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母と娘の、母性をめぐる生存競争 - 映画「母という名の女」

 ミシェル・フランコの映画は、大それた事件や直接的な暴力が描かれるわけでもないのに、心をひやりとさせ、一瞬呼吸を止めさせられるような恐ろしさを秘めている。長編二作目である『父の秘密』(2012)でカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門でグランプリに輝き、それ以降カンヌの常連として非常に特異な作品を発表し続けている。
彼の新作『母という名の女』は、メキシコを舞台に二人の姉妹の生活を描きながら、若くして出産した妹のバレリアの世話をするため、離れて暮らしていた母親のアブリルが戻り、ある衝動をきっかけに娘から子供をとりあげ、自身の内に秘めた狂気の欲望を遂行していく姿が描かれている。

STAFF
監督・脚本・編集・製作者:ミシェル・フランコ
撮影:イヴ・カープ
編集:ホルヘ・ワイズ
録音:マヌエル・ダノイ、フェデリコ・ゴンサレス他
美術:ミゲル・ラミレス
音楽:ハビエル・ヌニョ

CAST
アブリル:エマ・スアレス
バレリア:アナ・バレリア・ベセリル
クララ:ホアナ・ラレキ
マテオ:エンリケ・アリソン

 このアブリルが登場する場面からして、妙に異質な雰囲気があり、臨月を迎えお腹を膨らませたバレリアがソファで横たわっているところを、彼女はカメラに背を向けながら、スクリーンの前を横切り、娘のお腹を一心に見つめている。アブリルの顔は一切見せないが、どこか不穏な空気がその背中から漂っている。彼の映画では、この何かが起き始める前兆のような映像がより不穏な空気を助長させている。役者の表情を見せるアップはほとんどなく、基本的には引きの映像で語っていく。照明もほとんど使わず自然光を生かし、物語を盛り上げる劇伴も流れない。非常に淡々とした映像をつなぎながらも、どこかしら重苦しい空気が画面を徐々に支配していくのだ。

 アブリルが娘たちから生活を奪っていくような不可解な行動を起こすのは、離婚して新たな家庭を築いている元夫に、娘のことで相談するも無下にあしらわれたところからだ。彼女が娘から子供を奪い、その恋人であるマテオまで奪っていく姿は、まるで自身の失敗した結婚生活をやり直そうとする悲惨さと共に映る。子をめぐる母と娘の争いは、親子の対立というよりも、ひとりの女性同士の戦いだ。一概に被害者/加害者という対立の構図で見ることはできない。ラストで、子供を奪い返したバレリアが見せる微笑みに、観客は安堵ともに、母と同じ狂気の陰りがあることを予想しないだろうか。


主に新作映画についてのレビューを書いています。