StirRed 3

 コンビニのガラス越しに、車道に突っ立っていたソレは、今まで見てきたなにものにも例えられないシルエットをしていた。
 その背はビルの二階にとどいていたのではないだろうか。
 玉子のように丸い胴体に比べて、妙に平べったい腰からは、色は真っ黒だが人間の脚を思わせるものが三本生えていて地面を踏みしめている。
 その胴体の肩の位置にはバイクか自転車のようなタイヤが左右から突き出ている。
 その左側のタイヤの付け根からは電信柱が突き出ていて、その三つの脚ではバランスがとれないのか地面に突き刺すかのようにおし当てている。
 反対側のタイヤの下からは太いミミズのような触手が一本ウネウネと蠢いていた。その触手の人間であれば肘ほどの位置には鳥の翼が無意味にバタついていた。
 胴体の真ん中辺りには関節を持つ七本の鋭い突起が、アンバランスな円を描きカシャカシャと音を立て、空を噛んでいた。
 ソレの表面は、所々で様々な質感を持ち、今まで見たなにものかにも例えられる曖昧さで蠢いていた。
 例えば、アスファルトにも、蜥蜴の肌にも、艶々した金属の板にでも…
 けれど、腰に付いてる二つの隆起はどうみても人間の瞳にしか見えず、私はその瞳から目が離せず、気のせいか、ソレもまた、私の瞳から視線を外せないでいるように感じた。
 私が、瞳を見ているからなのか、ソレは私の瞳をみつめたまま、ビル街のコンビニの前の車道、アスファルトの上で微動だにせず、ただ、そこに立っていた。
「おい、大丈夫かよ!セイ!」
 カイに呼ばれて、ふと我にかえり、カイの顔を観る。元々大きくて丸い目を見開いて、私の顔をみてる。
「大丈夫だ。
 …ふと、アレが動かないのは目線が合っているからで、なにかのはずみでこの視線が外れると、アレが私に向かって近付いてくるような、そんな気がしてた」
「それは…気のせいじゃなかったのかもね」
 ライの言葉に外に目をやると、電信柱が真っ直ぐガラスを突き破って入ってきた。
 口々に悲鳴やら悪態を吐きながら、身をかわす。
「こっちだ!」
 カイはレジを飛び越え、奥にある事務室らしき部屋へと駆け出す。
 私とライもその後に続く。

 外へと続くドアに鍵はかかってないようで、カイは真っ先に瓦礫とゴミの散らばる外へと飛び出した。
 ライは私を追い越すと、近くに停まってあった車に近寄り、運転席のドアを開ける。
「その鍵は?」カイの言葉に、
「事務所の机の上に落ちてたのを拾った」
 ライは悪びれた感じもなく応えた。
 ドン!
 背後からの衝撃音に思わず振り向くと、今まで私たちの居たコンビニの屋根に飛び乗ったのだろうアレがしゃがみこんでいた。
「セイ!」
 カイの呼び掛けに振り替えると、ライは先程の車の運転席に乗り込み、カイもこちらをみながら後部座席に乗り込もうとしていた。
 私も慌てて後部座席に滑り込む。
 ライがキーをまわすと、エンジン音が響き車は急発進した。
 ドン!
 アレはコンビニの屋根から飛び降り、私たちの乗った車を、ボーと突っ立ったまま見ていた。
「さすがについてこれねーだろ!」カイは嘲るような笑顔でいった。
 おもむろに、アレは身体を少し前屈みにすると、電柱と触手とを、身体の前方に叩き付け、三本の脚で器用にアスファルトを蹴り電柱と触手の間を潜らせるように脚を前につきだす。
 腰をつきだした、仰け反った姿勢から、再び前に倒れ込むように電柱と触手を地面に叩き付ける。
 まるで機械の様に、その動作を繰り返す。段々、動きのピッチが上がっていき、電柱と触手、三本の脚がアスファルトと立てる衝撃音の間隔がどんどん狭くなる。その動きに、私はどこかで水泳選手のバタフライを思い出していた。
 引き離せると思ったのは一瞬のことで、アレはアスファルトの上をおよぐように、跳ねるように、ぴったり車の後を付けてきていた。
「二人とも!シートベルトしめて!」
 ライはそう叫ぶとハンドルを切り、減速をしないまま車を、ビルに囲まれたほぼ直角のカーブへと侵入させる。
 Gに振り回され私たちの身体が右に傾く。
 歩道に乗り上げ建物と助手席側の車体が摩擦音をあげたが、それでもなんとか曲がりきった。
 その直後、アレの姿が曲がり角にみえた。
 器用に電柱と触手で逆立ちのような体勢をとり、曲がり角の周辺のビルを蹴り飛ばすと、少し減速して引き離されたものの、曲がり角を抜けこちらを追いかけてくる。
「どうする?これを繰り返せば引き離せんじゃね?」カイの言葉に、
「ハハッ!それはいいね」ライは笑って返す。
 ボン!
 アレのしなる触手が車道に停めてあったスクーターに当たり、破裂音に似た音を出して弾き飛ばす。
 スクーターは勢いよく宙を舞いこちらに飛んできたが、すぐにその軌道は私達の車の屋根に遮られ見えなくなった。
 ガシャン!
 突然の衝突音と、自動車全体の減速によるGが襲ってきた。
 後輪を少し横滑りさせながら車は急停止する。
「ライ!」
 叫びながら、カイは車を降りて運転席に駆け寄る。
 アレはスクーターを撥ね飛ばした位置より少しこちら側、屈み込むような姿勢で様子でも見ているかのようにじっとしていて、近付く素振りはみせない。
 私もカイの後に続き、運転席に移動する。
「おい!ライ!どうした?
 動けない?
 動けないのか!?」
 カイの言葉に、ライは歯を食いしばって痛みに耐えるような表情でこたえない。
 スクーターはフロントガラスを真上から直撃した後で、より前方に飛ばされたようで、インパネ部分は凹み圧し下げられ、ライの太ももを挟み込んでいる。
 カイは無言で、ボンネットに両手で触れると運転席より先の部分を白い粉末に変えた。
 ライは、深く短い呼吸を繰り返しながら助手席に置いてあったライフル型のエアガンの各部を確認するように撫で回した後、それを杖のように使い立ち上がる。
 だが、痛みが酷いのかふらつきながら、車の方に振り返るように身体の向きを変えると、その場に尻餅をついた。
 それまで、ボーっと突っ立っていたアレは急にゆっくりした動きでこちらに向かいはじめた。
「なんとかしてアレはアタシが引き付ける…
 あんたらは今すぐにここから逃げな!」
 ライは絞り出すような声でいう。
「ダメだ!」ライの言葉をカイは叫ぶように遮った。
「ダメだ…!
 ダメだよ、それは!」
 カイは細い眉を寄せ、涙でも堪えるような表情で、そう繰り返すと、まるで今気づいたかのようにトンネルでライから渡されたエアガンを取り出し握りしめる。
「…元気に走り回れる人間が、囮役をやる方がいい…」
 そういうと、アレを睨み付け、
「セイ!ライを連れてここから離れろ!」
 いうが早いか、カイはアレへ向けて駆け寄り、
「ハッハーッ!」と声をあげ、エアガンを乱射した。
 アレは緩慢な動きでカイに向き直ると、触手をカイに向けて振り落ろす。
 軽快な動きで触手の間合いから身を逃がすと、
「ハッハハーッ!」
 カイは繰り返しアレに向けて弾を発射した。
 私は前髪をかきあげ、ゆっくり深呼吸をして辺りを見回し、考えをまとめる。
「セイ!カイを一人にしないで、はやく!」ライの言葉に、
「そうですね、私はカイと一緒に行動する必要があります」
 なるべく声を落ち着かせてそう応えた。
「ただ、ライさん、あなたは囮になろうとは考えないでください」
「…なに…?」
 なにか言おうとするライを制し、私は、もう一度深く息を整え。
「時間がないので簡潔に言います。
 そのライフルでアレを射たないで身を潜めていてください。
 そして、私が合図をしたときに電流を、アレに向けて射ってくたさい。
 それで、私たちは三人とも助かります」
 ライはしばらく私の目を見ていたが、
「わかった」と頷いた。

 カイに向けて執拗に触手を振り回すアレの動きに気を配りながら、駆け寄ると、
「なんでこっち来てんだよ!?」
 カイはアレから間合いを離しながら、眉を寄せて、
「ライを連れて逃げろっていっただろ?
 いっそ、ライを置いて一人で逃げたっていいんだ!
 そうすりゃ、お前のいう生存率だって、お前だけでも百パーになんだろうがよ!」
 私を睨みながらいう。
「…かもな…」
 後ろでしなってるアレの触手を意識して走りながら、
「だけど、私の考えてるとおりに三人で力を合わせれば、私たち三人の生存率は合計で二百五十は越える」そう言いきる。
 カイは一瞬驚いた表情を浮かべたあと、
「なんだよそれ!そういう時は嘘でも三百パー越えるとかいうもんだろ!?」
 笑いながら、そういい、
「じゃ、オレはどうすりゃいい?」
 と、続けた。

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