淡雪みさ

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淡雪みさ

夏と珈琲が好きな物書き。 ↓書籍情報や連絡先、他の活動場所など、詳しくはコチラ https://lit.link/awaawaawayuki

マガジン

  • 『鬼棲む冥府の十の後宮』

    冥府で死者の魂を痛めつける〝獄吏〟として働いていた紅花は、大好きな閻魔王とまた会いたい一心で後宮入りを目指す。 わざと王の車の前に突っ込んで後宮入りを頼み込むが、その結果強制的にやらされるはめになったのは、後宮の汚れ仕事である〝鬼殺し〟。 後宮に入れたとはいえ、最北にある閻魔王の養心殿(私室)とは程遠い南の宋帝王の元で汚れ仕事を続けていた紅花は、やがて【鬼と花の心が読める】という獄吏としては役に立たなかった能力を宋帝王の皇后に買われ―― 冥府の後宮で繰り広げられる、中華風ファンタジー。

  • 『惑ふ水底、釣り灯籠』

  • 『狐と祭りと遊び上手と。』

    玉藻前の生まれ変わりが妖怪の町を変えていく、美しい妖狐たちの初恋の物語

  • 『シザー・フレンズ・バタフライ』

    悲しい恋をする貴方が好きな私の恋も、悲しい恋になることくらい分かってた

最近の記事

「鬼棲む冥府の十の後宮」第十二話(完)

 ――……絞首台に立たされ、現世に向かったその時、とっくの昔に譲位した王に懸想していたのは我くらいのものだろう。  ◆  どこまでも続く、はんなりと花咲き春の訪れを告げる、桃の林。桃の花の名所として知られるこの場所に、私は何故か毎年足を運んでいた。  向こうに見える高層ビル群を彩る、雅な桃の木。仕事帰りに寄るにはちょうどいい立地だ。  暖かい日も多くなってきたとはいえ、まだ空気の冷たいこの時期が好きだ。桃が咲くと、忘れていた何かを思い出しそうな気がする。  仕事は楽しい。

    • 「鬼棲む冥府の十の後宮」第十一話

       それは、一兆九千億年以上も前のこと。  まだ前王が健在だった時代に、庭に桃の木を植えようという話になった。長子は彼のことを父のように慕っていた。子供のように懐き、下手をしたら実父よりも触れ合っているのではないかと思える程だった。  長子と、長子の両親と、帝哀と、帝哀の両親。六人で計画を立て、後に長子が住むであろう宮殿の横の御花園を、桃の園にしようという話になった。  幼き日の淡い思い出。長子は侍女に止められながらも勝手に一人で外へ行き、桃の木を大切に育てた。そうすれば帝哀の

      • 「鬼棲む冥府の十の後宮」第十話

        「あらあらあらぁ、奴隷の下に付いている、可哀想な方々じゃない」  長子皇后の侍女たちは、口元を隠しながら一斉に笑い合う。それは明らかに嘲笑だった。 「天愛皇后様はもう奴隷ではないわ。生まれがどうであれ、あの方の素晴らしさが分からないなんて、人を見る目がないこと」 「……こちらが節穴だと言いたいの?」  長子皇后の侍女の一人が、天愛皇后の侍女の言葉にぴくりと眉を寄せた。その顔からは一瞬にして笑みが剥がれ落ちる。 「私達は、閻魔王様の皇后様であらせられる、長子様直属の侍女

        • 「鬼棲む冥府の十の後宮」第九話

           ■  紅花が去った後、飛龍が帝哀を見て言った。 「意外だったよ。随分紅花に入れ込んでるんだね?」  口元は笑っているがその目は冷たく、面白く思っていないことが感じ取れる。 「かの閻魔王が、何の後ろ盾も教養もない少女を気に入るなんて非合理的なことをするとは思わなかったな」 「お前も身分の低い女を正妻に迎えただろう」 「人間は嫌いなんじゃなかったの?」 「あいつは他の人間とは違う。歪だが真っ直ぐで、馬鹿正直で、俺のことを愛している」 「そんなの分かんないよ。人間には知恵

        「鬼棲む冥府の十の後宮」第十二話(完)

        マガジン

        • 『鬼棲む冥府の十の後宮』
          12本
        • 『惑ふ水底、釣り灯籠』
          13本
        • 『狐と祭りと遊び上手と。』
          12本
        • 『シザー・フレンズ・バタフライ』
          11本

        記事

          「鬼棲む冥府の十の後宮」第八話

           後日、予想通り天愛皇后から戻ってくるようにとの知らせが来た。  少しの間だったが共に仕事をした庭師のおじさん達は、紅花を「元気でなー!」と明るく見送ってくれた。紅花のような即席庭師を、技術面でも劣るだろうに歓迎してくれた彼らには感謝しかない。  宋帝王の区域に戻るための軒車は飛龍が用意してくれた。天愛皇后に迎えに行くよう命じられたらしい。相変わらず便利な道具として使われているようだ。惚れた方の負けとはよく言ったものである。 「おかえりぃ。庭師、楽しかった?」 (何で機嫌

          「鬼棲む冥府の十の後宮」第八話

          「鬼棲む冥府の十の後宮」第七話

           帝哀は紅花から視線を外し、部屋の隅の引き出しから小さな木の容器を取り出した。容器の中に入っていたのは、すり潰したような黒い粉だ。 「俺がいつも飲んでいる薬だ。痛みが和らぐ。最初はかなり苦いが、湯で溶かすと呑みやすい。ここに置いておく」  そう言って部屋から出ていこうとする帝哀を慌てて呼び止めた。 「一人じゃ飲めません」 「は?」 「腕も痛くて手を動かせません。帝哀様に呑ませてほしいです」 「…………」  帝哀が何か考えるように無言になった。本来なら使用人にでもさせる

          「鬼棲む冥府の十の後宮」第七話

          「鬼棲む冥府の十の後宮」第六話

           ■  紅花が一人前の庭師となるまで、そう時間はかからなかった。最後の方は意地だった。庭師に認められるよう、夜も寝ずに御花園の手入れをした。花たちには『必死ネ』『くすくす』とからかわれた。  庭師からこれなら送ってもいいと許可が出ると、天愛皇后はすぐに紅花を閻魔王の区域に送り出した。天愛皇后から送られた庭師だと伝えると、鬼の形相をした門番も素直に門を開けてくれた。  真っ先に向かったのはあの桃源郷のような、桃の花が咲き誇る御花園だ。紅花は一応、天愛皇后から長子皇后に送られ

          「鬼棲む冥府の十の後宮」第六話

          「鬼棲む冥府の十の後宮」第五話

           ■  幌の被さった青い色の派手な軒車。ある意味思い出深いそれに乗って、紅花は宋帝王・飛龍と共に閻魔王の区域へ向かうことになった。  魑魅斬は元々花の件が解決すれば紅花に休暇を与えるつもりだったようで、あっさりと送り出してくれた。  外の鬼が力を入れると、軒車は宙に浮き、宮殿よりも高く舞い上がる。遠くなっていく宋帝王の区域を見下ろしながら、何だか感慨深く思った。 「……ありがとう、飛龍」  思えばこの軒車の行く手を阻むことがなければ、こうして後宮入りし、閻魔王の区域へ

          「鬼棲む冥府の十の後宮」第五話

          「鬼棲む冥府の十の後宮」第四話

           ■ 「紅花嬢ちゃん、人使い荒いんじゃねーか!?」  夜。外の幽鬼を倒しながら、魑魅斬が叫ぶ。  魑魅斬にも作戦に付き合ってもらうことにした。魑魅斬が宮殿内に送り込んだ幽鬼と戦っているうちに、紅花が宮殿内の花を探すという算段だ。 (やっぱり、幽鬼にも個体差がある。大抵は話が通じないけれど、こちらの言葉にやや反応を示す幽鬼もいる)  幽鬼は夜に最も数が多くなる。紅花は、色んな幽鬼と接してみて、その中でもこちらの呼びかけに応じそうな者を捜していた。  そこでちょうど、大き

          「鬼棲む冥府の十の後宮」第四話

          「鬼棲む冥府の十の後宮」第三話

           結局公開処刑は行われず、冤罪だった鬼は解放されて終わった。折角集まったというのに実施されなかったことが不満なのか、人々の「何よあの女」「ただの鬼殺しのくせに生意気な」といった紅花の悪口があちこちから聞こえてくる。  紅花はそんな言葉は全く気にせずに処刑場を出た。  すると、いつの間に移動していたのか、出口付近の通路に飛龍が立っていた。待ち構えていたかのように壁に背を預けてこちらを見ている。 「身分の低い者も、衣装次第で立派に見えるものだね」  早々に厭味を言ってくるので

          「鬼棲む冥府の十の後宮」第三話

          「鬼棲む冥府の十の後宮」第二話

          「ちょっと、何してんの。さっさと残骸を片付けてよ」  後ろから歩いてきた飛龍に言われ、はっとして顔を上げる。  紅花はこんなにも頭が痛いのに、近くにいたはずの飛龍はけろっとしているので何だか腹が立った。 「……うるさくなかったの?」 「は? 何が?」  ――聞こえないのか、宋帝王でも。  やはり紅花のこの力は変わったものらしい。おそらく言っても理解されないであろうことが不便だ。 「……いいえ。何でもない。少し幽鬼の臭いにやられただけよ」  紅花は痛む頭を押さえながら

          「鬼棲む冥府の十の後宮」第二話

          「鬼棲む冥府の十の後宮」第一話

           ――……地獄に落ちたその時、その世界の王に懸想していたのは私くらいのものだろう。  ◆  どこまでも続く暗黒の深淵。亡者の魂が集まる冥府――地獄とも呼ばれるこの地では、今日も二百種類もの逃れられない牢獄の中で、人々の悲鳴が響き渡っている。  罰を与えているのは鬼だ。赤や青、恐ろしい形相や人知を超える怪力をもってして人畜に危害を加える異形の化け物。  そんな鬼たちの横を通り過ぎ、こそこそ抜け出そうとする紅花の首根っこを掴んで引き戻したのは、紅花の姉貴分とも言える玉風だった

          「鬼棲む冥府の十の後宮」第一話

          「惑ふ水底、釣り灯籠」第十三話(完)

           水底で溺れているような感じがする。深い深い水の中、誰かが翼妃を呼んでいる。目を開けると眩しい光が見えた。水の外から差し込む光だ。その光へ向かいたいと思うのに手足が動かない。  その時、二体の龍が、水の底から翼妃の背中を押した。  次に見えたのは見知った天井だ。水の中よりも体が温かい。翼妃は布団の中にいた。 「翼妃様……!? 翼妃様っ!」  横を見ると、鹿乃子が感動したように翼妃の名を呼んでいる。 「翼妃様が目を覚ましたとお伝えしてください!」  鹿乃子の言葉で、使

          「惑ふ水底、釣り灯籠」第十三話(完)

          「惑ふ水底、釣り灯籠」第十二話

          【第四章 十九歳】  太陽が東の山々の向こうに昇り、空は淡い青色に染まっていく。まだ冷たさを残す朝露が花々の葉の上できらりと輝いている。木々の新緑が穏やかな微風で揺れ動き、爽やかな緑の匂いが漂っている。満開に近付く桜の傍を飛ぶ雀の鳴き声が、新しい季節の到来を喜んでいるようにも聞こえた。  ――そんな美しい朝、翼妃を乗せた蒸気機関車は玉龍大社へ向かっていた。隣には柊水が居る。 「翼妃ちゃん、体調は大丈夫?」 「うん。もう完全に治ったみたい」  翼妃は一週間前、柊水と結婚

          「惑ふ水底、釣り灯籠」第十二話

          「惑ふ水底、釣り灯籠」第十一話

           ◆  数日後、鶴姫から初めての返信が来た。  “貴様は、出雲の神鎮、鹿乃子と知り合いなのか”――たった一言、美しい香りのする和紙にそう書かれていた。  この神は大勢いる神鎮の名前を一つ一つ覚えているらしい。それも、実力が劣っているとして屋敷を追い出された神鎮の名前まで。やはり鶴姫は人を気にかける優しい神なのだろう。 「どうして鹿乃子さんだって分かったんだろう……」 「さすが鶴姫様ですね。ご自分との間に新しく結ばれた縁が視えたのでしょう。それを誰が結んだのかもお分かりに

          「惑ふ水底、釣り灯籠」第十一話

          「惑ふ水底、釣り灯籠」第十話

          【第五章 十八歳】  数年前から見る夢がある。  頻繁にその夢を見る時もあれば、数ヶ月間が開くこともあった。翼妃《つばき》は、最初にその夢を見たのがいつかもう覚えていない。おそらく火紋大社へやってきてしばらくした頃からだろう。  夢の中で翼妃はある男と出会っていた。上質な漆黒の着物を身に纏った、長い黒髪の男だった。彼を見た幼い翼妃はその美しさに見惚れ、胸が高鳴った。 「――、可愛いな」  彼は翼妃のことを翼妃とは呼ばなかった。聞き慣れない誰かの名で呼ぶ。  そのうち

          「惑ふ水底、釣り灯籠」第十話