【映画の感想】アルキメデスの大戦

(前半はネタバレなし、後半はネタばれありです)

「変人で天才」の役をやらせるなら、海外ではベネディクト・カンバーバッチですが、日本なら菅田将暉だ。

とは何を隠そう私の言葉ですが、「男前ながら個性があり、独特ながら気品がある」菅田将暉にうってつけの役が本作の主人公であるといえるでしょう。

当時の日本で軍人相手にあの振る舞いはあり得べからざるものかとは思いますが、その時代認識を逆手に取り、櫂直という人物の唯一性を冒頭から魅せてくれます。とはいえあそこであんな遊びをするキャラだとは思ってなかったぞ櫂。

大日本帝国時代の軍人を演じるともあって、舘ひろし、小林克也、國村隼と重厚なキャストが脇を固めていますが、個人的には田中泯の異質な存在感と底知れなさが白眉で、彼と菅田将暉をぶつけたキャスティングには敬意を表したい。田中泯さんのことはよく存じ上げなかったのですが、本業はダンスの人なんですね…驚愕。

原作はドラゴン桜でおなじみの三田紀房さんですが、これまで散々語られてきたであろう戦艦大和にまつわる物語に、それでも新しい味付けをして世に送り出すというのは面目躍如というかなんというか。

AIやデータサイエンスという言葉が飛び交う昨今において、数式で真実を解き明かすというのは非常に現代的なモチーフであり、それをよりにもよって精神論が蔓延する大日本帝国時代で展開させるという設定の時点で目の付け所が尋常ではありません。

頭の良さを見せつけたり怒ったり頑張ったりする菅田将暉を見たいという人、威厳たっぷりのおじさん達を見たいという人には特におすすめです。

混迷を極める現代社会において、どうか櫂のような人物が頭の固いおじさん達をボッコボコにしてくれますようにと祈りたくなること請け合いです。

若干気になった部分については、以下のネタバレあり感想にて。

(以下スペースの後にネタバレあり)

個人的には菅田将暉さんは好きな俳優で、彼の出演作はついチェックしてしまうのだけれど、本作は彼の持つ資質が特に活かされているからこそ、「櫂直とは結局どういう人物だったのか?」がピンと来ずに終わってしまったように感じられるのが惜しかった。

数学の天才。数式を愛する変人。それは冒頭の掴みで伝わったのだけれど、いざ話が始まってみると数学が絡まなければ意外と礼儀正しく、測りたいという欲求を除けば年頃の女性と普通に誠意ある会話ができる。頭が良いという触れ込みの割には、おじさん達に最初から最後まで乗せられまくる。

「天才的なのは数学分野だけで他はからきし」というには案外如才なく、「冷徹な論理の人間に見えて実は平和を愛する」というには普通の優しさもあり、「非効率なものをとことん排除して合理的に動く」というには結構熱血漢だったりする。
数学だけに特化した存在であるからこその苦悩があるわけではなく、どちらかというとあり方としてはヒーローに近い。測りたい欲求という奇行を除けば、人より純粋に優れている。

そんな優れた存在にドラマを作るためには葛藤が必要で、それがないと「すごい人が当たり前のようにすごいことを成し遂げた」物語になる。それ自体が目的ならばよいのだけれど(例:ステイサム作品)、どうも本作はそういうノリではない。ラストシーンに葛藤があるようにも見えるけれど、あの時点であの情報を信じるならば彼に他の選択肢はないように見える。

・数学だけに特化した才覚を持つが人付き合いが苦手→人付き合いをクリアしなければ問題が解決しないジレンマに直面する
・数学だけに特化しているかと思いきや平和を愛する心を持ち合わせている→数学的真実を取るか平和を取るか迫られる

あくまで例なので極端だけれど、こういった「数学が得意ということに絡んだ苦悩と、主人公の成長を感じる選択」が描かれれば、物語がより一層深みを増したのではないか、と感じる。その意味では、物語のオチと主人公のあり方があまり連動していない、というのが適切かもしれない。

たとえば最後の逆転劇にそういった観点があればカタルシスも強くなったと思うのだけれど「実は設計に不備がありました、敵の負けです」と言われても、散々描写された「櫂の数学力すごい」がもう一度描かれるだけで(しかも数式の中身は観客にはよくわからない)、何か意外性やどんでん返しがあるわけでもない。

敵側の策略の描き方や徐々に手がかりが揃っていくワクワク感の演出などは丁寧になされており、時間がなくなっていく様もヒヤヒヤさせられるなどストーリーテリングはしっかりしているが故に、主人公の動機や人格と物語上のオチをもっとリンクさせたうえで、葛藤や苦悩をクライマックスに重ねられていれば…と感じる。それ故に惜しい部分があるなぁ、と。

とはいえ、食えないおじさん達と純粋に頑張る若者達はそれだけでも見ていて面白いので、そういった演技の妙を味わうならば楽しめるかと思います。

#映画 #映画レビュー #アルキメデスの大戦

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