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「青春は、密だ」 そして、スポーツに求めるもの

第104回全国高校野球選手権大会は、本日8月22日の決勝戦が決着し、17日間の幕を閉じた。

熱戦に継ぐ熱戦に、野球ファンが盛り上がるのは毎年のことだが、私は高校野球を“普通に見る”程度だった。
今年、とある選手を写真に撮りたいと思い、神宮観戦連続記録を諦め、誕生日を阪神甲子園球場で過ごした。

甲子園は、「沼」だった。
よく、「スワローズ沼にはまっている」と言われるが、子どものころから私の人生に寄り添っているヤクルトスワローズに、“はまる”という感覚はなかった。

「次の大会はいつだろう」と高校野球の試合を検索し、甲子園で撮った写真整理は眺めるだけで時間が過ぎ、一向に片付かない。
気付けば、高校生の野球を思い出している。完全に、はまってしまった。
そう。沼とは、はまるものだ。

太る間もないだろう痩せ型の体格に、ソックスはオールドスタイル。
焼け焦げた肌と真っ白なマウスピースのコントラスト。仲間を鼓舞する大きな声。

すべてが「元気」。見ていて気持ちがいい。

この「気持ちがいい」は、科学的に証明できるのだろうか。
青空に吸い込まれるこの「元気」に、見ている者はスカッとする。

それは、私の日常に、ないものだ。


朝、いつも感じることがある。出勤して、エレベーターホールで顔を合わせる人、誰ひとりとして挨拶がない。
若者が下を向き、スマホを覗いてエレベーターの到着を待つ。「おはようございます」の一言がないのだ。

一日の始まりに、「元気」がない。この空間に、活気がない。
社会は疲れている。朝から余計な体力を消耗しないようにしているのだろうが、その疲弊に朝っぱらから引っ張られ、こちらも元気を吸い取られてしまうようだ。

6月30日、マツダスタジアムのチケットが当たり広島燕征した際、社会人野球チーム・JR西日本野球部の練習見学に行った。
専用球場は広島市内にあるが、“寄っていく”にはちょっと遠い場所。山間いにあるその球場まで、レンタカーで快適なドライブができた。
到着すると、遠征バスが停まっていた。フロントには「福岡ソフトバンクホークス」と書かれている。
その日はたまたま、福岡ソフトバンクホークス三軍との練習試合が行われていた。
練習見学が、試合観戦になった。都市対抗野球大会出場を決め、追い込みをかけるJR西日本とプロの対戦。何とラッキーなことか。

しかし私は、初めての場所で勝手が分からない。
キョロキョロしながら球場のフェンス沿いに歩き、多分入口があるであろうバックネット裏に向かっていると。

「ちょっ!」

野球部員らしき若い男性に呼び止められた。場外で球拾いをしていたようだ。
私は、ここから先は立ち入り禁止なのかと察し、「はい!」と答えた。
すると彼はもう一度、
「ちゃっ!」
と声をかけてきた。
「ちょっ(と待って)」ではなく、「(こんに)ちゃっ!」だった!

「あ、こんにちは~」。帰れと言われなかったことに安心し、ドキドキを抑えながら何とか球場内までたどり着いたが、私の感動は抑えきれるものではなかった。

挨拶をする。見ず知らずの、何をしに来たか分からない、バズーカカメラのデカリュックを背負った、こんな太ったおばさんにも、差別なく元気に挨拶をする。
私の職場にはない光景だ。

NPBプロ野球のない今日、私は夏休みを取り、埼玉県鴻巣市にある上谷総合公園野球場(フラワースタジアム)へ野球を見に出かけた。
社会人野球のテイ・エステック対茨城トヨペットのオープン戦だ。
てっきり午後からだと勘違いしていた私は完全に出遅れ、球場に着いたのは5回に入ったところだった。

一塁側スタンドの入口であろう階段にたどり着くと、パイプ椅子の上に置かれた消毒ボトルと、「新型コロナウイルス感染拡大防止のため    チーム関係者・保護者以外の方の入場はお断りしております」の張り紙がある。
……ここまで来て、入れない!?
「有観客」とホームページには書いてあったはず。一応、確認しようと球場事務所に向かった。

事務所にいた女性に「あのー、今日見学に来たのですがー、有観客と書いてあったように思うのですがー、関係者以外は入れないでしょうかー……」とおずおずと聞く。
「あ、入っていただけます。どうぞお入りください」。
諦めて帰らなくてよかった。さっきの入口まで戻り、手を消毒しようとしたところで、テイ・エステックのTシャツを着た選手が階段を下りてきた。

「ちゃっす!」

どこも同じ。野球場には、元気に挨拶する野球選手がいる。


今日の「夏の甲子園」決勝、仙台育英対下関国際の試合は、8対1で仙台育英が勝ち、東北勢初の優勝をもぎとった。
「深紅の優勝旗が白河の関を越えた」、歴史的な勝利だった。

優勝監督インタビューは、実直な思いがそのまま音になって心に響く、誠実な言葉の連続だった。
仙台育英高校野球部監督・須江航が紡いだその言葉の中には、子どもたちを見つめる優しい視線があった。

──高校生活っていうのは、僕たち大人が過ごしてきた高校生活とは全く違うんです。青春って、すごく密なので。でもそういうことは全部ダメだ、ダメだと言われて。活動してても、どこかでストップがかかって、どこかでいつも止まってしまうような苦しい中で。でも本当にあきらめないでやってくれたこと、でもそれをさせてくれたのは僕たちだけじゃなくて、全国の高校生のみんなが本当にやってくれて。
仙台育英監督「青春って、すごく密なので」優勝インタビュー全文(朝日新聞デジタル)より抜粋

新型コロナウイルスの猛威に翻弄され、練習も試合も思うようにできなかった。そんな中、全員で諦めず戦い続けた、教え子たち。
側で見守ってきた闘将は、「全国の高校生に拍手してやってほしい」と、涙を拭きながら若者をねぎらった。

青春は、密。

つかみどころのない青春の概念を、ここまで的確な一言で言い表した人は、未だかつていないだろう。
たしかにそうだ。振り返れば、密だからこそ、時に息苦しいこともあった。
しかし、仲間同士くじけないように励まし合い、頑張る時間をともに過ごせたのは、密だからこそだ。

「青春って、すごく密なので」。いい言葉だ。

気づけば青春は、終わってしまっているものだ。
そしていつのまにか、疲れる青春を避けるために、朝の挨拶ですら省略する大人になっている。

野球選手には、いや、すべてのスポーツ選手は、この“密な青春”の発信者であってほしい。
何を意識することもない。元気に、野球をする姿を見せてくれれば、それで。
沼にはまったおばさんは、これからも暑苦しい青春に触れるため、野球場に足を運ぶ。

最後に。須江先生。
大の大人が臆することなく「青春」という言葉を口にできるのは、高校球児という青春とともに生きているから。
そんなあなたが、まぶしく、うらやましい。
全国制覇おめでとうございます。見事な優勝でした!

これほどの名言、今後なかなか出てこないと思う。

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