見出し画像

【ショートエッセイ】想い出

想い出

 目覚まし代わりのラジオから流れてきた曲が、寝ぼけた思考を不思議な次元に彷徨わせた。今では懐メロと呼ばれるメロディーが古びた記憶の蔵でシンとしていた切ない季節をノックした。

 高校生の頃、大好きな彼がいた。最後は後味の悪い別れ方をしたわけではなかったと思う。待ち合わせの時間や場所を間違えて喧嘩をしたかもしれない。一緒に勉強するつもりだったのに、どうして勉強すべきかで議論になり、残酷な言葉を投げ付け合ったこともある気がする。でもその頃、心の根底にはしっかりと楽しさと嬉しさが住み込んでいたのを覚えている。心の中にハッピーな時間だけは必ずキャッチして留めておくための排水溝のネットみたいなものが存在してくれていたかのようだった。
 なのにどうして離れてしまったのか、思い出せない。

 私はベッドに横たわったまま最後まで曲を聞いた。相変わらず明るいテンポで切ない恋を詠っていた。泣き笑いのように …。

 いつも逆の季節にばかり憧れていたあの頃、日常から切り離された綺麗な舞台だけでしか互いを曝け出すことができなかった。

 形振り構わず泣き叫んだ素敵な時を、彼は今でも覚えているだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?