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感謝の気持ちはローリングストック方式で

本記事は、天狼院書店様のメディアグランプリに掲載いただきました。

先日、キッチンの戸棚を整理していたら、非常食の乾パンが見つかった。
いつ買ったのかも記憶にないが、賞味期限を見ると、なんと今年の8月。心のどこかで非常食の賞味期限は永遠のような気がしていたが、長期保存=永久保存ではない事実に改めて気付いた。
そういえば以前、アルファ米(水やお湯を入れるだけで完成するご飯)のセットも購入した気がする。慌ててそれらの賞味期限を確認すると、2023年12月だった。まだ先とはいえ、忘れたころに期限が訪れそうな微妙な日付ではある。それまでに、これらの非常食に頼らなければならないような事態が起きなければよいが……。

地震、台風など、日本は自然災害が多い国だ。
私の最近の記憶の中で最も大きい災害は、2011年3月11日の東日本大震災だ。当時も今も東京に住んでいたとはいえ、かつてない被害の大きさを報道で知るたびに恐怖と不安が募った。備蓄・非常食という点で言えば、スーパーやネット通販では水の買い占めが起きていたが、実家に住んでいた私にとっては、防災への備えは「親がやっているもの」という認識で、自分事ではなかった。

初めて自分で防災を意識したのは、2019年の台風だ。
食料品だけでなく養生テープ等も、スーパーやホームセンターから姿を消した。幸い、自分の住む地域に大きな被害はなかったが、いざとなった時に自分の身は自分で守らなければ、と思い、先に述べたアルファ米をはじめ、寝袋や懐中電灯などを少しずつ揃えていった。

ちなみに、私が購入したアルファ米は12食セットで、チキンライスやわかめご飯など12食の味わいが楽しめる。とはいえ、保存と栄養分、水での戻しやすさを考えて作られた食品ゆえ、劇的に美味しいものではないだろう。非常時にはありがたいが、幸いにも賞味期限まで使うことがなかった場合、日常で12食分、このアルファ米を消費しなければならないのは、結構つらいかもしれない。

最近では、ローリングストックという方法が推奨されている。
日々食べるレトルト食品などを常に少し多めに買っておき、いつでも蓄えがある状態にしておくことだ。備える→食べる→買い足す、のサイクルを繰り返すことで、賞味期限を気にすることなく、また、突然の災害に慌てることなく、備蓄を日常にしていく、という考え方である。
この方法であれば、先ほどのアルファ米のように、「今日から2週間、ランチは毎日アルファ米か……」とならずに済む。
ローリングストックを知ってからは、私もツナ缶やパックご飯などをストックしておくようになった。特にパックご飯は、非常時だけでなく、ご飯を炊くのが面倒な時にもサッと使えるのでおすすめしたい。

そして私には、自分で買い揃える以外にも、備蓄の「ギフト」がある。
数か月に1回、実家の親から大量の食料品が送られてくるのだ。もういい年をした大人なのに恥ずかしい話だが、いまだに親からの食料物資支援を受けている(断っておくが、自らお願いしているわけではない)。
中身は、カップ麺やレトルトカレー、パスタソース、お菓子など、まさに賞味期限の長い非常食になりうるものばかり。送られてきた段ボールを開けた瞬間、今回は何が入っているのかワクワクするし、「しばらく食費が浮くな」などと現実的なことを考えては、感謝の意を込めて手を合わせてみたりする。

そんな親からの仕送りを眺めながら、ふと思う。
非常食の賞味期限が永遠ではないように、親の存在も、永遠ではない。
奥にしまい込んで、気が付いたら賞味期限が切れている乾パンのように、あるいは、賞味期限間近に無理やり消費されるアルファ米のように、適切なタイミングで食べられないと、食べる側(人)も食べられる側(非常食)も不本意であろう。

親子の関係はどうか。
お互いに対する感謝の気持ち、人生の悩み相談、共有したい感動。
伝えることができる時間は、永遠ではなく有限だ。
いつか言おう。今度帰省したときに話そう。そう思っている間に、不幸にして期限が来てしまうかもしれない。特に昨今のコロナ禍で、帰省もままならない人も多いだろう。私自身も、実家には1時間ほどで帰れる距離であるにも関わらず、今年に入ってから一度も帰省していない。コロナのせいにしているが、心のどこかで「用事もないのに帰るのも面倒くさい」と思っていたのも事実だ。そう思っていたのは、「親はいつかいなくなる」という現実を直視していなかったからに他ならない。

伝えたいことを、伝えたい時に、伝えたい人がもうこの世にいなかったら。
それは絶対に後悔する。

だからこそ、ローリングストック方式だ。
日々の感謝は、日々伝える。数年に1回の家族旅行も良いが、小さなコミュニケーションを少しずつ積み重ねる方が、気負わない分、気も楽だ。会うのが久しぶりになると、気恥ずかしくて言いたいことが言えないかもしれないが、毎日少しでも会話をしていれば心の距離も縮まるのではないか。会いに行くことが難しくても、LINEやメッセンジャー、電話など連絡をとる方法はいくらでもあるはずだ。

私も、どちらかというと親とのコミュニケーションは苦手だったが、「また緊急事態宣言になったね」とか「コロナワクチン打った?」とか、コロナ関連での心配事を確認する意味もこめて、コミュニケーションを増やすようにしている。一言、二言でも安心するし、逆にほんの短い会話でも安心できるのが家族の絆なのだと思う。

ちなみに最近、送ってくれた食料品についてのお礼をLINEした。
「この前送ってくれたパスタソースのシリーズ美味しかった!ありがとう!」
するとこんな返事が返ってきた。
「最近は暑くてそうめんばっかりだよ。パスタソース余ってるからまた送るね」
私のために買ってきてくれているのかと思っていたが、どうやら余りものだったようだ。何はともあれ、親が元気そうで良かった。

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