stirRed 2

 カシュンカシュンカシュン!
 突然、機械的な音が響く。
 私とカイは身構えて周囲を見渡す。
 公園の入り口にバイクに股がったヘルメットをかぶった人影。ワイン色、アシンメに斜めのラインが入った細身のライダースジャケット、両手でライフルタイプのエアガンを構えている。
「セイ!空だ!」叫びながら、カイが指差す。
 カラスのような黒い羽を生やした、ゴムホースサイズの真っ黒なミミズ。エアガンに撃たれたのだろう、崩れた体勢を空中で身をよじり整えていた。
「こっち!」バイクに股がった人物が高音のよく通る声で叫ぶ。
 私とカイは顔を見合わせ頷くと、言われたとおりバイクの人物の方に向かって走る。
「乗れ!」声に従い、カイはバイクの後ろに飛び乗る。
「えっと、これって三人乗り…」言いながら、私もその後ろに股がる。
「ルール違反だな」ヘルメットの人物はそういうと、ライフルを肩にかけた紐でぶら下げて、振り返りもせず発進させる。
「ちょ、きつい、あんまり押すなよ」と叫ぶカイに、
「ごめん!でも私だって落ちたくないんだよ!」そう返した。

 風と加速の中、振り替えると翼の生えたゴムホースは身体をピンと伸ばし、こちらに向かって空を滑るように追って来た。
 前方には線路の下に小さなトンネルが口を開けている。「高さ制限1.9m」の文字をくぐり、バイクはそのトンネルの中程で停車した。
「はい」ヘルメットの人物はバイクから降りると腰のホルスターからエアガンをとり、私に差し出しす。
 私は少し考えて、そのハンドガンをカイに渡すとトンネルの隅に転がっていた空き缶を拾った。
「武器は多い方がいい」私の言葉にカイは神妙な表情で頷くと、ハンドガンを構えた。
 ヘルメットの人物は、黙って私達のやりとりを見ながら手袋を外し、ライフルを構えると、そのままトンネルの外の空飛ぶゴムホースに向けて引き金を引いた。
 羽の生えたゴムホースは身体を器用に左右に捻ると上空へと身をかわした。
 ふいに、私は背後から襲われることを心配して振り向いたが、
「セイ!こっちだ!」というカイの声で再び正面に向き直る。
 羽の生えたゴムホースは、おそらく一度高く飛び、そのまま旋回して同じ側から入って来たのだろう。
 カイはハンドガンをトンネルに侵入してきたゴムホースへ乱射しながら、
「暗くて、よく見えねー!」と、声を荒げた。
 実際、暗いトンネルの中で空を飛ぶ、黒い塊の位置は目視ではとらえにくかった。
 ゴムホースの立てる羽の音は、トンネル内を反響して、近いようにも遠いようにも感じられた。
 おもむろにヘルメットの人物はトンネルの天井に向けて手を開いた。瞬間、その指先から稲妻が迸り、トンネルの天井を舐める。それに反応してトンネルに備え付けてあった蛍光灯が光りだした。
 照らし出されたゴムホースは驚くほどカイに接近していた。
「ハッハー!」カイは吐き出すように声をだし、狙いを定めエアガンを連射し続けた。
 狭いトンネルでは上手く避けられず、ゴムホースは弾を受け続け、バランスを崩し地面へと落ちた。
 私は駆け寄ると先刻拾った空き缶の口を、地面でのたうつゴムホースに向け缶の中に大量の水を発生させた。
 思った通り、握力で水を押さえつけるよりも、缶に水を作り出す方が、楽に勢いよく出せる。
 水流で地面に押さえつけた羽根つきゴムホースから、黒い煙が立ち上ぼる。
「溶けてるみたいだな…?」カイがみたままを口にし、
「いや、たぶん下のアスファルトと、ひょっとしたらこの水も取り込んでる…」私は答える。
 このまま、水やアスファルトを吸収し続けて質量が増えたら、私の水流では押さえ込んではいられないかもしれない。
「はい、どいて!」ヘルメットの人物がバイクの前輪を持ち上げ、それをゴムホースの上に叩き落とした。
 ゴムホースはタイヤの下で身を捩りながら、バイクを取り込もうと黒い煙を吹き上げていた。
「早くここから、離れた方がよさそう…」
 そういうとヘルメットの人物はフルフェイスを脱いだ、明るい茶色のショートヘア、はっきりした輪郭の鼻筋、ジャケットのワイン色とよく合う色の口紅。
「オレはカイ、こっちはセイ」カイが手短に名乗ると、
「それじゃ、アタシのことはライって呼んで」彼女はそう応えた。

 しばらく歩いたところにコンビニがあったので、ガラス越しに、中の様子を伺う。
 中には「やつら」も人間もいない、完全に無人だった。
 自動ドアを力ずくで抉じ開けると、無人のレジの上にお札を置き、
「とりあえず、残ってるものを貰って一休みしよう」
 ライと名乗ったその人はそういった。
「私も幾らかなら持ってます…」
「あ、オレも…」
 と、私たちがいうとライは、
「この後、なにがあるかわからないんだから、それはとっときな」
 そういって微笑む。
 カイは棚の紙コップを取り出すと、
「セイー、水くれー」
 と、私に差し出す。
「本気で水筒代わりに使う気かよ…」
 そういいながら、私が水をつくると、カイはズボンのポケットから、コンクリの欠片だか石ころかなにかを粉末に変えて、紙コップに落とし軽く指でかき混ぜると飲みはじめた。
「はっ?なにやってんのお前?」
 私がきくと、
「細い目をそんなに丸くするなよ、落ちそうだぞ」と、笑った後、
「飲んでる」カイは真顔で答える。
「いや、それ飲めるのかよ!?」
「カーボパウダーだよこれ。味でわかる」
「カーボ…なに?」
 カイは一瞬、私が「カーボパウダー」を知らないということを意外そうに驚いたあと、得意そうに笑いながら、
「粉末状の炭水化物」と教えてくれた。
「プロテインみたいなものか?」
「それは、たんぱく質。それよりもっと純粋にカロリーだけとれるヤツ」
 カイの説明にライが割って入る。
「えぇっと、つまり、そっちの背の高い方の子は水がつくれて…」
「セイです」
「うん、で、そっちの…えっとカイは触ったものを炭水化物の粉末に変えられるってこと?」
 カイは頷いたあと、
「で、アンタは指から電気が出せる?」と質問する。
「そうだね、「やつら」から逃げてるうちに気づいたら出来るようになってた」
「私たちも、そんな感じです」
 私の言葉にライは頷きながら、
「たぶん、人間相手なら、結構ひどい目に合わせることも出来るんだろうけど、「やつら」にはほとんど効かない。「やつら」痺れたり怯んだりもしないしね」
 人差し指と親指の間に稲光を走らせてみせた。
「そもそも「やつら」って、いったいなんなんだよ」カイは細い眉を寄せて、疑問を口にした。

「はじめの「けだもの」が出てきたときのことは知ってるだろ?」
 ライの言葉にカイは頷く。
「あの南の方に出てきたってヤツだろ?」
「南極の氷の下に居たそいつは、氷の塊だろうが、南極にあった基地だろうが、生き物だろうが、目につくものはなんでも喰らい、その身体に取り込んだ。「けだもの」ってあだ名が付いたのもそのときさ。」
 ライはコーンとマヨネーズの乗ったパンを齧りながら説明を続ける。
「「けだもの」は、そのまま海に入り北上し始めた、その進路上にはオーストラリアがあった」
「その辺はニュースでやってた」カイはプロテインバーを物色しながら合いの手を入れる。
「いよいよ、オーストラリアに上陸するかと思われたその時、空から青い巨人が落ちてきた」
「きょじ…なんだって?」カイは目を丸くして訪ねる。
 巨人が落ちてきたのは今朝、早朝の出来事だったから、カイはその時間のニュースは見てなかったのかもしれない。
「巨人だよ、よくわからないけど十メートルくらいの人形をしたなにかが「けだもの」の真上に落下してきた」
「空からって、なんだそりゃ?」
「正確には宇宙ね。小惑星ではありえない軌道を描き、ありえない動きと速度で地球に落ちてきて「けだもの」の上に落下した」
「落ちてきたものを肉眼で確認したら、巨大な人形のなにかだった」私は食パンを齧りながらライの説明に付け足した。
「その巨人は「けだもの」がオーストラリアに上陸するのを妨害して格闘した。「けだもの」を弱らせると、担ぎ上げて、三千キロだかの上空へとんだんだって」
「飛んだ?羽でも生えてたのかよ、その巨人?
 それとも脚で跳んだ?」
「さあね、映像は観てたけど羽はなかったし、筋肉で跳んだ感じでもなかった。もっとこうふわっと手品かなにかみたいに飛んだんだよ」
 カイは目を丸くして話に聞き入っていた。
「そして、上空にたどり着くと巨人の身体から出た光で「けだもの」との間が、ぶわって明るくなって…」
「たぶん、なにかのエネルギーで「けだもの」を溶かしてたんじゃないかな?」
 私は、その映像を見たときに感じてたことを口にした。
「それから」カイに先を促され、
「ミサイルがどこからか飛んできて、「けだもの」と巨人は爆発に包まれた」ライが話を続ける。
「なんだよミサイルって?」
「さぁね、どこかの国が発射したんだろう」
「なんで?巨人は味方してくれてたんだろ?」
「なんでだろうね…「けだもの」にも巨人にも勝ちたかった…とか?」カイの問いに、ライは首を捻りながらも応えた。
「とにかく、その爆発で「けだもの」は四散して地球上に降り注いだ。「けだもの」の欠片は各地にバラ撒かれた。たぶん、墜落の衝撃で更に細かく飛び散った」私はライの話の後を次いだ。
「じゃあ「やつら」ってのは、その「けだもの」の欠片が動いてるってことか…」カイの言葉に、
「たぶんね」ライはそういい、私も頷く。
「「やつら」は「けだもの」の欠片だから、手当たり次第、なんにでも食い付くし、なんだって取り込む 、ここまで逃げる間に「やつら」が色々なものを食べるのをみたよ」
 ライは不快そうに眉間に皺を寄せる。
 私も、街で見かけた「やつら」の食事風景を思いだし、少し気分が悪くなった。
「「けだもの」の話はわかったよ、でも…その後、巨人はどうしたんだよ?」
「ああ、巨人は…」カイの問に答えようとしていた、ライはなにかに気付いたように言葉を止めてさから、叫ぶようにいった。
「あれ!なに!?」

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