ほんとうはきれいな靴で歩きたい、と思いながらつくった俳句

歩いている。

今履いている靴を持っていきたいと思っている靴修理のお店はもう閉まっている。開いていてもこの靴を修理に出したら歩く靴はない、靴修理屋さんのスリッパで街を歩かなければならない。靴修理屋さんもスリッパがなくなって困るし、スリッパだって街を歩かされるのは嫌だろう。でも私は少しスリッパで歩くのもいいかなと思っている。

【7音の季語】+「スリッパで歩く街」で俳句になる。
いや、「で」だと説明くさいので「の」にして、あたかもスリッパだけが歩いているようにした方が面白い。
「街」というのも歩く場所としてはありきたりなので「岸」あたりではどうだろうか。
「岸」にするなら前半には水辺を思わせすぎない季語を配したい。

冬の7音の季語だと、たとえば【5音の木の名前】+「枯る」、みたいな方法があるが、後半に「歩く」という動詞が連体形で出てくるので季語部分を動詞の終止形で終わらせるのは気持ちわるい。

内容から考えよう。
後半が意味深だから前半はあまり意味のない言葉を置きたい。定型文的な。
では、『枕草子』から本歌取り的に「冬はつとめて」を持ってきてみようか。

  冬はつとめてスリッパの歩く岸  佐藤文香

なるほど「つとめて」が「早朝」という意味だけでなく「できるだけ」という意味で掛詞となって後半にも響くか。いや、それならやっぱりスリッパ「で」の方がナチュラルか。便所で死んだ人の幽霊が早朝に河原に出てきたような句だな。句集に入れるかどうかで言えば、ボツだ。


まだ、歩いている。

ほんとうはきれいな靴で歩きたい。
(そしてこっちは俳句ではない。)

(もちろんこれは短歌でもない。)

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(ある媒体のために書いてみてボツにした文章でした)

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