災害について

これは演劇ではないブログ 10《2018.9.16》

ひらがなでブログを書いていくシリーズの第二弾を本来お届けする予定でしたが、誕生日の9月6日に大地震が起きるという後味の悪い出来事があり、気が変わったので通常状態の綾門でお送りします。

『前世でも来世でも君は僕のことが嫌』(戯曲)
https://note.mu/ayatoyuuki/n/nbd514fcbeab2

2018年12月、青年団リンク キュイで上演いたしました、『前世でも来世でも君は僕のことが嫌』の戯曲をnoteで販売します。当日の物販でも売っていなかったので、これが初公開となります。500円です。

北海道胆振東部地震を受け、この戯曲の売上全額を、平成30年北海道胆振東部地震災害義援金(日本赤十字社)に寄付することにしました。

「北海道胆振東部地震の被災地支援について」
http://nuthmique.com/post/177830978003/hokkaido

これは僕のアイデアではない。額田大志さんの先日の物販売上寄付の試みを、恥ずかしげもなく大胆にパクリました。パクリだろうがなんだろうが、やらないよりはやったほうがいいなら、やればいいじゃないか、という気持ちです。フェスティバルの効用のひとつに、お互いがお互いに影響を与える、思考のきっかけとなる種を植え付けられる、ということが挙げられます。家で購入した東京塩麹『リフォーム』のDVDを眺めながら「この方法、すぐにやれるな、やろう。」と思い立ちました。

僕の最近の戯曲は『不眠普及』『TTTTT』『前世でも来世でも君は僕のことが嫌』と、常に災害について扱ってきました。パンデミック、自爆テロ、大震災、ファシズムの暴走、無差別殺人…。天災も人災もありますが、一貫して関心があるのは「たとえ善行を積み重ねるような生活を続けていたとしても、問答無用で明日にもその生活は壊れるかもしれない」という恐怖とどう戦うか、どう受け入れられるか、ということです。

被災された方の中には、きっと理不尽さを受け止めることが出来なかった方もいるでしょう。宮城や福島に仕事で行くたびに、その理不尽さを未だに考えあぐねている現地の方の話を聞いて、どう受け止めればいいのか、わけがわからない感情になります。自分よりもっと辛い立場に立たされている人が存在するから自分は辛くない、と呪文を唱えるのは無意味です。起きてしまった辛さへの処方箋はありません。「何故このようなことがよりによってここに、わたしに」という降って湧いたような理不尽さは、容易に解消されません。が、元の姿を取り戻す日が早く到来することは、少なくともその理不尽さを緩和させる一助にはなる、そのように考えます。

そして震災を始めとした様々な天災の連続で、心がグッタリしている皆さまへ。それも被災です。そのグッタリ、何も出来ないという絶望感から生じていませんか。500円で、少しだけ解消しませんか。もれなく戯曲もついてきます。僕は『リフォーム』を買ったとき、ちょっと楽になった気がしました。手に余る大規模な支援は出来なくても、今やれることはした、という実感があったからです。

皆さまの安全と、一刻も早い復興を心よりお祈り申し上げます。

青年団リンク キュイ主宰
綾門優季

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ayatoyuuki

キュイ主宰。劇作家。青年団演出部。 仕事のご依頼はcui99iuc@gmail.com にお願いいたします。 ◎連載 急な坂スタジオWEB 「余計なお世話です」 https://kyunasaka.jp/archives/6488

エッセイなど

綾門優季の執筆した、どちらかと言えばエッセイ寄りの文章をまとめました。
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