子どもの自殺者数増加についての考察:一斉休校の効果に注目して

〔本記事の要点〕

・小中高生の自殺が急増しているという報道があり、その背景には「一斉休校」の影響があるのではないかという推察が一部でみられた。

・しかし、小中高生の自殺増加はここ10年ほどの長期的な傾向であり、今年度の増加も(現時点では)その増加傾向とさほど変わらないため、新型コロナの影響によって自殺が急増していると言いきることはできないと考えられる。

・また、「一斉休校」が自殺数に及ぼす影響について、即時的な影響(2020年3月~5月頃)はほとんどなかったと思われる(e.g., Isumi et al., 2020)。後発的な影響(2020年6月以降)について現時点では不明だが、学業問題、生活変動への不適応の問題、といった要因が媒介して自殺者数を高めたという仮説は考えられる。

・新型コロナ禍における自殺問題への対処は重要な課題であるが、個々の事例だけで総数としての自殺増減の問題を語ることは難しい。特に自殺の増減について考える上では、デュルケームに代表されるような社会学的アプローチを用いて捉えることも必要と考えられる(補遺1)。

・自殺数について補足的に検討を行ったところ、2020年の小中高生の自殺増加は8月で特に顕著であるが、それ以外の月は比較的平年並みであるとみられる。8月のみ増加している背景としては「夏休みの減少」が一つの要因として考えられるかもしれない(補遺2)。


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はじめに

小中高生の自殺が「大幅増加」しているというニュースを見ました。

自殺する人が急増する中、子どもの自殺も深刻になっていて、去年やおととしを大幅に上回るペースで増えています。専門家は「新型コロナウイルスの感染拡大による生活の変化が影響しているとみられる。子どもの気持ちをしっかりと聞く必要がある」と指摘しています。
厚生労働省が発表した統計によりますと、小中学生と高校生の自殺者はことし4月から先月までで246人と、去年の同じ時期より58人、おととしの同じ時期よりも42人多くなり、深刻になっています。

〔出典〕子どもの自殺大幅増加 コロナによる生活変化が影響か(NHK ニュース)

記事では、専門家の次のような声が紹介されています。この指摘の中では、背景の一つとして「一斉休校」の影響の可能性も指摘されています。

〔精神科医の〕衞藤さんは「コロナの影響とみられる自殺未遂や自傷行為をする人の診察が急増している。特に思春期に入って親や先生に相談しづらい年齢に入る子どもたちの状況は深刻で、早急に支援や相談の体制を構築する必要がある」と話しています。

〔出典〕同上
元高校教諭でカウンセリング心理学が専門の関西外国語大学の新井肇教授は、子どもの自殺が増えていることについて「新型コロナによる一斉休校などで家庭生活の変化が影響している可能性があるうえ、休校が明けてからも授業のペースが変わるなどしているため、『大変だ』『不安だ』と感じている子どもが多いのではないか」と分析しています。

〔出典〕同上

ところで、ここ一ヶ月ほど自殺問題に関する報道は少なからずあり、特に、2020年度は女性の自殺者数が大幅に増加しているということが指摘されてきました。同時に、男性の自殺者数も増加しており、特に、働き盛りの男性の自殺が問題視されている印象があります。

警察庁が公表した統計によると、10月末の自殺者数は速報値で2153人(前年同月比614人増、39.9%増)だった。男女別では男性1302人(前年比229人増、21.3%増)、女性851人(同385人増、82.6%増)で、特に女性の増加幅の大きさが目立つ。

〔出典〕全国の自殺者数、4か月連続で増加。女性は10月、前年比82%も増える(ハフポスト)

ただ、成人男性や成人女性の自殺増加と子どもの自殺増加をまったく同列に語ることはできないでしょう。なぜなら、ここ数年、全体の自殺者数(特に成人の自殺者数)は減少してきたものの、子どもの自殺者数は減っておらず、むしろ増加傾向であるからです。


子どもの自殺者数の動向

平成30年度(2018年度)までの小中高生の自殺者数の動向を以下のグラフで見ていきます。文部科学省の統計であるため、厚生労働省による調査とは数値が異なるものの、明らかに小中高生の自殺者数は近年増加傾向にあることが分かります。特に、平成29年度と平成30年度の間では急激な増加が起こっており、総数として 82人増加(250人→332人)しています。

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〔画像出典〕自殺した児童生徒 最多の332人 昭和63年度以降で(NHK 政治マガジン)
〔参考〕児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査(文部科学省)

なお、令和元年度(2019年度)は総数が15人減少しており、一貫して増え続けているというわけではありません。

しかし、子どもの自殺者数が昨年度より約60人増加しているという状況は近年の傾向とも比較的一致しているため、少なくとも「新型コロナによって急増している」と言いきることは難しいように思います(今後の増え方によっては急増と呼べる状況になる可能性は十分にありますが)。

これは「新型コロナ」の影響による自殺が増えていないと言いたいわけではありません。個々の自殺事例の動機には多かれ少なかれ「新型コロナ」が影響していることは容易に想像がつきます。そして、新型コロナの影響を受けた自殺は大きな問題でもあるでしょう。

ここで言いたいのは、「それが自殺増加に影響していると断言することはできない」ということです。個々の自殺事例の動機と自殺数の増減については別にして考えることも必要だと思います。この点は最後にもう一度論じたいと思います。

※補遺2で2020年の自殺者数の動向についてより詳細に検討したので、興味のある方はそちらも参照してください。


一斉休校によって自殺者は増えたと言えるか(1)即時的な影響

さて、今回のニュースを踏まえて、Twitterなどでは「一斉休校によって子どもたちが苦しめられたから自殺が増えた」という声を見かけました。最初のNHKニュースの記事でも似たような推察がされていました。ただ、この指摘が正しいと言えるかについても非常に微妙です。

まず、第一波の際の自殺傾向について分析した伊角らの研究(Isumi et al., 2020)では、一斉休校によって自殺が増加したという明確な根拠はないという結果が得られています。以下のグラフを見ても、一斉休校の期間中の自殺者は決して多くないと言えそうです。

画像2

〔図〕20歳以下の月別の自殺率の動向
(人口10万人あたり, 2018年1月~2020年5月まで)
〔出典〕Isumi et al. (2020) Child Abuse & Neglect 
https://doi.org/10.1016/j.chiabu.2020.104680

もう少し厳密に考えていきます。まず、一斉休校にはポジティブな影響もネガティブな影響もあったことが考えられます(e.g., Hoekstra, 2020)。

非常に単純な例を出すと、一斉休校によって家族と過ごす時間が増える中で、家族とのつながりを深めた子どももいるし、家族との関係を悪化させた子どももいるということです。中には、虐待などから逃れられずに、深刻な苦しみを抱えた子どももいることが予想されます。

2020年度の4月頃に自殺したのが後者のような状況に苦しめられた子どもたちである可能性は高いかもしれません(個別の自殺動機はあくまで推論することしかできませんが)。しかし、繰り返しになりますが、個別の自殺事例についてはそうした解釈が妥当であっても、それが「増減の要因」と言えるかは別の問題です。

もちろん、2020年度の自殺者数の増加が、後者のような状況(家族との関係悪化など)に苦しめられている子どもの増加である可能性も考えられます。ただし、一斉休校の期間中(3月~5月頃)に自殺者が多かったとは言えないことも踏まえれば、少なくとも即時的に自殺の増加に影響したとは言えないでしょう。

もちろん、人間関係(家族関係)の問題の場合は長期的な影響も考えなくてはならないため簡単に結論は出せないのですが、逆に言えば「一斉休校によって自殺が増加した」という結論も簡単には出せないということです。

なお、チャイルドライン支援センターは、新型コロナに関連した子どもの声(2020年2月28日~2020年4月30日)を分析したデータを公表していますが、《資料3》では「報道等で注目されている、家庭内の虐待や貧困・自殺に関するデータには、チャイルドラインデータベースからは、特段、大きな変化はなかった」と分析されています。

2020年5月以降のチャイルドラインのデータは今のところ不明ですが、少なくとも「一斉休校によって家族関係の問題が増えた」と言い切れるほど簡単な話ではないことが分かります。

なお、児童虐待の対応件数が増加しているという指摘(e.g., NHKニュース)もありましたが、この対応件数もコロナに関係なく明らかな増加傾向にあるため、新型コロナの影響ないし、一斉休校の影響で増減を論じることは難しいと思います。

また、相談件数の増加率が高かったのは1月~3月(それぞれ、去年同月比+21%、+11%、+18%)であり、5月は昨年度よりも減少(- 4%)、4月と6月もほどほどの増加(それぞれ、+4%、+8%)だったそうです。すなわち、一斉休校の期間中に高かったとも低かったとも言えない状況です。

自殺者数とは異なり、暗数の問題が非常に大きいため、簡単に児童虐待が増えた・減ったという議論はできないものの、少なくとも一斉休校期間中に児童虐待(の対応件数)が明確に増えたとは言えないと思います。


一斉休校によって自殺者は増えたと言えるか(2)後発的な影響

統計的に自殺者数の増減の問題を考えるならば、むしろ6月以降、すなわち一斉休校が(多くの学校で)解除された後に自殺者が増えたということが大きな問題と言えるでしょう。この点をどう解釈するか、つまり、ここに一斉休校の影響があると言えるかが次の問題です。

ただ、一斉休校が終わった後に自殺が増加したからといって「一斉休校は自殺を減らした」と論じるのはいくらなんでも雑な議論でしょう。また、自殺増加に一斉休校が間接的に寄与している可能性も十分に考えられるため、安易に「一斉休校に問題はなかった」とも結論できません。

たとえば、一斉休校によって、例年よりも学業問題(例:成績不振)を抱えた生徒が増えて、その結果として自殺が増加したという仮説は考えることができます。また、学業問題が進路問題(例:進路不安・進路の確定困難)につながり、その結果として自殺が増加したという仮説もあり得るでしょう。こうした影響は、一斉休校から少し遅れている今こそ大きくなるはずです。

アメリカにおいて、読解力や数学の力がどのくらい下がってしまうかについてのシミュレーションを行った研究では、読解は例年の63%~68%、数学は例年の37%~50%ほどの習得で、次年度(2020年秋)を迎えてしまうと指摘されています(Kuhfeld et al., 2020)。

結果の解釈に注意を要する研究であり、そのまま日本に適用できるわけではないものの(詳細は原論文を読んでください)、一斉休校によって子どもたちの基礎学力にネガティブな影響がみられている可能性は日本でも否めません。その結果として、秋以降の授業に苦しむ生徒が増え、自殺増加に寄与している可能性は十分に考えられます。

画像3

〔出典〕 Kuhfeld et al. (2020) Educational Researcher
https://doi.org/10.3102/0013189X20965918

また、一斉休校そのものが問題なのではなく、一斉休校という措置によって生活の変化が大きくなったことが、その変化に対応することが困難な子どものメンタルヘルスに影響したということもあり得ます。これは最初に紹介したNHKニュースの記事でも指摘されていたことです。

似たような観点ですが、長期休みの直後である「9月1日」や「4月1日」に自殺が集中するという話と重ねて考えると(Matsubayashi et al., 2016)、一斉休校による "長期休み" から再開する反動によって自殺者が増加するという現象が起こったのかもしれません。

ただ、一斉休校によって「学びが止まっていた」とも言えないので、一斉休校の期間は「長期休み」というわけではなかったですし、この仮説の妥当性は微妙なところだと思います。

なお、新型コロナによる一斉休校(school closure)に関連する悪影響についてはすでに複数の研究で検討されています(e.g., Auger et al., 2020Azebedo et al., 2020Hasan & Bao, 2020Lee, 2020)。ただ、一斉休校後のメンタルヘルスに関する研究はあまりみられない状況であり、今後の研究が待たれるでしょう。

いろいろと書いてきたことをまとめておくと、少なくとも、第一波の段階で若年層の自殺が増えたとは言えないため、一斉休校によって即時的に自殺者が増えたとは考えにくいと言えます。

ただし、学業問題や生活変化への適応困難などを介して、一斉休校が間接的に自殺者の増加に寄与している可能性は否定できないことも事実です。6月以降の自殺増加については今後より厳密に検討していく必要があるとは言えるでしょう。


個別の事例から自殺数の増減は語れない

以上で見てきたことを踏まえて「一斉休校は子どもの自殺を増やしたのか」という問いに答えるとすれば、「即時的には増やしていない。後発的な影響はまだわからない」といったところになるでしょう。

ただし、ここが厄介なところではあるのですが、おそらく「一斉休校」によって精神的な苦しみを増大させた子どもはたくさんいるでしょうし、その中に自殺につながっていった子どもたちもいたのだと思います。だからこそ、一斉休校が悪いのではないかという声も一定数あがるわけです。しかし、同時に一斉休校という措置によって救われた子もいるという視点は必要になるとも言えます。

すなわち「一斉休校の影響という動機をもって自殺する人が増えた」可能性は非常に高いですが、それをもって全体として「一斉休校によって自殺が増えた」とは言いきれないということが言えるでしょう。

もう少し一般化した言い方をすれば「〇〇という動機を持って自殺する人が増える」という話と、「〇〇という要因によって自殺が増える」という話は別モノという認識が必要ではないかと思います。

同じように考えると、「新型コロナの影響という動機をもって自殺する」人は増えているでしょうが、それをもって「新型コロナによって自殺が増えている」とまでは(成人も含めて)言えないことになります。

これは、本稿の前半で「若年層の自殺が新型コロナの影響で急増したとは断言できない」と述べたこととも重なります。新型コロナの影響を理由にした自殺者はおそらく増加しています。しかし、実際の自殺者数の変動について統計を見たときに、現時点で新型コロナの影響で自殺の増加傾向に影響を与えた(グラフの傾きが急になった)と言えるほどの根拠がないのです。

ただ、何度も言っていますが、新型コロナ禍において自殺者数が増えていることは世界的にも問題視され、精神医学の分野を中心に様々な分析や提言がされており(e.g., Hawton et al., 2020; Gunnell et al., 2020John et al., 2020; Niederkrotenthaler et al., 2020; Reger et al., 2020Sher, 2020)、その対策が急務であるということは間違いありません。

結局、自殺者の増加という現象が新型コロナの影響かどうかは別として、新型コロナの影響を受けた自殺を減らすことは重要な課題であり、それを否定するつもりはありません。

冒頭で紹介したNHKのニュースの中で精神科医の先生が言うように「コロナの影響とみられる自殺未遂や自傷行為をする人の診察が急増している」のも事実でしょうし、「新型コロナによる一斉休校などで家庭生活の変化が影響」した自殺もおそらく増えています。こうした状況を踏まえた自殺対策は急務でしょう。

ただし、それらが子どもの自殺"動機”に関与していたとしても、自殺"増加"に寄与したとは言い切れないのです。先ほど述べたように自殺者数が急増したとまでは言えない(これまでの変動の傾向と大差ない)とすれば、あくまで「自殺の理由づけ(動機の語彙)」がこの時代に合った分かりやすい言葉に変わっただけとみることもできるのではないでしょうか。

たしかに、自殺予防は重要な課題ですし、新型コロナ禍ではそれらに配慮した予防を構築していく必要があります。そうした対応が必要であることは事実です。

ただ、殊に「自殺増加」の原因を考える上では、少し違った見方をすることも必要ではないか、具体的には、個々の事例の集合ではなく、社会現象としてとらえていくことも必要ではないか、そんな風にも思います。


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補遺(1)社会学的なアプローチでの自殺理解

マスメディアの報道も、一般市民の発言も、個々の自殺事例をもとにして自殺者数の増減を語りがちです。しかし、自殺者数の増減についてはそうした個々の事例から十分に語れるとは言い難いのは本稿で見てきたとおりです。

本稿で扱った研究は、精神医学や心理学といった「個人要因」に注目するアプローチが中心でしたが、自殺者数の増減を考える上では、「社会要因」に注目する、社会学的なアプローチも必要になると思います。以下に、いくつか例をあげておきましょう。

例えば、古典ではあるものの現在も絶大な影響力を持っているデュルケームの『自殺論』(中公文庫)はまさに自殺者数の増減を考察する上では必読の一冊です。以下の記事もおすすめです。


また、ゴフマンの理論に裏付けられた「フェイス・ロス」論について指摘した『新自殺論』(青弓社)は、2020年に刊行された新しい著作であり、自殺の増減について考える上では有用な文献かと思います。


なお、若年層の自殺率の高さについては、社会学者・土井隆義による「壁を築くより、橋を架けよう ~不安を解消するための処方箋~」というnoteも非常に示唆的です。春頃に自殺者が少なく、夏以降に自殺者が増えた理由について「相対的剥奪の大きさ」と「メンタル・ディスタンス」の二点から論じています。自殺の増減が単純な話ではないことがよくわかる論考です。

さらに、マートンの「アノミー論」をもとに自殺を考察した、犯罪学者・石塚伸一による「【新型コロナ現象について語る犯罪学者のフォーラム】新型コロナで自殺は増えるのか?」という記事も、自殺の増減について考える記事としては面白いのではないかと思います。ただ、この記事は新型コロナ禍の自殺率の増減についての考察はあまり多くないため、この議論を踏まえてどう考察するかということにはなるでしょう。

ちなみに、少し調べた感じでは、デュルケームの自殺論などを踏まえて、新型コロナ禍での自殺問題を考える論文はすでにいくつも刊行されています(e.g., Bastiampillai et al., 2020; Devitt, 2020; Khan et al., 2020; Matthewman & Huppatz, 2020Menon et al., 2020)。

個人の自殺リスク要因だけでなく、社会の自殺リスク要因にも注目した議論は、新型コロナ禍においても必要不可欠でしょう。

ただし、社会学的な考察は成人についての考察がほとんどで、子どもたち(児童・生徒)を対象とした考察は、前述の土井先生のものを除き、十分にされているとは言い難い状況でもあります。


補遺(2)自殺者数の動向の詳細な検討

文部科学省による「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」と厚生労働省(あるいは警察庁)による「自殺統計」での自殺数にはズレがあります。

そのため、本論の中で行ったように文部科学省の調査結果と厚生労働省の調査結果を一緒くたにして議論するのは(本来は)問題です。

そこで、自殺者数の動向について厚生労働省の統計に限定した結果についても確認しておきたいと思います。

まず、以下に示したのが「令和元年版自殺対策白書」の中で示された学生・生徒等の自殺者数の推移についてです。こちらでも、2018年までのデータを確認することができます。

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〔画像出典〕令和元年版自殺対策白書(厚生労働省)
第2章 自殺対策の基本的な枠組みと若者の自殺対策の取組 より
第3節 若年層の自殺をめぐる状況 85頁
https://www.mhlw.go.jp/content/r1h-2-3.pdf

総数(△)を見ると「おおむね横ばいの状況」であることが分かりますが、近年は大学生(○)での継続的な減少に対して、中学生(■)や高校生(▲)で増加がみられ、それらが打ち消し合っているとも言えます。

上記のデータだと見づらいので、小中高生の自殺数のみを取り出してグラフ化しました(下図)。なお、令和元年度の自殺者数についても追加してあります。このように見れば、年によって細かい増減があるものの、総じて小中高生の自殺者数には増加傾向がみられます。

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ところで、厚生労働省の「自殺対策白書」の中では、月別の自殺者数についての検討もあります。小中高生の自殺者数は、概して8月・9月や1月に高い傾向があり、高校生で12月に大幅に減るため、12月の総数がもっとも少ないということを読みとることができます。

画像6

〔画像出典〕令和元年版自殺対策白書(厚生労働省)
第2章 自殺対策の基本的な枠組みと若者の自殺対策の取組 より
第3節 若年層の自殺をめぐる状況 94頁
https://www.mhlw.go.jp/content/r1h-2-3.pdf

ただ、新型コロナの影響によって、2020年の月別の自殺者数の変動はこれまでと違った傾向がみられる可能性も考えられます。そこで、2020年の10月までの自殺者数の暫定値のデータと、令和元年度のデータを、上記のデータと組み合わせて、その月別動向について検討していきます。

なお、2020年のデータは発見日を基準としたデータに基づいています。冒頭で紹介したNHKのニュースなどは、おそらく自殺日を基準としたデータに基づいている?ので、やや数値に齟齬が生じていますが、どうぞご了承ください。

まず、2020年のデータは「暫定値」、2019年のデータは「確定値」となっており、細かい大小関係までは比較できません。2020年の確定値はもう少し高くなる?ことが予想されます。ただし、大まかな動向をつかむ上では問題がないと判断し、これらのデータを使用しました。

また、黒線で示した「過去11年間の平均」については、上記の自殺対策白書が対象としている平成21年~平成30年のデータと、最新の2019年の確定値を使って平均値を算出したものとなっています。

それでは、グラフを見ていきましょう。

画像8

過去11年の平均(黒●)と2020年のデータ(青■)を比較すると、明らかに今年は8月と9月の自殺者数が多い傾向がわかります。ただし、9月の自殺者数については昨年(橙▲)の確定値とほとんど差がないことも分かります。

すなわち、新型コロナが自殺増加に寄与したと仮定する場合、その傾向が明確にみられるのは(現時点では)8月のみと言えそうです。

このように考えると、例えば、ブルームバーグの記事「国内の自殺者が前年比3カ月連続増、女性と子供で顕著-コロナ影響か」(2020/10/14)は8月の子どもの自殺者数が倍増したことをもって「子どもの自殺者数の増加が顕著」であるかのように書いていましたが、8月は特異的な数値を記録していた可能性があり、本当に子どもの自殺者数の全体的な増加が顕著と言えるか断定するのは難しそうです。

ただし、例年の傾向として11月から12月にかけて自殺者数は減少する傾向があります。今年もこのように冬に自殺者数が減少していくかは一つのポイントとなるでしょう。冬場に自殺者数が減らなければ、確かに「大幅増加」と言えるかもしれません。

すなわち、新型コロナが本当に自殺増加を引き起こしているかがわかるのは、これから(11月以降)ということです。

また、8月に自殺者数が大幅に増加したということを考えると、なんとなく「夏休みがほとんどなかった」ことへの心理的負担の大きさを想像してしまいます。実際、自分の周りの小中高生に話を聞いた感じでは、夏休みが2週間ほどしかとれなかった学校が少なくない印象です。

そういう意味では「一斉休校によって夏休みが十分にとれなかったことが8月の自殺増加の原因になった」という解釈はあり得るかもしれません。

日本の研究ではないのですが、Hansen & Lang (2011) の研究では「夏休みが若者の自殺者数の減少に寄与している」ことが示されています。

実際、夏休みが "なくなる” 19歳以上の自殺率は夏休みのある14歳から18歳と夏の期間において明らかなギャップがあります(下図)。

画像8

〔画像出典〕Hansen & Lang (2011) Economics of Education Review
https://doi.org/10.1016/j.econedurev.2011.04.012 

日本の場合には、むしろ大学生の方が夏休みが長い場合も多く、また中高生は部活などに勤しむため夏休みが事実上ないというケースも少なくないため、単純にこうした関係がみられるわけではないでしょう。

むしろ、大学生の夏期期間の自殺率は低く、中高生の夏期期間の自殺率は高いというのが月別の比較をしたときの一般的な傾向です。

しかし、この研究を踏まえるならば「夏休みがなくなると自殺が増える」という影響はみられてもおかしくないと言えそうです。

ただし、繰り返しになりますが、あくまでも仮説なので断言することはできませんし、日本においてこうした関係が成り立つかは分かりません。

また、そもそも「8月だけ増加した」という指摘も用いたデータが暫定値である以上、どれだけ分析を行っても仮説でしかありません。そのため、この補遺で行った議論はあくまでも個人的な興味で行った補足的な分析と考えてください。

また、この結果を踏まえて「夏休みを減らした学校が悪い」といったことを言うつもりもありません。

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