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おかあさんのセブンイレブン。

みなさま、こんにちは。毎日10カ所は蚊に刺されて地味にダメージを受けている、じじょうくみこでございます。

それでなくても田舎は蚊が多いものですが、さらにわが家はバアが畑にまくためにあちこちに雨水をためこんでいるもので、ボウフラ生成機と化しております。田舎暮らし、つらい。

そんな田舎と都会の決定的な違いは夜だなあ、といつも思います。というわけで本日は、島の夜のお話です。

カモメ


わたしが住んでいるシマ島には小さなスーパーが3軒ほどありますが、すべて夜7時に閉店します。マクドナルドはおろか、ファーストフードは1軒もありません。夜7時を過ぎると通りに人影は見えなくなり、飲食店のまばらな明かりと頼りなげな街灯を除けば、シマ島はしんとした暗闇に包まれるのでした。

夜ってこんなに暗かったっけ。夜ってこんなに長かったっけ。僻地育ちの身ではありますが、いまだ夜に外へ出るたび「うーわ暗っ、誰もいなっ」と驚いてしまうのであります。

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日が落ちるとスマホのライトなしには歩けません


とはいえスーパーが早く閉まることも、ファミレスやファーストフードがないことも、シマ島に移住するにあたって特には気になりませんでした。そもそもファミレスやファーストフードには行かないほうだったし、必要な食材は開いている時間に買いに行けばいいだけのこと。ないものはない、と思えば意外とあきらめがつくもので、別段困ることもないのです。

ただ、コンビニだけは別。

コンビニがないことが、ここまで人を不安にさせるとは思いませんでした。コンビニも、そんなに行くほうじゃなかったんです。出先でちょこっとドリンクを買うとか、仕事が忙しいときに弁当を買うとか、料金の振込やATMの利用で月に数回行く程度。だからなくても全然平気、と思っていたんです。

ところが、ですよ。コンビニって行く回数は少なくても、行く目的がいちいち重要だったことに、シマ島に来てから気づきました。コンビニがないということはつまり、予約したチケットの引き換えはできないし、コピーもスキャンもできません。お金も下ろせないし、料金の払い込みもできません。

もちろん、ないなら工夫すればいいだけのこと。シマ島には銀行もありませんので、メインバンクをゆうちょに移行して、あとはネットバンキングでOK。コピーやスキャンは複合機を購入することで解決したし、チケットは電子チケットを選べばいいのです。ときどきコンビニしか払えない請求書があったりもするのですが、電話して別の決済に変えてもらえば問題ありません。

それでも「いざというときはコンビニがある」と思えることが、どれほど安心感を与えてくれていたことか。

あったかい食べ物も冷たい飲み物も買えて、朝食から夜食まで、おやつもお酒もそろっていて、下着も文具も化粧品も生理用品も買えて、携帯の充電しながら雑誌をパラパラめくったり、チケットを買うついでに「あ、あの人がライブやるんだ」と知ったり、ご飯を食べた後トイレを使って、ついでに最新トレンドまでわかっちゃうなんて嗚呼コンビニって万能すぎる。


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無くしてわかるありがたさ、親と健康とセロテープ

……とコンビニ。


無くても平気なはずなのに、なんだろうこの喪失感。ああ、用もないのにコンビニへ行きたい。夜中にふらっと、立ち寄りたい。そんな気持ちで頭がいっぱいになったある夜の10時ごろ、ザビ男がひとこと言ったのです。

「今からセブンイレブンに行く?」

え!え! コンビニあったの!? やだちょっと早く言ってよおおお!


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行かないという選択肢はありません



ザビ男の言うセブンイレブンは、わたしたちが暮らす集落から少し離れた、もうひとつの集落にありました。

対向車もない真っ暗な一本道を抜けてたどり着いたのは、町並みも家の造りもまったく違う、小さな村。朝が早い漁師さんたちが多く暮らしているせいか、うちの集落以上に人の気配はなく、家の明かりもほとんど消えています。思わず息を殺してしまうほど静まり返った、そんな集落の暗闇に、ぽつんとひとつ灯る明かりがありました。

「ここ、島で貴重な、夜まで開いている店。朝7時から夜11時までやってるから、真のセブンイレブンね」

シマ島ネイティブが「セブンイレブン」と呼んでいるそのお店は、10畳ほどの店内にお菓子やアイス、パンにくだもの、野菜、雑誌、日用品などが所狭しと並べてある商店でした。店内に入ると奥から人の気配がして

「いらっしゃい」

60代だろうか、70代だろうか、年齢不詳の女性が現れました。頭に三角巾、胸にエプロンをつけたお母さん然とした小柄なその人は、営業用スマイルでもなく無愛想でもなく、ご飯を食べたりお風呂入ったりテレビ見たりしながらお店も開けてますって感じの何気なさで、レジの前に立っていました。どうやらこのお店、お母さんがひとりで切り盛りしているようです。

「以前はうちの近所にも夜やっている店があったんだけど、何年か前にやめちゃって、今はここが唯一の店なんだよね」

そう言いながら、ザビ男は「いつものやつ」といった風情でお母さんにタバコを注文しています。スモーカーのザビ男はタスポを持たなければストックも置かない主義で、夜にタバコが切れるたびセブンイレブンまで買いに走っているようでした。

ひと気のないこの村で、観光客も来ないこんな夜中まで、どうしてお母さんはお店を開けているんだろうか。理由を聞いてみたい気がしますが、理由なんてどうでもいい気もする。たぶんここは、あるだけでみんな嬉しい。たぶんこの先、わたしにとっても。

お母さんがずっとこのお店を開けていてくれますようにと願いつつ、久しぶりにアイスの買い食いなんかして、店の明かりを背にまた来た暗闇を戻っていきました。


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さて。明日もがんばりましょうかね。

それでは、また。じじょうくみこでしたー。


Text by じじょうくみこ
Illustrated by カピバラ舎

*この記事はウェブマガジン「どうする?over40」で2015年に掲載した連載の内容を一部アレンジして再掲載したものです。現在、後日談の「崖のところで待ってます。」という連載を月に1回書いています。よろしかったらそちらもどうぞ。


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