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山田哲人の涙に馳せる思い

「わぁ」

悲鳴に近い歓声が沸き、私はその意味を探るためファインダーから目を離した。

2022年9月25日日曜日。
1位2位の直接対決で優勝マジック2とした東京ヤクルトスワローズは、2021ドラフト2位のルーキー・丸山和郁のサヨナラタイムリーで、劇的な優勝を飾った。
神宮球場での優勝は2015年以来。
あの瞬間も、雄平のサヨナラタイムリーで優勝を決めた。
こんな形で歴史が繰り返される、そんな球団になったんだなぁとしみじみ感じ入る……暇はなかった!

丸山和郁 優勝決定サヨナラタイムリー @au3_plum

打った瞬間ヒットを確信し、ガッツポーズで一塁に走る丸山の背中を追う。
写真を撮り続ける私は、歓声で何が起こっているか想像するしかない。

これは、決まった!?

優勝の瞬間は、不意に訪れるものだということを痛感する。
私は、優勝の瞬間に撮りたい「画」があった。
首脳陣の歓喜だ。
2015年、雄平のサヨナラタイムリーの瞬間、テレビカメラは輪になってぴょんぴょん跳ねながら抱き合う監督・コーチを映し出していた。
その中には、当時投手コーチだった高津臣吾の姿があった。
監督は、真中満。現役時代を見ていた私にとって、選手当時と変わらず喜びを爆発させるそのおじさんたちが、微笑ましく、誇らしかった。

だから! 今日この日に優勝が決まった暁には! その“おっさんずラフ”を撮ろうと! 決めていたのに!

一応撮りましたけどね、“おっさんずラフ” @au3_plum

……それどころではないことは、経験して理解した。
ダグアウトから飛び出すナインたち。もう誰が誰だか分からない。主役の丸ちゃんも見失った。
ペットボトルのウォーターシャワーは、あっという間に底を尽きた。スプラッシュは、躍動感を演出する最高のアイテムなのだが。

ちょこっとスプラッシュ @au3_plum
誰が誰だか分からない! @au3_plum

そして、気づく。私は、震えていた。シャッターを切りながら、震えが止まらない。撮った写真を確認しようとしても、カメラの液晶を操作できない。

記録だ、記録。落ち着け。そう自分に言い聞かせて、震える指の連写は止めなかった。
すべては後で確認だ。どうかピントは合っていてくれ。

「わぁ」。何か起こったのか。顔を上げ、バックスクリーンのビジョンを見るとそこには、ユニフォームの袖で涙を拭う山田哲人が映し出されていた。自然と拍手が沸き起こる、神宮。

急いでカメラを構え直し、山田哲人を探す。“その瞬間”を我がNikonで収めたい。バズーカ女子の欲がむくむく沸き上がる。
しかし、何度も映像で流れた「村上宗隆の胸に顔を埋める山田哲人」は逃してしまった。


山田哲人の調子は、なかなか上がらなかった。
今シーズンの目標を「率」とした山田。
前年の目標は「導」だった。
初めてキャプテンの重責を担い、チームを優勝に「導」いた山田は、野球の成績でチームの先陣を切り「率」いることを自身に課した。
そんな山田とっては、落ち込む時間も長かったシーズンだったことだろう。

それに加えて、新型コロナウイルスに感染し、有症状患者として療養を余儀なくされた、山田。
療養期間を終えてすぐチームに戻った。
しかし、体調は万全ではなかったようだ。キャプテン不在のチームを立て直さなければならない焦りが、体調不良のままの早期復帰につながってしまったのではないか。

優勝後は、スポーツ紙各社とっておきの話を発信する。
その中に、苦しむ山田哲人について村上宗隆の証言があった。

──6連敗となった8月11日の広島戦後、選手だけでマツダスタジアムのブルペンに集まりました。選手の輪の前で哲さんが目に涙をためて「助けてください」と頭を下げました。あんな表情で、あんなことを言う姿は初めて見ました。
【独占手記】ヤクルト・村上宗隆、「中心」を意識したことで重くなった勝敗 初めて感じた「孤独」「仲間の大切さ」(サンケイスポーツ)から抜粋*1

神宮のあの涙を見て、「苦しかったんだなぁ」と胸に迫る思いはあった。
しかし、その苦しみは、バッティングが好きな一野球選手の打てない歯がゆさだけではなかった。
キャプテンとして、いつの間にか増えていた後輩たちに、野球選手のあるべき背中を見せられない辛さを、山田哲人は抱えていた。

年頭に思い描いた「率」いる自分とのギャップに苦しんだ思いが、優勝のあの日、涙になって溢れてたのだ。

どれだけ辛かったか。勝負の世界に身を置いていない私には、想像することもできない。
ただ、この話を聞いて思うことがある。

山田哲人がその心の内を率直に表出できる人であり、チームがそれをできる環境であることが、今季の優勝をもたらしたのではないか。

野球は一人ではできない。仲間と切磋琢磨して技術を磨き、グラウンドにいる9人以外も交代に備えて準備をする。首脳陣は戦略にいつも頭を悩ませ、前日には大雨で溜め池と化した神宮球場を、球場スタッフ総出で排水した。

たくさんの人の力が結集して、野球はできあがるのだ。
「率」いたい気持ちは分かる。その気概も素晴らしい。
ただ、「率」いる人は、孤独になりがちだ。
例えば、監督もそう。トップは弱みを見せられない。見せてはいけないという既成観念もある。

だからこそ、キャプテンが体面にこだわらず、意固地にならずに頭を下げられる人であったことが、ヤクルトの強みである団結を生み、全員でスクラムを組んで戦う「一枚岩のチームスワローズ」であり続けることができたのではないか。

そして、その苦しみから解放された瞬間の涙。後輩の多くなったチームで、人目を憚らず年下の胸で泣くことができる、素直な人。
こんなキャプテン、ヤクルトファンの誇りでないわけがないだろう?

キャプテンの先輩・青木宣親との抱擁 @au3_plum
高津臣吾監督からトロフィーを受け取る @au3_plum
パレード ずっと涙目だった @au3_plum

おめでとう! あなたは私の誇り! キャプテン! 山田哲人!

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