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[台所のラジオ]

初版発行:2017年8月18日
著者:吉田篤弘
出版社:角川春樹事務所
ジャンル:小説*文庫

 掌篇小説と呼ぶべきかショートショートなのか、どちらにしてもお隣りの町への電車移動中に問題なく読みあげられる一遍ら。
 表題にあるように掌篇に共通することは「台所のラジオ」、これだけでももう十分に昭和的なレトロ感がある。実際、私もキッチンに立つときは音楽を流すがそれはスマートフォンから繋いだスマートスピーカーからだ。少なくとも我が家には持ち運び可能なラジオは存在しない。今では台所の言葉自体もキッチンにバトンを渡した感がある。

 この掌篇内に流れる夕方ラジオ番組担当者の声が同じ女性でありながらも場面ごと(聞き手ごと)で役割の差を出す一方、包装紙よろしく掌篇全体を纏める辺りは小道具の上手な使い方といったところか。

 美しい夜景を眺める時に私たちの多くはそれを構成している一軒一軒の窓やその家に住む人のことを想像はしない。それでも、夜景は存在しその街も、また、存在している。
 この小説の中にレストランと表現するよりも洋食屋さんと呼ぶほうがふさわしい店が描かれている。12篇の中で一度の登場ではなく他の一篇の中にも現われてくると、夜景を構成する一軒の窓よろしく街の洋食屋さんは小説内の町構成員としても一遍の枠を超えて息づいてくる不思議。

 並木通りのように名が知られていない通りさえ丁寧にそこをめぐる日常を辿ると浮かび上がる物語が収められているからこそ、敷居低く読み手に届くのかもしれない。加えて、辞書を必要としない易しい表現は読み手を限定しない。表現は穏やかで易しいがそれは安直な表現という意味ではない。宮沢賢治のようにおとなも楽しむことが可能な、ほんの少し時間を巻き戻したどこにでもあるような町と人のお話。

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