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夏至とランニング

多分絶対、私の膝は限界だ。
コンビニのトイレに寄って一時的に座ったことで、もう膝が悲鳴をあげている。
スマホのアプリを見ると、29キロと表示されていた。
夏至の今日、私はまもなく過去最高の距離を走り切る。

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それは2年前の夏至だった。
ランニングという趣味を持つようになって約1年経った私は、「夏至の日にいつもより長く走る」というオンラインイベントに誘われて、それまでの自己最長となる約14キロのランニングをした。
いつもふざけた顔をしているからか、あまり真面目だと思われないのだけれど、実はすごく真面目で、長く走らなきゃいけないと言われたら、走らずにはいられない性格なのだ。

日常的に10キロ程度、ゆっくりと、歩いたり寄り道したりしなら走る私は、たまに遠くまで走ったりもする。
夏至の日にいつもより長く走ったあの日、今まで通ったことのない道や、電車で通過するだけでは見れない景色、初めて見るお店や、土地の空気感みたいなものを知った。遠くまで走ることは、走る楽しみを教えてくる。走ることで自分の知っている世界を広げてくれる。
だから私は、突然遠くまで走りに行くようになった。夜眠る前に、スマホでGoogleMapsを眺める時間が大好きだ。東京ドームから20キロ走れば、東京ディズニーリゾートにだって着くことができる。遠いと思っていた場所へも、自分の身体一つで行くことができる。目的地に辿り着くまでの道でどんな出会いがあるのか、想像するだけでとても幸せな気持ちになる。

すれ違うバスもかわいくてテンションが上がる!
走りながらコロンビア号を眺めることもできる

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2022年の6月、3回目の夏至ランを迎えた。

この日のコースは目的地を湖にしようと決めていた。私が初めて10キロ走れるようになったのは、山中湖だった。
仲間2人に誘われて走りに行ったものの、7キロ位から私は大きく遅れを取り、2人が見えなくなるほど離れ、痛み出した膝を庇いながら足を引きずって1人で走った。いや、走ったというよりも、膝が痛くて痛くて、最後は歩くのもやっとという状態だった。
そんな苦しい10キロがあり、今は10キロなんて当たり前の距離で、ちょっとそこまで走ってくる!そんな距離になっている。
人生分からないものである。
だから今回は、湖までいつもより長く走ったら、無理だと思うような距離もまた無理じゃなくなる日が来るかもしれない。そんな期待を込めて、湖ランに挑戦することにした。

自宅から1番近い湖は、多摩湖だった。
多摩湖までは片道約12キロ。多摩湖の周りを走って合計30キロくらいだろうか。なかなか良い距離に、走る前からニヤけてしまった。
6月下旬だというのに、今年は連日30度超えの暑さ、とにかく朝早く家を出て、暑くなる前に走り終えるようにしないとバテてしまう。そう考えた私は、30キロに5時間かけると予測して、朝5時には家を出ることにした。

午前5時。
自宅前、ちょうどお日様が登ってきた。
お日様と一緒に走り出すような気持ちになれて、嬉しい。

いつものランニングコースの川を越えて、初めての道を目指して進んでいく。

6時を過ぎて、日差しが少しずつ強くなり始めた。なるべく日影を選んで走る。
それでも汗は流れ続けて、飲み物無しではいられない。ペットボトルを握りながら走る。

走り出してから1時間半位過ぎた頃、目に飛び込んできたのは弁天池公園。橋も蓮も素敵で、少し疲れが吹っ飛んだ。今日も走ることでまた1つ好きな場所を見つけてしまった。

弁天池公園から少し進むと、大きな観覧車が見えてきた。あれは多分西武園ゆうえんちだ。小さい頃に行ったことがあるけれど、随分と遠くに感じていたなぁ。今じゃ近くまで走って来れてしまうのだから、ビックリする。観覧車に向かって走り続けると、多摩湖駅に到着した。

多摩湖駅から多摩湖まではすぐだった。
けれども多摩湖の外周を走るには、急な階段を上らなければならない。
まだ半分の距離しか走ってないのに、階段を上ったらヘトヘトだ。ちょっと心が折れそうになった。
折れそうになったはずだった。それなのに……


階段を上ると、目の前には想像以上の美しい景色が広がっていた。

多摩湖を目的地にして正解だった。
疲れが一気に吹き飛んで、この景色を楽しみながらもっと走りたい、そんな気持ちになっていた。
午前7時、まだまだ走りたい気持ちはあるけれど、かなりのエネルギーを消耗したのでお腹が空いてしまった。
近くのコンビニでたまごとハムのサンドウィッチと、サラダチキンと、デザートにシュークリームを買って食べる。エネルギー補給は大切だ。食べたらみるみる力が湧いてきた。
しかし、まだ7時だと言うのに日差しはかなり強くなり、肌がチクチクと痛みだしてきた。ある程度の日焼けは構わないけれど、火傷みたいになるのは嫌だから、超強力そうな日焼け止めを買ってしっかりと塗った。これでもう、不安なことは何もない!

コンビニを出発し、多摩湖外周のコースを再び走り出す。多摩湖外周と言っても、湖はだんだん見えなくなる。湖側には自然が広がっていき、刺すような日差しも遮る木々が、私を快適に走らせてくれた。

しばらく進むと真横に西武ドーム。
湖の周りを走りに来たのに、なんだかお土産をたくさんもらったような、得した気分になる。

気持ちは弾んでいるけれど、走り始めてから既に20キロを越えているため、身体が少しずつ悲鳴を上げてくる。走っては歩き、歩き、歩き、走る。
そんなペースで進む。
そして人生のわかれ道がやってきた。

どちらを走るかで、距離が大きく変わる。
途中で引き返すことはできない。どうしよう、どうしよう、全周走り切る自信は、全くない。
だけど、今日は夏至ランをしている。そう思うと、逃げ出したくないって、もっと遠くまで行ってみたいっていう気持ちの方が強くなっていった。
気がつくと、全周コースへ進んでいた。

24キロを越えた辺りから、あまり走れなくなっていた。それでも、歩いてでも進んでいることがなんだか嬉しくて、途中で走る仲間たちとzoomを繋いでは元気をもらい、なんとか一周することができた。
ご褒美は、再び美しい景色。

全周コースを選んで良かったと、思わせてくれる最高の景色。終わった……。今日のランニングが無事に終わった、そう思ったのも束の間。
待って?私は家まで帰らなきゃならないよね?
すっかり忘れていたけれど、どこかの駅まで行かなければ、私は家まで帰れないのだ。この時点で28キロを越えていた。
湖は美しいけれど、日影のない道は、体力を奪う。
もう一踏ん張り、そう自分に言い聞かせて、コンビニで軽食を買うついでにトイレに入った。
しかし、これが失敗だった。一度座ってしまったら、とにかく膝が痛くて痛くて、曲げられなくなってしまったのだ。駅まではあと1キロちょっと。走ることは完全に不可能となり、騙し騙し歩いた。
もう無理だよって、泣きたくなったときに駅が見えて、駅に着いたら30キロを越えていた。
とにかく、とにかく駅まで着いて良かった。これで、誰にも迷惑かけずに済む。
時間は午前10時15分だった。約5時間の夏至ランを、こうしてなんとか終えることができた。
これまでのランニングの中でも最長の距離で。

後から知ったのだけれど、30キロの壁というのがあるらしい。膝が猛烈に痛くなったのはトイレで座ったことが原因ではないようだ。初めて30キロを走ると、この激痛が起こる人が多いようだ。
少し安心した。
トイレを我慢して走り続けるのは、膝の痛みを我慢して走るのと同じくらい苦痛だから。これでまた、遠くまで行けそうだ。

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夏至とランニングは、私にとって特別であり、毎年欠かせないイベントになりつつある。
大会でもない、誰とも競わない、それでも私をずっと遠くまで走らせてくれるのは、いつもより長く走ることで、自分の中の走る楽しさを更新させてくれるからだ。

10月には初めてのフルマラソンが控えている。
走り切る自信もないけれど、挑戦することできっと、自分のまだ知らない走る世界を知ることができるのだと思っている。
そして夏至ランは、レースでなくとも私を、もっともっと遠くへ連れて行ってくれるはずだ。

だから私は夏至という不思議な魔法にかけられて、来年もひたすら走るのだろう。

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