁が行われていたのだろう。しかし今ではボラなんかを獲る人はすっかりいなくなってしまったから、もうこの漁場

鯔ですが、なにか?

 気がつくとそこは海の中だった。あたりは一面深い青緑で、ぐるっと見まわしても海底が見えないから一瞬、上下左右もわからなくなった。ついさっきまでブックオフの290円CD棚を見ていたはずなのに、いったいなにが起こったのか、まったく見当がつかない。  ちなみに海中にいるのにもかかわらず苦しさはなく、なぜか呼吸ができている。息をすると首スジのあたりから水がすーすーと入ってきている気がして、これは鰓呼吸をしているということなのだろうか。視野が広くなったのかわりと後ろまで見えるようにな

夜の水族館

 館内には非常灯しかついていないから、水槽には反射した自分の姿が写っているばかりだった。しかし深夜ということもあって水族館の魚もきっと眠っているだろうから、見えなくてもあまり問題はない。  小さな熱帯魚の展示が並ぶ通路の途中にある、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれている扉は、閉館後には施錠されることになっている。はずなのだけれど、ここみたいに昔からあるような古びた水族館では、そういった小さな決まり事は守られることもない。  扉の向こうはバックヤードになっている。通路の突

寒ボラを愛する男

 クリスマスも終わり、あとは年越しを待つだけの静かな日々が続いていたある日、児童養護施設の前に一台の白いバンが停まった。運転席から降りてきた男が施設の玄関先に、大きな発泡スチロールの箱を二つ置いていく。それに気づいた職員が声を掛ける間もなく、男は車に戻り、窓から手を振りながら走り去っていった。  職員が箱の中を確認してみると、そこには丸々として脂の乗った寒ボラが10匹入っていた。手紙が添えられていて、「近海でとれた寒ボラです 皆さんで召し上がってください 寒ボラを愛する男」