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完璧なキャンプの日

何をやってもうまくいかない日がある。逆に、たまーにごくまれにすべてがうまくいく日がある。

まさに、今回のキャンプはそんな日だった。普段、旅の終わりには名残惜しさがある。でも、今回は違った。なぜなら、やりたいことは全部できて完全にリフレッシュできたから。


静寂のキャンプ場へ

駅に集まり車に乗り込む。高速のPAで昼食をすませ、高速を降りたところのスーパーで買い出しをする。さあ、役者はそろった。ちなみに、今日のキャンプは経験者と未経験者が混じった三人だ。

出発から4時間で、目的のキャンプ場に着いた。さあ、キャンプ場へ荷物を運ぶ。

耳に入るのは静寂だ。普段街ですごしていると、窓から子どもの声や車の音が入ってくるものだ。でもここは音が地面に吸い込まれているかのよう。聞こえるのは、それぞれがテントを張る衣擦れの音だけ。

邪魔する音は何もない。身体がほぐれていく。


念願のキャンプ器具

テントを建て終わるとそれぞれが椅子を持ち寄って集合だ。一人が三つの椅子の中央に焚火台を組み立て始める。

さあ、僕は金属の箱を組み立てることにしよう。燻製キットだ。実はコロナで出かけられないストレスで衝動買いしたやつ。ずっと使う機会がなくて、3年越しにようやくビニール袋が破られた。

今日は丁寧に、説明書のとおりに燻製をやってみよう。ミニボトルに入れて持ってきた日本酒30mlをお皿にだばあ。醤油を同量入れて「たれ」のできあがり。

外の気温は18℃くらいか。芝生に寝転がったら日が落ちるまで意識が飛びそうなそんないい気候だ。それでいながら、風は無風。ビニール袋を置いても飛んでいかないぐらいの快適さだ。

昼寝したい気持ちをおさえ、のんびりと6Pチーズの銀紙をはがしてたれにつけ、燻製キットの中に並べていく。あとはタコとかまぼことベーコンも中へ。

みんなはなにしてるかな。横に目をやると麻袋をほどいていた。どうやらファイヤスターターで火付けを試してみたいとか。

普段はあわただしく働いているそれぞれが、今日は自然の中でのんびりと「時間のかかること」を好きにやっている。

お次はバーナーを組み立て着火。燻製チップに火をつけて燻製キットに入れる。さあ、おいしくなーれ。

燻製キットのふたを閉めてひと段落。息を吐く。周りを見渡すと遠くの景色が見えなくなってきていた。もうすぐ夜だ。


すべてがうまい

焚火台には炭火がいい具合の火が整っていた。さあ、そろそろ食事の時間だ。

そういえば今日はほかに人がいないようだ。見えるのはそれぞれのライトと近くの炊事場の明かりだけ。聞こえるのはじゅーじゅーと牛カルビが焼きあがる音だけ。

まずは焼き肉のたれでいただく。ヘッドライトが照らす輝いた肉。たれの香ばしい香りに牛肉のうまみ。うまい。五感のすべてで味わっている。それを妨げるものはどこにもいない。

「ピューイ」

とつぜん声が聞こえた。ライトで遠くを照らすと、一対の点が見えた。シカがこっちを見ていた。訂正、シカには妨げられました。ただ、近づいてくるわけでもないし問題なしだ。


肉を食べるときにやってみたいことがあった。買っておいた「ほりにしのスパイス」を試してみよう。試しに牛ロースに一振り。ガーリックを先頭に立った香りが急行列車のように素早く鼻を通り抜けた。これは、食べる前からわかる。答えは言うまでもなく、めっちゃおいしかった。

このあと焼き鳥や豚トロを食べたが、みんなほりにしを使って食べていた。これはいい。うん! とってもおいし! 語彙力がなくなっていく。


燻製を見ると、煙が出なくなっていた。取り出していく。チーズはちょっとだけ色が濃くなり表面がコーティングのように固くなっていた。

一口食べると、チーズの癖のある味が燻製の煙と合わさって混ざり合い、口の中で幸せを奏で始めた。正直、市販の燻製チーズよりもずっといい。市販のやつよりも煙の香りは強いのに味は煙の主張が控えめで、まさに燻製のいいところだけを取りましたみたいな味わいだ。


焚火は無限に見ていられる

一通り食べ終わったので焚火台に木を足す。お次は焚火を眺めるだけのお仕事だ。

ぱちっと火がはじける音が響く。暗い中にぼんやりと揺らめく火を見ていると、最初は盛り上がっていた会話も徐々に声が小さくなっていき、やがては沈黙しがちになる。

でも、それは決して不快なものじゃない。気が向いたらしゃべったり焚火を足しながらゆらゆらする火を眺める時間。気づいたら2時間がすぎていた。

日付が変わる前に寝よう。

おやすみ。


トラブルが一つもなく、貸し切りなキャンプサイト。さらにちょうどいい量の食事をして焚火をしてゆっくりとすぎていく贅沢な時間。

ああ、いいキャンプだった。


いいキャンプだった

「いつも旅行でトラブルが起きると印象に残るよね。だから、今回のキャンプは少ししたら忘れそう」

帰りがけにベテランキャンパーの人が言った。

たしかにそういう一面はあるかもしれない。でも、僕は忘れないだろう。キャンプサイトを独占したこと。3年ぶりに燻製キットを開封して使いこなせたこと。そしてほりにしの香り。そんなイベントは自分の中ではとんでもなく大きな事件だ。

さあ、来週は心穏やかにがんばれそうだ。

帰りに寄ったお店の定食もとてもおいしかったです。

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