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#3 お台場デート

剛は教室を出て、下駄箱に向かっていた。
「剛」
後ろから呼ばれて振り向くと、知多と勇が一緒に居た。
「今日、一緒に勉強しない?」
「どこ?図書館?」
「図書室」
剛は知多から勇に目線を移動させた。勇の表情は変わらず、全く読めない。自分が一緒に行ったら完全に二人の邪魔になるだろうと剛は思い、勇から知多に視線を戻した。
「悪い。今日は塾があるから」
「そう。分かった。じゃあ、また今度ね」
知多はそう言うと、勇と一緒に去っていった。剛は知多が何故、自分に声をかけたのか、考えあぐねていた。
そもそも知多も勇も俺より頭が良いんだから、俺を入れて勉強をする必要ないだろうと剛は思った。
剛が一人で学校の門を抜けて駅に向かって歩いていると、背後から急に抱きつかれた。シトラス系の香水の香りがして、剛はすぐに誰か分かった。
「彩世さん。こんなところで抱きつかないでくださいよ」と言い、彩世の腕を引き剥がそうとした。
「わかった。離れるよ」そう言うと彩世は剛から離れた。剛は周りを見渡した。
学生服の青年とピンクの髪をしたスーツ姿の若い男が一緒に居るのは異様に見えるからか、周りにいる人たちがちらちらと視線を向けているのが分かる。
「今日はどうしたんですか?」
「お前に会いたくなったから会いに来た」
「よくここに居るってわかりましたね?」
「それ」と言って彩世は剛のカバンを指差した。
「その中に発信機が入ってるから」
「えっ?やめてくださいよ」
「うそだって。知多ちゃんに聞いたんだよ」
「…俺に直接、連絡くれれば良いのに」
「お前を驚かせようと思ってね」と彩世は笑みを浮かべて答えた。
「もう十分驚きましたよ」と剛は呆れ顔で言った。
「じゃあ、行こうか」
「え…、行くってどこに?」
彩世は剛の問いには答えず、剛の腕を引き駅に向かう道を逸れて住宅街へと入っていく。剛は彩世に引っ張られるままについていった。しばらく行くと、紫色のコルベットが駐車スペースに停められているのが見えた。
「彩世さんが車って、珍しいですね。」
「普段は酒飲んでいるから、なかなか運転できないし、たまにはな」
剛は彩世にエスコートされて、コルベットの助手席に乗り込んだ。
彩世はコインパーキングで駐車料金の精算をして、コルベットの運転席に乗り込み、鍵を挿しエンジンをかけた。エンジン音が鳴り、コルベットが発進する。
「…何時までなら、時間、大丈夫?塾があるんだろ?」
「塾は今日ないから、大丈夫ですよ」
「知多ちゃんに嘘ついたんだ」
「嘘って言っても、皆がハッピーになれる嘘だから良い嘘ですよ」
「ははっ。良い嘘って、どういうこと?」
「知多と勇を二人きりにしてあげたんですよ」
「まぁ、確かにお前が居たら、邪魔になっちゃうよな。行き先は俺が選んだ場所で良い?」
「良いですよ」
剛が答えると、彩世はカーナビに住所を入力し始めた。
「ヴィーナスフォート?」
「知らない?最近、お台場に出来たんだよね。一度、行ってみたかったんだ」
剛は2月に彩世と一緒に行った海を思い出した。
「彩世さんは海が好きなんですね」
「え?」
「この前も海だったと思いますけど」
「あれはお前が行きたいって言っただろ」
「因みに今日は海には行かないからな」
彩世は剛の方を見て、「まずはその服をどうにかしないと、だな」と言い、お台場方面に向かった。

 ヴィーナスフォートの館内に入ると、どのお店も白い建物と柱で覆われていた。中世ヨーロッパを思い出すような街並みで天井は高く、吹き抜けとなっており、空が浮かんでいる。ショッピングモールのメインストリートは、道幅も広く、普通のデパートとは全く雰囲気が異なった。しばらく歩くと、噴水ある広場に着いた。剛は、思わず感嘆の声をもらした。
「じゃあ、行くか」
彩世は剛の手を掴み、メンズファッションのお店に入り、店員に話しかけた。店員はいくつかのパターンで洋服を見繕い持ってきた。剛は試着室に案内され、店員から洋服を受け取った。洋服を手に持ち佇んでいると、試着室のカーテンが開き、彩世が入ってきた。
「…彩世さん、俺、これを買えるほどの持ち合わせがないんだけど…」
「いいよ。俺が買ってやるから」
「え?」
剛は自分が手にしている服を眺める。
「一人で着れないなら俺が着せてやるよ。」
彩世は剛のYシャツのボタンに手をかけると脱がしにかかった。
「やっ…自分で着れますから」
剛は彩世をふりきり制服のジャケットとYシャツを脱いだ。すると、彩世が後ろから抱きつき、剛の首筋にキスをした。
「何をするんですかっ⁉」
剛は思わず、声を上げると鏡越しに彩世と目線が合い、意地悪そうな目で口元に笑みを浮かべているのが見えた。
「大きい声を出すと、皆に不審に思われてしまうぞ」と彩世は剛の耳元でささやきながら、剛の耳を甘噛みする。
「…っ」
剛は片手で口元を押さえ、声を出さないように堪えた。
彩世は剛の背中越しから剛のズボンのベルトに手をかけた。
「ひっ、一人で着れるんで、出てってください!」
剛は彩世を試着室から追い出そうとして、後ろを振り向くと、彩世はその瞬間、剛に口づけた。最初は軽く数回、口づけをされ、彩世の舌が剛の唇に触れた。剛は自然と受け入れるように軽く口を開けた。彩世の舌が剛の口内に入り込み、歯先や歯の裏をなぞり、剛の舌に絡ませてくる。剛は思わず彩世の腕をつかみ、自分の体重を支えようとした。彩世から与えられる甘い刺激に痺れるような感覚になり、剛は目を開けて彩世を見ると、視線が絡み合った。彩世は剛の唇から自分の唇を離し、にっこりと笑いながら、「外で待ってる」と言い、試着室から出ていった。剛は思わず、その場にへたり込んだ。
剛は何度かの試着で、グレーのジャケットと白のTシャツ、ひざに少し穴の開いたダメージジーンズ、ナイキのエアジョーダンのスニーカーとチェック柄のストールに決めた。彩世もそのお店で剛と色違いで黒のジャケットと花柄のシャツ、黒のレザーパンツとサングラスに着替えて、カードで支払った。
元々、着ていたスーツと制服は店員が綺麗に折りたたみ、ショップバッグにまとめて、手渡してくれた。
お店を出ると、彩世は剛の手を掴んで、ヴィーナスフォートの外に出た。外はすっかりと暗くなっており、空には月が見える。
「どこに行くんですか?」
「東京ジョイポリス」
「へぇ。彩世さんはテーマパークとか興味ないと思ってた。というか、完全にデートコースじゃないですか?」
彩世は剛の手をほどき、剛の腰に手を回して、剛の顔を自分の方に寄せた。
「今日は最初からお前とデートするつもりだったんだけど」
「女の子から呼び出しがあるんじゃないですか?」
「今日は大丈夫」と言い、彩世は携帯を取り出した。
「電源を切ってある。だから、誰にも邪魔されない」
「いつでも呼び出せるように携帯しているのに、電源切ってたら、意味ないんじゃ…。後から怒られるかもしれませんよ」
「一日くらい、連絡取れなくても大丈夫だよ。それより俺と2人で居るのに、他の女の話を持ち出すなよ」
「…すみません。でも、仕事の一環だと思ったので」
「お前が気にすることじゃない。ほら、行くぞ」
剛は彩世から差し出された手を握り、一緒に東京ジョイポリスに向かった。


 剛はホテルのベッドの中で目を覚ました。ベッド脇にあるデジタル時計を見ると、3時8分と表示されていた。ベッドから起き上がろうとしたが、彩世の腕が体に絡んでおり、思うように身動きが取れなかった。剛は首を捻って後ろを見ると、彩世は気持ちよさそうな寝息をたてて眠っている。昨日が金曜だったこと、車で来ているにも関わらず、彩世が夕食にお酒を飲んでいたことから、剛は彩世が最初に声をかけた時からホテルに泊まるつもりだったんだろうと思った。それにしても、と剛は彩世の寝顔を見ながら、今日の出来事を思い出していた。彩世からいつも一方的なスキンシップは受けていて慣れてはいたものの、今日は人目を憚らず歩いている時に手を繋いできたり、肩や腰に手を回したり、食事中も手を触ってきたりと、執拗に触れてきた。最近は、そういったスキンシップも減ってきていたところだったので、剛は忘れかけつつあった彩世と出会った頃を思い出した。お金で繋がる愛しか知らない彩世にお金や損得なしで繋がれる関係性を剛なりに築いてきたつもりだったけれど、今日はほぼお金を彩世に払ってもらい、剛はその対価として一緒に過ごしているように感じた。剛は、彩世と一緒に寝るのも『あの時以来』と気付いた。彩世さんなりに俺に気を使ってくれているんだよなと感じ、剛は彩世を起こさないように、体の向きを180度回転させ、彩世の胸に頭を押し付けて眠りについた。

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