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【写真部】2023年を無かったことにしない 並木秀尊が居続けた神宮【2023年度ベスト写真】

私が優勝を諦めたのは、5月24日水曜日だった。

第9節対阪神11回戦。
先制点は3回裏、先発・吉村貢司郎の犠牲フライだった。
幸先良いスタートも、直後のイニングに逆転される。

相手は、ビックマウスを封印し「A・R・E」に向かって邁進するタイガース。
「やられたら、やり返す」は、すでにヤクルトのお家芸ではなくなっていた。

それでも、この日のヤクルトは食らいついた。
その裏、塩見泰隆のタイムリーで同点に追いつく。
その後、2点ビハインドの場面で塩見がタイムリーを放ち、7回には4番・村上宗隆のタイムリーで逆転に成功した。

ヤクルト1点リードで迎えた9回。クローザー・田口麗斗が、阪神・近本、中野を見逃し三振に仕留め2アウトまでこぎつけた。
ただ、1位からどんどん離され疲弊していたヤクルトファンにとっての1点リードは、あと1アウトだとしても心許ない。

そんな、期待を包み込む不安は、野球の神様に見透かされていた。

カウント1-2からの田口の4球目、ノイジーの打球はライトに上がった。
よし、ゲームセット。連敗ストップだ。
しかしその打球を、ライト・並木秀尊が後逸する。ノイジーは三塁へ。
まさかの落球に息をのみ、呆然とする間に、大山が死球で出塁。2アウト1・3塁から佐藤輝明のタイムリーで阪神逆転。
勝利直前から、あっという間に1点を追う状況になり、そこからはいつものヤクルト。9回裏に事は起こらず、阪神の伝統の応援「あと1球!」のこだまの中、ヤクルトは敗戦した。
あと1球だったのは、こっちの方だ。なんでこんなことになるんだ。

ヤクルトは、5連敗中だった。
先週は1勝もできなかった。しかし、日曜日は辛くも同点で逃げ切ることができた。
……リーグ2連覇したチームが、同点で試合を終え「負けなかった」と胸を撫でおろすような低いレベルで野球をしていた。絶対に間違っている。おかしい。

9回2アウト2ストライクから勝ちが逃げていく神宮に、神はもういないんだ。
いつもの三塁側内野席を立ち、ヒーローインタビューを待つ熱気を帯びた阪神ファンを縫って足早に地獄から脱出した。

「もういい」。
私はこの日、優勝を諦めたのだ。

その後は、ある意味穏やかな日々が続いた。順位表を見なくなるだけで、負担は軽くなった。
期待しなくなれば、楽になる。この言葉は本当だった。
仕事をやりくりして球場に駆けつけることもしなくなった。睡眠不足、体調不良、雨の予報。無理をしなかった私は、何年か振りに「ホーム皆勤賞」を手放した。
選手たちの「優勝に向けて頑張ります」という言葉もまったく体に沁み入らなかった。

勝てば儲けもの。いいよ。今年はそういう年だから。

◇◆◇

それを知ったのは、2か月後のネット記事だった。

あの日、ノイジーのライトフライを後逸した並木秀尊は、あの後逸のあと、昼間から神宮球場の照明をつけて捕球練習を繰り返していた。

(前略)「自分のせいで負けたので、次はこうならないように」と、翌日は昼間の練習から照明をつける“ナイター仕様”で何度も飛球を追いかけた。「照明と打球がもろにかぶるのは初めてだった。地面近くでボールを見たり、ちょっと後ろに引いてみるとか工夫をして、ピッチャーが打ち取った球を確実にアウトにできるように」。たった1つのミスがチームの運命を左右する。野球の怖さを知り、意識を改めた。*1

https://hochi.news/articles/20230728-OHT1T51160.html

あの後逸は、照明が目に入りボールを見失ったことで起こったエラーだった。
外野守備・走塁コーチの河田雄祐、外野手出身のOB真中満や坂口智隆は、異口同音で「そういうこともある」と並木に同情的なコメントを出していた。
プロがそういうのなら、そういうものなのだろう。
あれは、仕方のない“事故”だった。
しかし並木は、それをそのままにはせず、グラウンドに立ち続けようとしていたのだ。

並木には、キャッチフレーズがある。
「サニブラウンに勝った男に勝った男」。
“サニブラウン”とは、陸上競技者のサニブラウン・アブデル・ハキームのことだ。
その“サニブラウンに勝った男”というのが、北海道日本ハムファイターズ・五十幡亮汰。
五十幡は中学時代、野球を続けながら陸上200mで全国優勝するほどの足の速さを持っている。
そのレースで3位だったのがサニブラウンだった。
そして、五十幡はスワローズジュニア出身。もちろんヤクルトファンだ。
ヤクルトファンは、この逸話を引っ提げて再びヤクルトのユニフォームを着る姿を楽しみにしていたが、ウエーバー方式により先にファイターズが五十幡の交渉権を獲得し、その夢はついえた。

その五十幡と同学年の並木との関係は、大学日本代表候補合宿で顔を合わせたときにさかのぼる。
その合宿で行われた50メートル走で、並木は手動計測ながら五十幡よりも早いタイムをたたき出した。

「五十幡くんより足が速い人なんているんだ!」。
五十幡をドラフトで獲得できなかったヤクルトファンの落胆は、並木の入団で歓喜に変わった。

実際、神宮で見る並木は、盗塁でも守備でもその速さを実感する足を持っていた。
速い。素人が見てもその速さは分かる。
「いつの間にかそこにいる」のが、並木秀尊だ。
並木自身も「自分は足で取ってもらったと思っている」と、その俊足が強みであることを自覚している。

たしかに、俊足を武器に試合に出してもらうことはできるだろう。
だが、獨協大学という決して強豪校とは言えない野球部から初のプロ野球選手となった並木は、3年目のシーズンを迎え、足だけでは生き残れない世界だということも肌で感じている。
レギュラー奪取へ、立ち止まっていられない。できないことは、できるようにする。
そんな意地すら感じる、“昼間の照明練習”。温厚な並木からは想像もつかない、情熱だった。

2年連続の優勝の、ヤクルトらしい勝ち方をまったく感じられなかったシーズン。
ファンが思い描いた1年ではなかった。
私は早々に船を降り、この2023年を無かったことにしようとしていた。
イライラを募らせ、選手に当たり散らし、勝手に不貞腐れ、ひとつのことをひたむきに取り組む若者を目の前にしても、何も見ようとしなかったのだ。

しかしそれは、並木秀尊という野球選手がもがいた瞬間も無かったことにしてしまうということだ。
そんなこと、あってはならない。
今からでも、この2023年を無かったことにしない。
どんな辛いときも、歯を食いしばって、並木秀尊は神宮に居続けたのだから。

2023年度ベスト写真 @au3_plum
'23.7.16 sun. 明治神宮野球場

ごめんなさい。(了)

*1

#今年のふり返り

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よいお年をお迎えください。田村あゆみ

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