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友人の「ファン活動」をアシストした話

日本に住むロードレースファンの秋は忙しい。10月にジャパンカップ(競馬ではない)が、そして11月にツール・ド・フランスさいたまクリテリウムが開催されるからだ。世界のトップ選手の走りを日本で見ることができる貴重な機会であり、自分にとってはレース観戦を機に知り合った愉快な仲間たちと過ごす楽しいイベントでもある。

レースの概要が発表されると仲間内で「今年はどうしましょうねえ」と行程や観戦プランの計画を練り始めるのが恒例だが、今年はいつもと様子が違っていた。何故なら、友人が一番力を入れて応援している選手の出場が発表されたからだ。今風に言うなら「最推し」である。驚愕と歓喜に震える友人から届くハイテンションなテキストメッセージを見て、私は考えた。
「こんな友人は見た事がない。自分ができることは何でもやろう。それが日頃お世話になっている彼女たちへの恩返しになるはずだ」と。

かくして2023年秋、私は友人の「ファン活動」のアシストとなった。
主人公は友人たちで、私はあくまでも脇役である。物語は主役から語られて然るべきだが、彼女たちの横で見た風景を思い返すために、このnoteを書いている。


ジャパンカップサイクルロードレース

レース当日まで

「ウルフパック(狼の群れの意)」の愛称で呼ばれる強豪チーム、スーダル・クイックステップがジャパンカップに出場する。しかも世界王者の栄冠に2度輝いたジュリアン・アラフィリップがメンバーとして参戦する。
このビッグニュースに日本のロードレースファンは沸いた。私の友人であるアロさんも沸いた。

アロさんとの出会いは数年前のアルプスあづみのセンチュリーライド。お互い当時活躍していたプロトンの「パンツァーワーゲン(戦車)」ことトニー・マルティンのファンということで意気投合した。後に私が東京へ転勤してからは一緒にサイクリングをしたり、美術館に出かけたり、ホテルステイでロードレース観戦をしたりと親しく交流している。

彼女はデザインが得意で、現地観戦でテイオ(・ゲイガンハート)の応援をするためのオリジナルグッズやイベント用の告知画像を魔法のように作成してくれる。しかもただのデザインではなく、質が高く素晴らしいものを作ってくれるのである。デザインに詳しい知り合いが「これはサラッと作っているように見えて細かいところまで物凄く凝っている、作者は只者ではない」と舌を巻く程だ。

彼女が作ってくれた我々のポッドキャストチャンネル、High Cadence Radioのロゴ。
フォントまで凝っていてお洒落。

トニー・マルティンが長年在籍したクイックステップファンであるアロさんのお気に入りは、イギリス人クライマーのジェームス・ノックス選手。きっかけは2019年のツアー・ダウンアンダーで、毎日西瓜を食べ続けていた彼に目を留めたように記憶している。

そのノックスがジャパンカップ出場メンバーに選ばれ、アロさんは大喜びだ。ウルフパックとノックスくん応援グッズを作るしかない、と早速計画を練り始めた。私も彼女のグッズ案を見せてもらい、僭越ながら意見を述べてみたりする。
ちなみに私の意見は大体2点に集約されており、それは「目立つかどうか」と「権利をクリアしているか」である。センスはないが販促の経験は豊富なので「ここの文字はもうちょっと太い方がいい、パッと見た時の視認性が高くなって選手が気付いてくれると思う」などと提案するのである。

アロさんのデザイン案メモ。パッとこういうのが出てくるのが凄い。

権利に関してはイギータグチがプロなので、商標権や著作権の問題がないかを確認してもらった。かくして応援ボードやステッカー、ポストカードなど数々のグッズが完成。SNSで配布したところ爆発的に拡散され、そのムーブメントを発見したスペシャライズド・ジャパン社の担当者さんからアロさんに連絡が入り、ジャパンカップ会場で無料配布されることになったのは嬉しいサプライズだ。権利関係がクリアだとこういう時に安心である。イギータグチ様様だ。

更にシルクスクリーン印刷でオリジナル応援Tシャツも作ろうということになり、アロさんが予約してくれた工房で人生初のシルクスクリーンに挑戦した。

アロさんデザインの版を使い、インクを落としてTシャツにロゴを印刷していく。

ちゃっかりテイオの応援Tシャツのデザインもお願いし、同時に製作した。

テイオに「沢山作ったよ」とメッセージを送ったら笑っていた。
Tシャツの文字がかすれているのはデザインではなく、私が不器用だからです…

こうしてアロさんがグッズの準備を進める傍ら、自分はレースプレビュー記事を準備。短時間でよく書けた記事だと思っている。

レース当日

チームプレゼンテーションがある金曜朝、お揃いの応援Tシャツを着てアロさんと新幹線で宇都宮入り。
ブロンプトンを持参して古賀志山の麓まで走り、試走に来る選手たちをキャッチする作戦を敢行した。

アロさんが準備してくれた応援ボードを持参。

いよいよである。選手たちはグッズに気付いてくれるだろうか。これを作ったのはここにいるアロさんで、彼女はあなたたちの大ファンなんだ、だからこんな素敵なグッズを用意して待っていたんだと伝えたい。あわよくば一緒に写真を撮ったりサインをもらえたらハッピーだな…と妄想しつつ、ウルフパックを待つ。

他のチームは古賀志の周回をもう何周も走っているのに彼らは来ない。他チームの選手や監督と交流しながらひたすら待つ。
手持ちのおやつを全部食べ切り、昼ごはんは何を食べようかと考え始める頃になって、ようやく道の向こうに青いジャージの一団が見えた。ついにウルフパックのお出ました。

その後に起こったことは、きっとアロさんが素敵な漫画にしてくれると思う。
願いは全て叶い、その上でお釣りが来るほどだった。
今思い出しても信じられないくらいの、最高の時間だった。

シクロワイアードさんのサムネイルデビューを果たしてしまった。photo:Makoto AYANO
夜はアロさんが泊まるホテルの部屋に集合し、内職。
応援うちわに直前交代でメンバー入りしたファントリヒトの名前をステッカーで追加。
不測の事態にもすぐ対応するのがアロさんの凄いところ。
Tシャツの予備には全員のサインをもらって、アロさんにプレゼントした。

自分が思う今回の一番のナイスアシストは、ノックスくんに「アロさんはあなたの日本で一番のファン。だからどうしても紹介したかった、紹介できてよかった」と伝えられたこと。それを聞いたノックスくんはパッと笑顔になり、アロさんを抱き寄せた。優しいハグを交わす2人を見て、心の中でガッツポーズ。
私のエースを、フィニッシュに届けることができたのだと実感した。

嬉しそうなアロさんとノックスくんに自分も胸いっぱい。

レースを終えたファンウィルデルに「君はAyaphilippeなんだよね?」と尋ねられてひっくり返ったのは内緒の話である。思い返せば選手たちは時々自分がハンドルネームとして使う「アヤフィリップ」という言葉を口にしていた。アラフィリップの間違いだろうと思っていたが、何度かメッセージのやり取りをしている中で変な名前として認識されていたようだ。レース中はイギータグチと取材、レース外ではアロさんのアシストをしていたので、きっと顔も覚えられていたのだろう。
そう思うと、選手たちが自分の顔を見る度に「ステッカーもっとないの?」とか様々なお願いをしてきたことにも合点が行く。この人たちは私のことを業者かドラ〇もんだと思っているのではないか?という勢いだったので、少々閉口したことも秘密にしておきたい。

それにしても髭のないアラフィリップがハンドルを叩いて悔しがっていた頃から使っているふざけたハンドルネームが、まさかアラフィリップ本人に届くなんて。顔から火が出るとはこのことである。

延長戦

チームとしては久々の出場となるスーダル・クイックステップ。アラフィリップはじめ初出場の選手たちが、熱烈なファンの歓迎を受けた。熱心なクイックステップファンのアロさんオリジナルのTシャツには、狼の「ウルフパック」ロゴを選手名であしらったシルクスクリーンプリントが施され、選手たちの感嘆を呼んだ。そのデザイン、じつは急遽差し替わった選手名を刷り直すスピード感もあった。

そしてTシャツを気に入ったマスナダの要望に応え、追加生産して彼のもとへと送ることになったという。

cyclowired.jp

マスナダから「日本での素晴らしい日々の記念に、君たちが着ていたあのTシャツが欲しいのだけど、どこで買えるの?」というメッセージが届いたのはクリテリウムがあった土曜日の夜のこと。すわ一大事とアロさんと相談し、英語の堪能なイギータグチに助けてもらって(関税の話を英語でするのは難しい)今回来日したメンバー全員分のTシャツを追加で製作し彼の自宅に発送する段取りをつけた。

余談だが、久しぶりに使うEMSは手書き送り状NG、全ての品物のHSコード送信必須など随分と状況が変わっていて驚いた。発送が完了したのはさいたまクリテリウムの前々日。アロさんが心をこめて刷ったTシャツたちは、どうやらつい先日マスナダ宅に無事届いたようである。
やきもきしながら荷物の配送状況を見守っていた日々も終わり、これでアロさんと私のジャパンカップもめでたく閉幕。イギータグチの写真とスペシャライズド・ジャパンさんのジャパンカップ振り返り動画を見返しながら、あの夢のような3日間の思い出に浸りたいと思う。

後日談(12/17追記)

12月。各チームが来季に向けたトレーニングキャンプを始める時期が来た。我らがスーダル・クイックステップも例年通りスペインのリゾート地カルペでトレーニングキャンプを敢行中だ。

その初日に、来たのだ。連絡が。マスナダから。

Tシャツを無事に受け取っており、トレーニングキャンプに持参して皆に渡したこと。日本での素晴らしい思い出の品を贈り物として受け取り、皆が喜んでいること。
そして、後で皆の写真を送るからね、というメッセージの後に添付されていた写真を見て腰を抜かした。

時差のため深夜に届いていたメッセージと写真を起き抜けに見て声が出た。
ノックスくんがTシャツを着ている!そしてアラフィリップのサンダル!

Tシャツを送るやり取りの中で関税の懸念を伝えたところ、全員分まとめて送ってくれたら僕が払っておくから大丈夫、と言ってくれたマスナダ。そもそも記念に全員分のTシャツが欲しいと連絡をくれたのも彼だった。Tシャツが届いた時期は忙しかったようで到着連絡こそなかったものの、トレーニングキャンプに自宅からTシャツを持参して、初日に配って、わざわざ報告までしてくれるとは。届いたメッセージ(テキストに加えてボイスメッセージまで!)の中では、こちらが恐縮してしまうくらい丁寧に繰り返し謝意を述べてくれていた。

こんな風に手のかかる役割を買って出てくれるとは、マスナダとはとても情の深い、大変人柄の良い青年なのだなと改めて理解した。来年は今年以上に彼を応援していくことを心に誓い、自分のジャパンカップを締めくくりたいと思う。

この来季ジャージお披露目動画、ノリノリアラフィリップは言わずもがな、得意げな顔でライトを振り振りしているマスナダが最高である。いい人感が溢れている。ピーダスンもナイスよ。

ツール・ド・フランスさいたまクリテリウム

レース前日まで

ジャパンカップの次はさいたまクリテ。こちらは現プロトン最強のオールラウンダー、タデイ・ポガチャルの参戦が決まっていた。

ポガチャルの来日に色めき立ったのは、数年前のさいたまクリテリウムで出会って以来家族ぐるみで懇意にしてもらっているかずえさん。我々は不思議な成り行きで2018年のジャパンカップに出場したポガチャルと食事を共にしたことがあり、彼女はそれ以来ポガチャルを熱烈に応援しているのだ。

ジャパンカップに続き観戦仲間の「最推し」が来日する。アロさんはじめ仲間たちに相談し、これは応援グッズを作ってポガチャルとかずえさんの再会を演出するしかない、と決意する。
かくして、アロさんと再びシルクスクリーン印刷の工房を訪ねた。今回はかずえさんも一緒である。

版の作成から始まるシルクスクリーン印刷。手前のかずえさんは真剣な表情。
前回のTシャツ印刷の経験値と3人のチームワークにより、予定よりかなり早く応援手ぬぐい完成。

アロさんデザインで制作したのは、ポガチャルの名前をあしらった応援手ぬぐい。ミニフラッグのように持てるし、複数人が集まったら目立つのでは?というアイデアから採用された。カラーリングはスロベニアナショナルジャージをイメージしたブルーと明るいグリーンに決定。
ちなみにこの時、マスナダから依頼されたTシャツの増産も同時並行で実施。店を開く勢いで3人で手分けしながら手ぬぐいとTシャツを刷って、乾かして、また刷ってを繰り返した。

ウルフパックの面々が気に入ってくれたアロさんのデザインの神通力、そしてかずえさんの情熱を信じつつも、大人気であろうポガチャルに果たして近づくことができるのか…という不安が拭えない。とはいえ最善を尽くすしかない。頼むぞポガチャル、宇都宮で唐揚げを一緒に食べた我々のことをどうか覚えていてくれ、と願った。

レース前日~当日

Teamwork makes the dreamwork!!
もう色々ありすぎたので割愛するが、仲間たちの数々のナイスアシストの甲斐あって、めでたくかずえさんはポガチャルに会うことができた。私も持ち味である怪しい英語力と声のデカさで成果に貢献した(と思いたい)

なお、ポガチャルは唐揚げの夜のことをしっかり覚えていてくれた。まさかあの時の青年がツール覇者になり、更にロンドを勝つとは、事実は小説より奇なりである。


「推し活」に思うこと

このnoteのタイトルはあえて「ファン活動」とした。何故なら「推し」という言葉を使うのが苦手だからだ。それはファンの金銭と労力の負担を前提としたファンマーケティング(そしてそこに取り込まれたファンたちが払う犠牲と、その対価として求めるあれこれ)や、何かを応援したり好きでいることにまつわる様々な感情をインスタントに括って皆でわかった気になってしまうことに対する抵抗感から来るものだと思う。

この東京ガスのCMは大好きなのだが「推し活」の全てがこういうキラキラしたものではないよね、という。

とはいえロードレースの世界は、他の業界に比べると随分とのどかだ。そもそもマイナースポーツだからファンの絶対数が少ないし、良くも悪くもファンの熱意をマネタイズする仕組みに乏しい(ように見える)からだ。
「推し」の先にあるドロドロとした恐ろしい世界を考えずにいられる、そんな珍しい世界なのかもしれない。だから友人たちが「推し活」と呼ぶものに連帯し、屈託なく応援することができるのだろう。

とはいえロードレースのファンダムに負の面を感じないわけではない。同じ場で観戦をしている、ただそれだけの薄い関係性を使って自分の欲求を満たそうとする輩に遭遇したからだ。詳細はあえて伏せるが、隙あらば他人の優しさに甘えたい、そんな恥ずかしい大人が何人もいて、閉口してしまった。この手の人種はどこのコミュニティにも生息している害虫のようなものなのだろう。前世は虫かな。とにかく、こういう人たちを普段の生活で見かけることがないのが救いである。
ただ、彼らがこじらせている各種欲求が自分の中に全くないとは言えない。これらを悪魔的に露出することなく、上手に消化しながら日々を過ごしていきたいと思う。それがいい大人に求められるモラルってやつであろう。合言葉は「No モラル, No 推し活」である。


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