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Netflix『このサイテーな世界の終わり2』

二匹でいること

昔、親戚がビーグル犬を親子で二匹飼っていた。二匹は散歩のときも食事の時も常に一緒にいて、とにかく仲が良かった。犬小屋は二つ用意していたが、一つの犬小屋の中に二匹で寝ていることも多々あった。

親犬が老衰で死んでしまったとき、子供の犬は明らかに動揺し落ち込んで、後を追うようにすぐに彼女も死んでしまった。

このドラマ、アリッサとジェームズの結末を見て、そんなことを思い出したりした。

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傷跡の治し方

『このサイテーな世界の終わり2』は、メインキャラクターのアリッサとジェームズが、各々の孤独やトラウマを振り払って自己を回復させようとする物語である。

アリッサは殺人によって負ったトラウマを結婚で、ジェームズは父親との死別をアリッサからの愛で、心の穴を必死に埋めようとする。

当初の二人に共通していることは、各々が求める劇的なドラマこそが救世主であると信じ切って、依存しようとしている点にある。

彼らは同時に、自らも含めたそのドラマの中の人物の人間性を否定することによって恩恵を得ようとする。

期待されている自分を差し出すことで、相手にも”期待通りに作られた世界”を差し出すことを強要し、孤独を打ち消してくれるその対価を与えられるべきだと考えていたのだ。

それこそが、孤独やトラウマから自己を回復させるための唯一の手段だと信じていた。

しかし、再開後のすれ違い続けるやりとりを通じて、アリッサとジェームズは二人の関係性に違和感を覚えていく。

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アリッサの結婚

アリッサはシーズン1で負った殺人というトラウマを、見知らぬ土地での結婚によって清算・忘却しようとしていた。

ジェームズとの逃避行後、学校に馴染めるわけもなかった彼女は、夫に捨てられた母親と共に学校も辞めて郊外の姉妹の元に身を寄せると、働き始めた近所のカフェの常連、トッドと付き合い始め、結婚することにしたのだ。

ウェディングドレスを身にまとい、引きつった笑顔を浮かべながら、”私は幸せ。久しぶりに本当に幸せ”、と自分に言い聞かせるものの、ジェームズとの別れと結婚式前日を比較して、下記のようにも呟く。

”私はアリッサ。19歳。人生最悪の日をすでに経験。でもこっちのが最悪。”

アリッサが否定したのは、人生最悪の日を産んでしまった自らの無鉄砲さ、傍若無人な態度であり、その代わりに得ようとした対価は、幸福な花嫁を演じることで得られる平穏であった。

だからこそ、結婚式の間際にジェームズと再開しても、ジェームズの期待する駆け落ちのドラマに安易に乗っかろうとはしなかった。彼女はジェームズとの日々そのものに蓋をしてしまおうと考えていたのだから。

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ジェームズの祈り

一方ジェームズは、信頼関係を築きつつあった父親との死別という孤独を、アリッサからの愛情によって回復させようとしていた。

信頼関係を築きつつあった父親を亡くし、身寄りのいない無気力な生活を送っていたジェームズは、愛情を取り戻すためにアリッサに会いに行く。

そこで彼女に婚約者がいることを知るが彼は、不運で完璧に悲劇的な恋愛物語を共に経験した彼女だけが、可哀想な自分を救ってくれるはずだと信じていた。

自らの存在を悟られぬようアリッサを尾行しながら、下記のように呟く。

”僕は人の観察を怠ってきた。僕には彼女しか残されていない。”

アリッサとの再開を果たしたジェームズは、彼女がまだ自分のことが好きで、自分の元に戻ってきてくれることに期待し続ける。

アリッサに”出ていって。来るべきじゃなかった。”と突き放されようが、精一杯の微笑みを冷たく無視されようが、結婚によって電池を抜かれてしまったようなアリッサが、昔のような破天荒さを取り戻し、自らに活力をもたらしてくれると願っていたのだ。

その証に、結婚式の当日、会場から抜け出してきたアリッサとドライブをしながら、過去の楽しかった思い出を脳裏にフラッシュバックさせ続ける。

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ジェームズが否定したのは、平穏を得たいという彼女の願いであり、その代わりに得ようとした対価は、両親からの愛情の喪失を忘れさせてもらうための一時と、彼女による支えであった。

また、その代わりに彼が差し出そうとしたものは、シーズン1でアリッサがかつて望んでいた彼の性機能、セックスだった。

シーズン1の最後に受けた銃弾によって性機能を失ってしまったかもしれないと考えたジェームズは、ドライブ中の車のパンクのために泊まることとなったモーテルの一室でキスを求めた彼女に泣きながら告白する。

"セックスは無理。実は多分もう役に立たない。"

愛する人と性的に交われない絶望と、失われた男性としての尊厳の喪失に苦しむジェームズを、アリッサは寄り添い、慈しむように抱きしめた。ジェームズは彼女が見せた道場に以前と変わらぬ愛情を感じたが、彼女の想いが変わることはなかった

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アリッサとジェームズの依存

アリッサは、自分が今無理矢理に信じている結婚という幸福を壊したくなかった

ジェームズは、以前と変わらぬアリッサからの愛情と同情のみが、幸福を作ってくれると信じていた

二人が自らの痛みに向き合えぬまま獲得しようとしている幸福、傷跡を回復させる方法は、決して両立されるものではなかったのである。

その翌日、ジェームズは死にかけて不能かもしれず、身寄りもいない可哀想な自分に愛情を与えてくれない怒りをアリッサにぶちまける。売り言葉に買い言葉でアリッサはこう吐き捨てて、結婚相手の元に帰ることを選ぶ。

”辛いのは競争じゃない。私は答えじゃないよ、ジェームズ。”

結局、彼はアリッサを観察しているようで、自分の孤独から逃げるために彼女からの共感を得て、依存しようとしていただけだということを、見抜かれていたのである。

そして彼女もまたジェームズと同じように、自分がトラウマから逃げるために、本当に好きでもない相手との結婚を利用していただけだと気づき、結婚相手の元に帰るとすぐに離婚を切り出した。

元恋人とのぎこちないやりとりを通じて、望んでいた幸福が中身のない箱であり、決して回復をもたらさないことに先に気づいたのはアリッサだった。

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傷跡への立ち向かい方

二人がそれぞれの問題から目を逸らさず、自らの足で立ち向かおうと腹を括り、一方通行な関係性が解消に向かい始めたのは、ジェームズがシーズン1で殺した大学教授クライブの愛人ボニー(スクールセクシュアルハラスメントの被害者でもある)が、彼らを殺すためにやってきた時である。

拳銃を持ったボニーの尋問によって、アリッサは否応なしに殺人のトラウマと向き合わざるを得なくなった。

また、クライブの数々の悪事や自分が彼の性被害者であったという事実から目を逸らし続けるボニーの説得を通じて、問題からの逃避が、未来のための解決にならないことも悟る。

傷跡をずっと絆創膏で覆っていても、中途半端に剥がしても、決して癒されることはないと身を持って知ったアリッサが、ボニーの説得に成功してから一人で向かったのはトラウマを産んだ殺人現場となったクライブの家だった。

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アリッサが苦しんでいたことを知ったジェームズは彼女を心配し、たった一人で事件現場でトラウマに向き合うアリッサを迎えにいく。

これが、アリッサとの再開後、彼が初めてとった”彼女のための”行動だった。

ジェームズはその後、自らのトラウマに立ち向かったアリッサに習うようにして、肌身離さず持ち歩いていた父の遺灰を公園に投げ捨てる。彼女の姿をみて、自分も自分で、自分の問題に対処することに決めたのだ。

そして彼女にこう謝る。

”ゴメン。君に答えを求めた。"

劇的なドラマや、対価交換として期待する同情や愛情では、自分を救うことができないという事実を、二人は知ったのだろう。

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アリッサとジェームズの答え

物語のラストシーンで、アリッサがジェームズに愛の告白をする際、テーブル越しに向き合っていた二人は席を移動して隣り合って座った。向き合って答えを探したところで、それは決して見つからないと理解したからだ。

もちろん、二人の傷がすぐに癒えることはない。現にアリッサもジェームズに告白をしてから、『時間と、精神的な助け』が必要だと言った。

だが、いくら時間がかかろうと傷跡は自分で癒すほかないのだ。それが孤独と向き合う辛い体験だとしても、他人の中に答えを求めては、他人ないしは自分という存在の否定に繋がってしまう。

本当に必要なことは、自分も含めた一人一人がどうしようもなく孤独で、筋の通らない存在だと認めた上で、ただ、隣り合って回復を支え合い、祈りあうことなのだと思う。

ちょうど、アリッサとジェームズが見つけ出した答えのような、向き合って殴り合うのではなく、仲のいい犬二匹が、ただ寄り添うあうような、ぼんやりとした関係性のような

ハレの日の劇的な出来事や互いの対話ではなく、ケの退屈な日常を共に過ごすことによって実感する緩やかに根の張った愛情のような。

サン=テグジュペリが残した名言「愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである。」を体現する生活のような。

見晴らしの良い山腹から開けた麓を二人が手を握り合いながら眺めるそんなラストシーンは、息をのむほど美しい。

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『このサイテーな世界の終わり』のシーズン3の制作はまだ発表されていない。

シーズン2で全ての物語が綺麗に収まってしまった感じがするが、人気作品を再生産しまくるNetflixのやり方からして無理矢理にでも制作するかもしれない。

その時はきっとジェームズとアリッサは21,2くらいの年齢になっているだろう。

ティーンエイジャーを超えた二人の関係性はどのように移り変わっているだろうか。


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