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I’m nobody

やっと言葉が浮かんでくる。2:14。

心臓がどきどきしている。服を着替えるだけの準備を済ませ、チャックアウトをした。外はまだ薄暗い。成田空港行きのバスを待つ。こんな時間に起きたのは久しぶりだ。世界が始まる前の静けさで満ちている空間。空港に辿り着き、ほぼ眠ったままチェックインカウンターまで歩く。

誰もいない朝の空港。朝日が飛行機に反射している。徐々に太陽が上がってきて、背中に暖かさを感じる。友人に、飛行機の写真を送ったら、すぐhave a safe flight!というメッセージが来た。
約1ヶ月間に書き始めた日記を開く。今回屋久島をすすめてくれた友人が会いに来てくれた日に、書くと決めた日記。書き始めたその日の記録から、昨日書いたものまで。これは自分で書いたもので、それでも誰かが書いたもののように引き込まれ、時間があっという間に過ぎていた。私は今まで書いてきた私自身に感謝した。今書くことができていて、それがここにあること。

いよいよ、人が増えてきて、搭乗。約1年ぶりに乗る飛行機は、とても怖かった。そんな気持ちになる自分に驚く。初めて乗った時でさえも、今まで怖いなんて思ったことがなかったのに、地上に足がついていないという感覚がとても怖かった。内臓がふわっとなる感覚や、手汗をじっとりかいていくのを感じながら外を見ていた。
屋久島行きのフライトは、さらに怖かった。海と山に囲まれた場所を飛んでいて、まるでアメリカ映画で飛行機が墜落するシーンに選ばれる景色みたいだった。着陸する時も、飛行機が斜めに傾いていて、「え、このまま行くの?本当に?!」と叫びたくなるのを堪えて乗っていたら、なぜか安全に着陸できていた。傾いていたのに。

飛行機から降りると、暖かい風が吹いていて、今まで私がいた場所とは違う場所にいることを感じさせられる。
空港の外に出て、宮之浦行きのバスに乗る。バスから見えるのは、馴染みのない赤いハイビスカス、暖かい気候の地域にしかないであろう横に広がった木々、そして連なる平家の一軒家。そんな景色を見ること自体が、私にとって癒やしのように、時が過ぎていった。

宿に辿り着き、チェックインを済ませると、連日の疲れからか、気付いたら眠りに落ちていた。何も計画せずに次の日何をしようかと考えていたら、宿にいる常連だという人が、宿周辺のお店やおすすめのハイキングコースを教えてくれた。今の時期に縄文杉に行こうとすると朝3時起きだと聞き、諦めて白谷雲水峡に行くことにする。次の日ハイキングに行くために、靴やレインコートを借りがてら、スーパーに食料を買いに行く。

帰ってきてご飯を食べていたら、フランスから来たという女の子と出会った。話している内に、絵本作家だということが分かり、さらにいろんなことを話す。感情に関する絵本を最近出版したばかりだと教えてくれた。彼女は日本を旅するために頑張ってお金を貯めてきたと言っていた。


ゆっくり目が覚める。
ハイキングができる服装に着替えて、白谷雲水峡行きのバスを待つ。バスに揺られながら、外の景色を眺める。永遠にでもこのバスに乗っていたい。到着し、心臓がどきどきしているのを感じながら歩き始める。

森に入った瞬間、いつもより深く呼吸ができたのを感じた。息を思いっきり吸い込んで森の匂いを嗅ぐ。苔に触れる。ふさふさ、しっとり。あちらこちらに流れている水に触れて、冷たさを味わう。
屋久島の森は言葉で表せないくらいに美しく、森の息づかいをすぐそこに感じるようだった。私はこの森を1人で歩いていたが、確かに1人ではなかった。

すれ違う人とコミュニケーションを取りながら歩いていく。「仕事をしていなく、何者でもない私」がただの森を歩いている人、と捉えられることにとても心地よさを感じる。この森の中に来る人はただ歩くことを目的として歩いている。その共通認識がとても心地よかった。この森の中で歩みを進めることだけが、私たちがしている唯一のことだった。

太鼓岩までの急勾配で、周りに誰も人が居なくなる。今まで美しい自然を感じながら歩いていたけれど、急に怖い、という感情が芽生える。そしてそれは自然なことだ、と思う。本来自然は怖いもので、あっという間に私は飲み込まれてしまうだろう。恐れの感情が無くなることの方が本当に怖いことだと思った。

しばらく歩いていると、何の脈絡もなく一本の美しい屋久杉が立っていた。その圧倒的な存在感にしばらく唖然とする。この木が立っていることに意味を見出そうとする自分がいて、この木はどれだけの間生きてきたんだろうとか、その間何を見てきたんだろうとか、そんな人間的なことを考えたりした。でも、次の瞬間、この木はただここに立って存在してきただけだということに気がつく。その屋久杉にしばらく耳を押し当てる。何かが聞こえることもなく、自分の心臓が脈打つ音だけが反響していた。

太鼓岩に辿り着き、景色を1分だけ眺めた後、下山を始めた。バスが来るまでに時間がかなりあって、川辺で持ってきた本を読む。山の天候は移ろいやすく夕方になるとすっかり冷えてしまった。バスが来て宿へ着くと、友人が宿に着いていて、合流し、ご飯を食べに向かう。
とにかくお腹が空いていて、絶対に今までの私だったら食べ切れないような量のご飯と定食を食べる。隣で彼女がそんな私を見て笑っている。本当に久しぶりに、私は何も気にせず美味しくご飯をお腹いっぱい食べていた。

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