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教育再生実行会議の提言を読みました

先週、二回にわたって教育再生実行会議の提言についてのnoteを書きました。(よろしければ是非お読みください。)

これまでは、メディアによる報道の内容を基にして論考をしてきましたが、ついに公式資料が公表されたようです。今回はこの提言の本文を読みながら、メディア報道で疑問だった点について確認してみようと思います。

これまでのnote

資料について

*技術の進展に応じた教育の革新、新時代に対応した高等学校改革について(第十一次提言)

第11次提言は次のような構成となっています。
前半が「AI時代への対応」、後半が「高等学校改革」についてです。

はじめに (p.1)
1.技術の進展に応じた教育の革新 (p.2)
(1) Society 5.0 で求められる力と教育の在り方 (p.5)
(2) 教師の在り方や外部人材の活用 (p.7)
(3) 新たな学びとそれに対応した教材の充実 (p.10)
(4) 学校における働き方改革 (p.12)
(5) AI時代を担う人材育成としての高等教育の在り方 (p.12)
(6) 特別な配慮が必要な児童生徒の状況に応じた支援の充実 (p.13)
(7) 新たな学びの基盤となる環境整備、EBPMの推進 (p.15)
(8) 生涯を通じた学びの機会の整備の推進 (p.18)
(9) 教育現場と企業等の連携・協働 (p.18)
2.新時代に対応した高等学校改革 (p.19)
(1) 学科の在り方 (p.21)
(2) 高等学校の教育内容、教科書の在り方 (p.23)
(3) 定時制・通信制課程の在り方 (p.25)
(4) 教師の養成・研修・免許の在り方 (p.26)
(5) 地域や大学等との連携の在り方 (p.28)
(6) 中高・高大の接続 (p.29)
(7) 特別な配慮が必要な生徒への対応 (p.31)
(8) 少子化への対応 (p.32)

わたしの疑問点

メディア報道を見たときの最大の疑問点は「普通科高校の生徒は一斉的・画一的な学びが原因で学習意欲が低い」という指摘についてのエビデンスでした。こんな話は聞いたことがなかったからです。

この点について、前回のnoteでも紹介した通り、専門学科よりも普通科の生徒の方が学習意欲が低いという論文は一応ありました(一斉的・画一的な学びについての指摘は皆無でしたが)。

しかし、依然として具体的なエビデンスはわかりませんでした。
そこで、今回の提言を見ながら該当しそうな部分を確認してみることにします。

学習時間の減少?

高等学校における課題は、文部科学省と厚生労働省が実施している「21 世紀出生児縦断調査(平成 13 年出生児)」等を通じて把握されています。同調査は、平成 13 年に出生した子供を対象に毎年実施しており、第 16 回となる今回、対象が初めて高校1年生等になりました。今回の調査の結果では、学校生活への満足度(授業の内容をよく理解できている、学校の勉強は将来役に立つと思うなど)や学校外での勉強時間について、中学校段階に比べて高等学校入学後では低下しており、他の調査の結果(※)も踏まえれば、高校生の学校生活等への満足度等が中学校段階に比べて低下しているのではないかということも考えられます。(p.19−20)
※高校生の学校外での勉強時間が少ないこと等については、「第5回学習基本調査」データブック(ベネッセ総合研究所)において報告がなされている。(p.20)

偶然かもしれませんが、いずれの調査結果についても前回のnoteで既に触れていましたが、どちらの調査も「普通科高校の高校生の学習意欲が低い」というエビデンスとしては不適当(不十分)です。とはいえ、学習意欲の向上は大切な課題ですから、このあたりはスルーしておきましょう。

一斉的・画一的な教育で学習意欲が下がる?

学校視察やヒアリング等を通じ、普通科においては、生徒の能力や興味・関心等を踏まえた学びの提供という観点で課題がある場合があり、一斉的・画一的な学びは生徒の学習意欲にも悪影響を及ぼすこと、専門学科においては、社会や産業界の変化に応じた最新の教育を実現するための教育環境に課題があること、総合学科においては、普通科・専門学科の多様化が進展する中、総合学科としての特色の発揮という観点で課題があること等が明らかになりました。(p.21)

ここには、わたしが疑問視したエビデンスは何一つ書かれていません。
また「学校視察」は誰がどういった学校を見たのでしょうか。
「ヒアリング等」とは、いったい誰に対してのものだったのでしょう。

これだけを読むと、こんな得体の知れない「学校視察やヒアリング等」なるものによって、普通科は「生徒の能力や興味・関心等を踏まえた学びの提供」における課題があり、一斉的・画一的な学びによって学習意欲が下がっているという状況なのだと断定されているのかなと思ってしまいます。

視察とヒアリングの実態

少し調べてみたところ次のような資料が見つかりました。

こちらで、提言の中間報告を閲覧することができます。その中に、会議の経過についての記述があり、視察とヒアリングの対象が分かります。

資料によると、視察が行われたのは、千代田区立麹町中学校、東京都立向丘高等学校、東京都立稔ヶ丘高等学校の3校のようです。麹町中学校は工藤勇一校長を中心とした革新的な学校改革が話題となっている中学校ですね。(工藤校長は、実行会議の構成員にも選出されています。)

また、ヒアリングの対象となったのは、以下の方々(および機関)のようです。

新井紀子 国立情報学研究所教授
林部貴亮 Classi株式会社マーケティング部長
小松弥生 埼玉県教育委員会教育長
安宅和人 ヤフー株式会社チーフストラテジー
文部科学省
経済産業省
長谷川敦弥 株式会社LITALICO代表取締役社長
鈴木淳一 福島県教育委員会教育長
福島実 群馬県立勢多農林高等学校長
仁井田孝春 東京都立つばさ総合高等学校長
奥村英夫 全国定時制通信制高等学校長会理事長・東京都立荻窪高等学校長
武内彰 東京都立日比谷高等学校長
蘇武和成 神奈川県教育委員会教育局指導部高校教育課専任主幹兼指導主事

一見するとかなり多いのですが、よく見ていくと、教育学者(およびそれに準じる人)はいっさい出てきていませんね。現場の声はもちろん重要なのですが、学術的な知見を活かそうとする様子がないというのは、いかがなものでしょう。エビデンスの軽視と言わざるを得ないと思ってしまいます。

ちなみに、実行会議そのものにも教育学者はいないんですよね。歴史学者、法学者、宇宙飛行士などはいるのですが……

現行制度の問題点

現行制度の問題点に言及したこのような記述もありました。

現行制度では、必履修科目を全ての生徒に履修させた上で、選択科目等を自由に開設できる制度となっているが、多くの学校では、教育目標は掲げられているものの、教育課程と十分に関連付けられていなかったりするなど、生徒の個性や社会の人材需要等に基づいた学校の特色を発揮しきれていないという課題がある。このため、全ての高等学校において、教育理念を明確化するとともに、教育理念に基づき、 生徒の受入れ、教育課程の編成・実施、修了認定等を通じた一貫した教育活動が行われるよう、生徒受入れに関する方針、教育課程編成・実施に関する方針、修了認定に関する方針を定めることとする。(p.21)

この文章(太字)についてはちょっと意味が理解できなかったのでコメントをするのは控えますが、ひとまず後半の方針について大きな異議はありません。それにしても、学校の特色というものは「生徒の個性」と「社会の人材需要」に基づかなければならないというのは初耳ですし、正直理解できていません。

結局のところ

これまで、私の疑問点を中心に提言の資料に目を通してきたわけですが、結局、納得のいく記述(十分なエビデンス)は見当たりませんでした。

高校生の学習意欲が低下していることについての資料として提示された「21世紀出生児縦断調査」や「第5回学習基本調査」で示された結果をそのまま「高校生の学習意欲に問題がある」と解釈するのは無理があると考えます。

前者は、中学3年生から高校1年生への移行に伴う環境の変化や学習内容の高度化など、他の関連要因についての検討をする必要があるでしょう。後者についてはそもそも第5回調査で大幅に改善したという実態に目を向けるべきでしょう。

また、普通科は「生徒の能力や興味・関心等を踏まえた学びの提供」における課題があり、一斉的・画一的な学びによって学習意欲が下がっているという状況であるという断定についても、十分なエビデンスは分かりませんでした。

高等学校の視察はたった二校であり、しかも片方はチャレンジスクールですから、実質は一校の視察のみで、全国的な高等学校の状況を断定して改革を提案しているわけです。

ヒアリングも高等学校の校長先生らへのヒアリングは何件かあったようですが、いわゆる教育学の専門家は皆無です。またどのように反映されているのかについても不透明ですね。

時間の都合で細かく議事録をチェックできているわけではないので、断定するのは控えますが、少なくとも「エビデンスがはっきりしていない・はっきりと分からない」ことに変わりはありません。

おわりに

前回のnoteでは、働き方改革を何よりも最優先にすべきだという旨を最後に書きました。

しかし、今回の提言の中での働き方改革についての記述は(軽く触れられてはいますが)非常に薄っぺらい内容であると思いました。

一方で、提言の全体にわたって「教師」に求められるものの大きさについて繰り返し強調されています。これでは、働き方改革をしたくても、どんどん仕事が増えていく一方なのではないでしょうか。国は本気で働き方改革をする気はあるのでしょうか。

あまりこういう言い方は良くないかもしれませんが、働き方改革を本気でやらなければ、この提言はただの夢物語になることでしょう。失礼を承知で言えば、今回の提言を読みながら、日本の「教員」のことをまったく真剣には考えていないんだろうなと思ってしまいました。

「教員」あってこその「教育」であるということを改めて強調して、本稿を終えたいと思います。

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