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創作寄せ集め

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雑多な私の創作集です。楽しんでいただければ幸いに思います。
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記事一覧

『週末、二人の』-Short Story-

 冬の寒さを感じる遅い朝に、弱々しい日を背に急坂を登っていく。  辿り着いた「宇山」と表札の上がったこの家は、いわゆる山の手のお屋敷だ。  品のある意匠の鉄門を開いて庭先を渡り、インターホンを押す。程なくして癖っ毛の青年が顔を覗かせた。 「――やぁ、カナちゃんか。いらっしゃい」 「……おはようございます、日向(ひなた)くん」  小さく頭を下げる。そんな私に朗らかに声を掛けて、扉を大きく開いた。    * * *  二階の日当たりの良い角部屋。窓際のベッドには一人の老

水に葬る(おくる)夏休み《創作小説》

 ある春。  私は麗らかな陽の射す通学路で、血も凍らせるような妖気と、身も心も緩むような陽気じみた芳香を纏う歪な怪異と出会った。  ――これは、自分の居場所を探しているかわいいかわいい白猫の、何百年にも渡る伝説の続き。  * * * * *  はり【玻璃】  1.七宝の一つ。水晶のこと。  2.ガラス。     * * * * *  猫又。桜。海。子供。幼猫。人。境界。想念。葬送。幻想。  ――きっとこの心についた玻璃色の傷は、消えることはないだろう。     §

長袖の嗚咽《創作小説》

 ――彼は、いつも長袖の服を着ていた。  寒い冬は勿論、暖かく麗らかな春の日も、うだるような暑さの夏の日も、残暑厳しい秋の日も。  ひょろりと背が高く、折れそうなほど線が細く、不健康に青白い肌を持つ彼は、いつだって長袖を着ていた。 「ただ着たいから、着てるだけだよ」 「だって、そうしないと泣いちゃうからね」  それは、彼がいつかに笑って言ったこと。  ――寂しそうに、口ずさんだ言葉だった。     §  クラスメイトの彼と初めてまともに話したのは、高校一年生の夏休