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【東京大学教授・柳川範之さんに聞く】 リスキリングの正体とオーディオブックの活用――HR有識者インタビューvol.2

最近メディアなどで注目されている「リスキリング」や「学び直し」。
キャリアアップやキャリアチェンジ、セカンドキャリアの充実、といった文脈で使われるこの言葉ですが、なぜ今これらが注目されているのでしょうか。そして、この言葉はどこから出てきた言葉で、オーディオブックをそこに役立てることはできるのでしょうか。

東京大学大学院経済学研究科教授の柳川範之さんと、「audiobook.jp」を運営する株式会社オトバンク会長の上田渉で考えてみました。

柳川範之さん

柳川範之さんプロフィール
東京大学大学院経済学研究科・経済学部 教授​​。1988年、慶應義塾大学経済学部卒業。1993年、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、博士号取得。慶應義塾大学経済学部専任講師、東京大学大学院経済学研究科助教授、准教授を経て、2011年より現職。主な著書に『Unlearn(アンラーン) 人生100年時代の新しい「学び」』(日経BP社、為末大氏との共著)、『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)、『日本成長戦略 40歳定年制』(さくら舎)、『法と企業行動の経済分析』日本経済新聞社等。

■「リスキリング」は企業目線の言葉

上田: 「リスキリング」という言葉は2022年の流行語大賞にもノミネートされ、最近話題となっています。まずこの言葉が何を指すのかについて教えていただきたいです。

柳川: 自分の理解では、企業が大きく構造を転換するという時に、それに合わせて新しい分野に対する能力やスキルを身に着けてほしい、という、どちらかというと企業目線の言葉だと考えています。

上田: なぜこのタイミングで「リスキリング」という言葉が注目されているのか、というのが自分の中で疑問なのですが、その点はいかがでしょうか。

柳川: これまでよりも大きな構造転換が起きていて、「新しい能力を身に着けないとついていけなくなるぞ」とみんなが考えるようになったということが大きいのではないかと思います。

アメリカの場合は、「企業の変革についていけなければ、場合によっては解雇されることもあるよ」という、割と会社側からのプレッシャーの意味合いが強いわけですが、日本で使われている「リスキリング」は、アメリカと同様に企業目線のものである一方で、「会社にとって必要なスキルを身に着けてもらう」というだけではなく、少し前に言われていた「学び直し」とか「リカレント教育」の文脈と合わさって使われています。

たとえば「転職に必要な能力を身に着ける」とか「充実したセカンドキャリアを送れるようにする」といった目的で、自分の能力を再定義したり高めたりするといったことも含めて「リスキリング」と呼んでいることが多いですね。

上田: 転職やセカンドキャリアのための能力開発というのも、会社側の意志で推奨されているのでしょうか?

柳川: このあたりは混在していますよね。私自身はこういう話は個人目線で考える必要があると思っています。一人ひとりがこれからどういう働き方をして、どういうライフスタイルで生きていくかを考えて、そのうえで必要な能力を身に着ける。

それを国や会社がサポートしてくれるかもしれませんし、してくれないかもしれませんが、何を学ぶかの土台となるコンセプトは個人で考えるべきでしょう。

オトバンク会長・上田渉

上田: 日本は歴史的に労働者の権利が強く、労働者の解雇のハードルが低いアメリカと比べて人材の流動化がしにくいとされています。でも、「終身雇用」はもう過去の話になっていますし、転職もしやすい環境になってきている。その意味で、個人として積極的に能力開発をすることで、それぞれがレベルアップを目指すべき時になったということでしょうか。

柳川: 終身雇用で労働者が会社に守られるという話は幻想に近くて、恵まれた大企業でさえ一時期だけそれが実現できていただけです。中小企業はそういう状況ではありませんでしたし、大企業だって業績が悪くなればリストラせざるをえなかったわけです。ただ、今と比べれば、会社に人生を預ければまだ会社はそれに応えてくれていました。

でも、今の時代はどれだけ企業ががんばっても、継続的に業績好調な状況を維持するのは難しい。法制度でいくら労働者を守っていたとしても、その企業が技術革新などの環境変化についていけなくなって業績が悪化してしまえば、労働者を守ることは難しいですよね。

上田: なるほど。

柳川: 制度の問題ではないと考えると、個人や会社が世の中の変化に合わせて必要な能力を身に着けて生き残っていくことが大切になります。ポジティブに言うなら、転職がどうこうというよりは、自分の活動の場を広げていける状況を作り出す取り組みが必要になってくるのではないでしょうか。

上田: めまぐるしい環境の変化は個人として必要とされる能力だけでなく、働き方にも影響を与えます。コロナ禍がまさにそうで、リモートワークという働き方が整備された結果、子育て等で忙しくこれまで出社して働くことが難しかった方も在宅で仕事ができるようになりました。これまでよりも「能力の活かし方」と「働き方」が密接に関わるようになってきていますよね。

柳川: 「働き方の多様化」については、コロナの前から政府が旗を振ってやってきたわけですが、おっしゃるようにその後コロナ禍があって半ば強制的に在宅勤務になり、オンラインを活用し、とやっているうちに、結果として働き方が多様化したと言えます。

副業についても同様で、コロナの前から推進されていたことですが、出社勤務だとどうしても時間的あるいは体力的に厳しい人もいる。オンラインを活用することで本業が終わったあとの短い時間で副業することもできるので、働き方の選択肢は広がりましたよね。

そして、これは学びにも言える話です。オンラインの活用、デジタル技術の進歩で「働きつつ学ぶ」「学びつつ働く」ということの可能性も広がったと思います。

■社会人の学びは「細切れ時間」を活用するしかない

上田: 今おっしゃった「働きつつ学ぶ」というところで、社会人がどう学ぶかというところでご意見をうかがいたいです。

柳川: これは「何を学ぶか」にもよりますよね。大きく分けると、一つは資格取得のような「受験勉強型」で、試験合格という「ゴール」と期限が設定された学びです。これは学生時代の受験勉強と基本的には変わりません。社会人ですから一日丸々勉強には使えないかもしれませんが、空き時間でやるべきことを進めていくしかない。

もう一つは、やるべきことは「ある程度」わかっているけども、期限やゴールが明確ではない学びです。たとえば「これからデジタルに強くなった方がいいな」というようなものですね。どちらの学びかで、学び方は変わってくると思います。

どちらにしても、社会人として日頃働いているわけですから、学びのためのまとまった時間をとるのは難しい。細切れの時間をいかに使うかというのがポイントになるでしょうね。ただ後者の学びの場合、受験勉強のように期限もゴールもなく、自由度が高いゆえに、モチベーションを保つ難しさがありますよね。

上田: 学ぶ指針がない、ということですね。

柳川: そうですね。多くの人にとっての学びは学校や会社に何か課題をもらってそれをこなして試験を受ける、というものです。そういう強制が何もないなかで学べといわれても、なかなか難しい。まして仕事もあって忙しいわけで。

上田: ピーター・F・ドラッカーは『断絶の時代』の中で、イノベーションを興すには継続学習の風土が不可欠だと書いています。つまり学び続け、アウトプットを積み重ねた先にイノベーションがあるという話なのですが、正直継続学習、つまり学び続けることってしんどいじゃないですか。それこそモチベーションをどう維持するかという話になってきますよね。

柳川: 私自身、独学についての本を出していることもあって質問や相談を受けるのですが、「学びが続きません」という悩みが多いんです。でも、そもそも学びって続かないものなんです。

上田: それを前提に考えないといけないということですね。

柳川: 三日坊主でもいいんですよ。お正月に日記を書きはじめるじゃないですか。でも三が日だけ書いて、すぐやめてしまう。だけど、三日坊主でも十年続ければ三十日分日記が書けるんです。途切れ途切れでも三十日分日記を書いた人と何も書かなかった人の違いは大きいですよ。だから、学びが途切れてしまうことを恥じることはないと思うんです。

上田: 「学びとは何か」という点も無視できません。ドラッカーの言う「継続学習」にしても、決して座学だけを想定しているわけではなくて、自分の仕事のお客さんから情報を得たり、市場からの情報取得も含めて「学び」としています。それを続けることが「継続学習」だと。

今先生がおっしゃった「三日坊主の積み重ね」のお話にしても、座学としては三日坊主でも、その合間に色々な情報をキャッチして、次の三日坊主に活かしている。その繰り返しでも人は成長できるのではないかと思います。

柳川: そうですね。だからいろいろなインプットをしてみたらいい。学びというものをもっと多面的に捉えたうえで「継続」を考えていけばいいと思います。

上田: 知識って有機的につながる部分がありますよね。本を乱読することによってばらばらな知識が有機的につながることがあるように、今おっしゃった「三日坊主の繰り返し」も散らばった知識が思わぬところでつながることがあるのではないかと思います。

柳川: 「受験勉強」的に知識を詰め込むだけの勉強は、はっきり言って今はもう必要ないと思うんですよね。スマートフォンで調べればすぐわかる世の中になっているわけですから。

今大事になっているのは情報を記憶することではなくて、情報同士をつなぎ合わせて新しいものを生み出すことです。それならいろいろなことに関心をもって新しいつながりや可能性を探っていくことが必要になる。それは正解がない作業ですから、受験勉強的な充実感を得ようとしても、なんだか気持ちが悪い部分があると思うんですよ。〇×があるわけではないですから。

上田: そうでしょうね。

柳川: ただ、社会人として必要とされる能力って、こちらなんです。特に新しい産業構造が生まれつつあるなかで、企業を見ても「新しい事業を考えよう」とか「社内ベンチャーを立ち上げよう」という話がやたらと多いわけです。

どこの会社も「新しい何か」を生み出すことを必要としていて、それができる人材がほしい。だからこそ、知識を覚えるだけではなくて、それらを組み合わせるトレーニングは、それ自体大きな学びになると思います。

■リベラルアーツの重要性とオーディオブックの活用

上田: 今おっしゃったようなお話の延長線上にあるのが「リベラルアーツ」を学ぶことの重要性ですよね。自分自身、大学に入って良かったと思うのは、文学や文化、歴史を含めたリベラルアーツを学べたことです。リベラルアーツってまさに幅広い知識で、当時学んだことがその後生きているなと思うことは多々あります。

柳川: 情報を有機的に結びつけるための土壌と捉えると、リベラルアーツを学ぶことには発展性があるのですが、やはり「物知り」になるためのものとしてリベラルアーツを捉える人も多々いるんですよね。

この点については教養学部の藤垣裕子先生と新書(『東大教授が考えるあたらしい教養』)を出したのですが、リベラルアーツは単に物知りになるためではなくて、バラバラな分野の知識を結びつけて新しいソリューションを生み出していくためのものなんです。

上田: リベラルアーツの学び方って大学で学ぶ以外にも選択肢はたくさんありますよね。そのなかでオーディオブックは一つの手段で、細切れの時間、スキマ時間を使ってリベラルアーツを学ぶのに適していると考えています。

柳川: そうですね。先ほどの話に出たように「働きつつ学ぶ」には、オンラインやデジタルの活用は効果的ですし、様々な情報を入れるという意味でも、オーディオブックはすごくいいと思います。紙の本を読むのもいいのですが、こちらはある程度集中して読まないといけないわけで、車の運転をしながら聴いたり、細切れの時間で学べるというのは特に社会人の学びにとって魅力ですよね。

また、ここはご意見をうかがいたいのですが、紙の本の場合1ページでも読めば、それで何かは頭に入るじゃないですか。オーディオブックの場合、知識の頭への残りやすさという点で何か特性はあるのですか?というのも、情報を自分の中で咀嚼する時に、画像と音声とテキストだと音声が一番反芻しやすいのではないかと思うのです。

たとえば1分の動画と1分かけて読むテキストがあった時に、インプレッシブなのは当然動画の方です。ただ動画で完結してしまうため、そこから想像が広がらない。逆にテキストの場合、読者が自由に想像する部分が大きくなりすぎる。音声は両者の中間でちょうどいいのではないでしょうか。

上田: ありがとうございます。一つ言えるのは、「本を目で読む」という行為は人間にとってそもそもしんどい作業なんですよね。

人間が言葉をどう学んできたのかというプロセスを考えるとわかるのですが、赤ちゃんの時に両親から話しかけられることによって、まずは言語を音声として捉える。文字はその後で後天的に学ぶわけです。

すると、本を読む時に脳は文字を目で見て、頭の中で音声に変換してから言語として理解するという手順を踏む。たとえば1分のテキストと、1分の音声を比べると、音声の方が使用する脳のリソースが少ないため内容にフォーカスしやすいということは言えるのではないでしょうか。読書はよく「著者と読者の対話」だと言われますが、対話しやすいのは音声であり、オーディオブックなのかもしれません。


新たなスキルやソリューションを求めリスキリングや学び直しに注目が集まる中、忙しい社会人の学びには通勤中や家事中などの「細切れの時間」をどう活用するかがポイントとなってきています。オトバンクでは、法人向けのオーディオブック聴き放題サービス「audiobook.jp 法人版」を提供しています。忙しい社会人の読書や学びをサポートするツールとして、「audiobook.jp 法人版」も貢献できれば幸いです。

【audiobook.jp 法人版の詳細はこちら】
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