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もう、ショートになんてしない。

4月10日はショートカットの日、らしい。

わたしも、人生で一度だけ、自らの意思でショートカットにしたことがある。


それは、社会人1年目になってすぐの頃。

付き合っていた彼と別れた後。

つまり、失恋した時。


失恋して髪の毛を切るなんて、本当にベタな話なんだけど。生まれてからずっとバッサリ切ったことがなくてロングヘアで生きてきたわたしにとって、髪の毛をショートにするなんて、それはもう目一杯の勇気が必要だった。


「髪の毛下ろしてる時のが好き」


だって、腰まであるロングヘアをふわふわに巻いて、まとめ髪にせずに下ろしている時にいつも彼がわたしに言ってくれたから。



スッキリしたかった。色んなものをほどいて、忘れ去ってしまいたかった。長かった髪の毛と一緒に、彼のことも忘れてしまいたかった。

だから、わたしは、彼が褒めてくれたロングヘアを、30センチ以上バッサリ切り落とした。



人生で初めてのショートヘア。

何かモヤモヤすることだったり、しんどいことがあるたびに自分で前髪を切る癖があった当時のわたしにとって、髪を切ることはストレス発散の一部だったのかもしれない。失恋して心にぽっかり空いた穴を埋められないどうしようもない気持ちと、思うようにいかないフラストレーションをなんとかしたくて、わたしは大事に伸ばした髪を切った。


鏡を見るたびに、見慣れない自分が写る。

ヘアアレンジが好きだったのに、慣れない長さに苦戦して、思うようにまとまらない自分の髪に、思わず苦笑いをする。


それでもよかった。なんだか生まれ変われた気がしたから。彼と付き合っていた頃とは、別のわたしになれた気がしたから。あの頃とは違うわたしになれたような気がしたから。



でも。


「ショートも、意外と似合ってるやん」


ひょんなことで出会ってしまった彼は、わたしにそう言った。


……なんだよ。ずるいなぁ。



結局わたしは、別れた彼のことが、忘れられなかった。

どんなに昔と違う姿になってすっきりしたぞ!って思っていても、どうしても、彼のことが好きだった。


追いかけて。振られて。それでも追いかけて。また振られて。

「好き」だと伝えるわたし。『ごめんね』って言う彼。

自分の想いが伝わらない悲しさと、ふがいなさと、ショックで、わたしはその度にまた前髪を切った。



でも、何度振られても、諦められなかった。
どれだけ涙を流しても、諦めたくなかった。



それから1年弱が経ち、ショートだったわたしの髪が胸元まで伸びた頃。

わたしたちは、よりを戻した。

伸びた髪の毛が合図だったように、わたしたちはまた2人で一緒になる約束をした。



好きだと言ってくれたから、髪の毛をバッサリ切った。

でも、好きだと言ってくれたから、もう一度髪を伸ばした。



***



そんなことがあったあの時から、もう何年経っただろう。


わたしの隣には今も変わらず彼がいる。

わたしの髪の毛も、変わらずロングを保っている。


もう、離れたくない。そう思って、わたしは今でも大事に髪を伸ばしている。


彼に可愛いって思ってもらいたいから。
いつまでも、彼の好きなわたしでいたいから。



だからもう、ショートになんてしないよ。




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