見出し画像

山田哲人が目指す、チームの勝利

2022年セパ交流戦は、東京ヤクルトスワローズの優勝で幕を閉じた。
2018年の「勝率1位球団」となってから、4年ぶり2回目の1位だ。

思えば5月24日、北海道日本ハムファイターズとの「死闘の3日間」から始まった交流戦だった。

ノーアウト満塁から登板し無失点に抑えた「田口の20球」。
村上宗隆、山崎晃大朗の2夜連続サヨナラホームラン。
ファイターズ開幕投手の新人・北山亘基のリベンジ登坂。

「こんだけのファンのみんなが遅くまで残ってくれて見ているんだから、越えていけ」。
BIGBOSSはそう言って、2日連続で救援失敗した北山を送り出した。
球場全体の息が止まったあの時間。緊張と期待の入り混じった、張り詰めた空間を感じてしまったら、もう野球観戦はやめられない。

ヤクルトの戦い方は、それまでの2か月間と変わらなかった。
1点を取るために、必ず二塁に進塁する塩見泰隆と山崎晃大朗。いや、このふたりだけでなく、スタメンも控えも関係なく、全員がひとつ先の塁を取る意識を持って出塁していた。

監督・高津臣吾が選ぶMVPは「リリーフ陣」。
6月に入ってからの、リリーフ全員の防御率は、0.00。
しかし、その成績以上にいちヤクルトファンが感じたのは、「ここを抑える!」という気概と気迫だった。
そんな目に見えないものを感じる野球場は、尊い。

交流戦優勝を決めたソフトバンク戦も、その戦い方は変わらなかった。
初回に2点先制されたヤクルトは2回、山崎晃大朗のタイムリーで1点を返す。
しかし4回、またしてもタイムリーで2点を追加され、3点差。ここまで劣勢の状況が続いた。
しかし5回、村上宗隆の2ランホームランが飛び出し、1点差に詰め寄る。
そして6回、村上宗隆の満塁ホームランで、ヤクルトは逆転に成功した。

村上宗隆は、ヤクルトの4番として、4番打者の英才教育を受けている。
元来の正義感あふれる性格から、「自分のホームランでチームを引っ張る」と決め、野球に取り組んでいる。

そんな村上が、2本目の逆転満塁ホームランから帰ってきたベンチで、待ち受けた山田哲人と抱き合う瞬間が中継に映し出された。

山田は、ベンチのハイタッチ列に並びながら、村上をグータッチで迎え入れようとしていた。
そこに村上が到達したとき、両手を目一杯広げて山田に抱きつき、山田はそれに応えるように村上を抱きしめた。
「てつさーん!」。村上の声も入っている。

村上の前を打つ山田はこのとき、1アウト満塁で空振り三振を喫し、ベンチに戻っていた。
その後を引き継いだ村上がホームランを放った、そんな状況だった。

山田と村上は、仲がいい。元々、村上は青木宣親の自主トレに参加する「青木組」で、山田との接点を感じたことはなかった。
それが、オリンピック代表として参戦してから、距離が一気に近づいた。

侍ジャパンでは一番年下の村上がチームに溶け込むまでは、時間が必要だった。
そんな不安を抱えていた村上に、他チームの選手を紹介し、仲介役を買って出たのが、先輩の山田哲人だった。
そのおかげで、村上は、鈴木誠也(当時・広島)のホテルの部屋を訪問し、バッティングの話をするまで距離を縮めることができた。

村上宗隆にとって、そんな頼りになるお兄さんが、山田哲人だ。
今では、試合前の練習時間から、いつでも隣にいるふたり。キャッチボールも必ず組んでいる。

山田哲人は、村上への献身を怠らない。オリンピックから帰ってきたあとも、村上のそばにいて、常にコミュニケーションを取っていた。
野球の技術論だけでなく、プライベートな話も共有しているであろうその関係は、高津臣吾も「あのふたりは仲がいい!」と太鼓判を押すほどだ。

しかし、ライバル関係でもある山田と村上。そのライバルに活躍の場を奪われた形となった山田に、嫉妬心は沸かないのだろうか。

レギュラーメンバーが9人と決まっている勝負の世界において、ライバルに打ち勝つ厳しさとも闘わなければならないのが、野球選手だ。
「ライバルは、蹴落とすのみ」。そういうもののはずなのに、何故山田は自己に固執しないでいられるのだろう。

山田の、おっとりした性格が影響しているようにも思う。
他人への羨望が妬みの感情になることなど、まったく想像できない。
しかしそれ以上に思うことは、「キャプテンという役割が、山田哲人をそうさせているのではないか」ということだ。

ヤクルトの絶対的指導者、黄金期をつくり上げた野村克也の言葉に、
「地位が人をつくり、環境が人を育てる」
という格言がある。

山田がキャプテンになり2年目。神宮で、これまでにない山田哲人のキャプテンシーに触れるたび、「キャプテンとは、集団を見渡し、組織をつくる人だ」と思い知らされた。
首脳陣でもない一選手であっても、チームづくりをするために、鳥瞰的に物事を捉えること。
山田自身がそれに気づき、率先して行動した結果、「誰かのミスは、みんなで補う」、一枚岩のチームスワローズが誕生し、その全員野球で日本一の称号をもぎ取った。

キャプテンという地位で日々研鑽し、チームメイトと向き合い続けた山田が、自身の活躍を越えた「チームの勝利」に野球の神髄を感じた瞬間だった。

「ライバルが打った満塁ホームランで、チームが逆転した!」。
村上を出迎えた山田は「ありがとう」と拝みながら、満面の笑みをたたえていた。
「打った」村上を出迎えた、「打てなかった」山田のその笑顔は、ヤクルトというチームが勝利にぐっと近づいたよろこびに満ちた、屈託のない笑顔だった。

今年は常に「目の前の勝ちにこだわって、勝っていきたい」と折に触れ言い続けている、山田哲人。
チームの誰かが積み上げた得点で勝つことが、山田哲人のよろこびになっているのだとしたら。

ヤクルト、どおりで強いわけだ。

そんな、頼もしくて、誇らしい山田哲人は、「4回目のトリプルスリーを狙う」と自身の目標を掲げている。
交流戦が終わった時点の成績は、
打率   .239
安打  52
打点  31
本塁打 13
盗塁    9

一方の“ライバル”・村上宗隆は、
打率   .295
安打  62
打点  53
本塁打 19 
盗塁    5

……負けてられないな。どうせなら、自分が打ってチームの勝利を手繰り寄せるというのはどうでしょう。てっちゃん!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?