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アゲてけ! 〜ヤクルトの真価が問われるとき

「いーよなー。ヤクルトは、明るいのがいいよな」。

2022年9月25日日曜日。優勝式典が行われている明治神宮野球場で聞いた、DeNAファンのつぶやきだ。

この日、東京ヤクルトスワローズは、サヨナラで優勝を決めた。
優勝決定サヨナラタイムリーという“熱燕”を演じたのはルーキー・丸山和郁だった。

丸山は、エリートだ。群馬・前橋育英高校では、2年生ながら外野手のレギュラーとして夏の甲子園出場。3年生ではピッチャーも兼任し、春夏甲子園に出場した。
卒業後は明治大学に進学。キャプテンとしてチームを率い、2021年ドラフト2位で東京ヤクルトスワローズに入団した。

春季キャンプでは、ルーキーでただひとり一軍帯同した。球団の期待度が伺える。
しかし、開幕を一軍で迎えた直後、約3か月間の二軍暮らしが始まった。

甲子園3回出場、U-18日本代表のユニフォームに袖を通し、規律厳しい明治大学を生き抜いてキャプテンを務め、大学侍ジャパンにも選ばれた。
そして、プロ野球選手になった。
そこから続いていく物語で、これまで主役だった野球小僧は、人生で初めて人の背中を追う経験をしている。

一軍に上がっても、レギュラーまでの道筋は見えない。
代走、守備固め、打席が回ってくれば儲けもの。
初めはみんな、そこから歩み始める。頑張れ、エリートくん。

ただそこでファンは、丸山の身体能力知ることになる。
守備が上手い。臆することなくバックホームを投げ切る。フェンスを怖がらず、捕球でジャンプするタイミングも合っている。跳躍力もある。足が強い。
それもそのはず、丸山は50メートル5.8秒の俊足だ。
肩が強くて、足が速い。神宮で見るまるちゃんは、ヤクルト好み、ヤクルトファン好み、野村克也好みの選手だった。

◇◆◇

丸山が手繰り寄せた優勝を担いで殴り込んだ日本シリーズは、2勝1分からの4連敗で終焉を迎え、球団史上初の日本シリーズ連覇を果たせなかった。
前半の勝ち星から一転、オリックス中継ぎ陣の完璧な投球に、打線がまったく機能しなくなった。
“なかじマジック”で魔法にかけられたのは、選手だけではなかった。
気づけばファンも、無言で手を合わせる時間が長くなっていた。

10月30日日曜日、第7戦。3敗を喫し後がなくなったヤクルトはこの日も、オリックスに圧倒され続けていた。
8回表終了時点で、0-5。あと2回の攻撃で、どう勝とうというのか。高津臣吾は、秘策でも持っているのか?

日本シリーズのチケットを確実に手に入れるため、年間シートを買っている私に割り当てられた席は、4戦ともバックネット裏上段だった。
偶々なのか意図的なのか、通路席でバズーカがお隣の邪魔にならないことは助かった。
その反面、自分とネットの距離があり、どうしても網が抜けない。せっかくの2連覇、この写真の出来か……

満足のいく写真が撮れないイライラがつのるところに、この点差。
たまらず、呟く。

明日があると悠長に思っているかどうかは知る由もないが、その間にも、オリックスは着実に勝ちを手に入れようと集中している。
どうすんの?    勝たないの?
まさか、負けんの?

そうして始まった8回裏の攻撃。
1番塩見泰隆がライト前ヒットで出塁した。ノーアウト1塁。
この状況なら、塩見は盗塁するだろう。進塁すればバッテリーのプレッシャーになる。

続く2番、キブレハンの代打で途中出場の丸山和郁がセンター前ヒットで続く。
ノーアウト1・2塁!
急にやってきたチャンスに戸惑いながら、全力疾走のバッターを追いシャッターを切る。
そこには、気合いの表情で手を叩き、ベンチを鼓舞する野球選手の姿があった。

ルーキーだろうが途中出場だろうが、グラウンドに立てばプロの野球選手だ。
どうしたら勝てるか、自分がすべきことは何か。
それを、プロのレベルについていき、結果を残すことで精一杯の新人が考え行動するのは大変なことだろう。

それでも、「野村野球=スワローズウェイ」と言い切る高津臣吾が求める、一人ひとりが自覚を持って考える野球を、エリートの野球小僧はやり遂げようとしていた。

バックネットにベストショットを奪われ、「おい、お前ら負けんのか?」と、くだを巻くしか能のないおばさんが持ち合わせていない根性を目の当たりにして、私はただ反省するしかなかった。

◇◆◇

「ヤクルトは明るいな」「よく声が出ている」「元気だね」

3塁側内野席でよく聞く、相手チームのファンの言葉だ。
しかし、勝っている時にチームの雰囲気がいいなんて当たり前だ。
大切なのは、負けている時にどう振る舞えるか、なのだ。

前年、2021年11月20日土曜日。
日本シリーズ第1戦で、ヤクルトはオリックスにサヨナラ負けを食らった。
どうやってホテルに辿り着いたかも覚えていないくらいのダメージの中、なんとかブログを書き終えた。
疲れているのに、寝付けない。
気づけば午前2時半。スマホをいじりながら悶々と過ごしていると、元プロ野球選手の呟きが目に入る。

普段、負けた選手たちに「顔上げろ! 前向け!」と言うくせに、初戦を落としたくらいでこんなに打ちのめされて。私は弱いな。

ヤクルトOB・川崎憲次郎のこの言葉で、自分の“薄っぺらさ”に気づかされた。
そして、ここで歯を食いしばることができる人が本物の強さを持ち合わせていて、野球選手の真価はこういうところで問われるのだと思い知らされた。

野球選手は、強い。
完全ビハインドのあの場面で、「アゲてけ!」と仲間を牽引した丸山和郁は、

'22.10.30 sun. 明治神宮野球場 @au3_plum

強い!

(2022/12/15 23:49初稿 一部改変・転載)

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