『きれいごと、なきごと、ねごと、』パート2(戯曲)

12 「地獄巡り」

どこにも逃げ場なんてない、学校も地獄なら家も地獄、前門の虎後門の狼、それでも逃げ出そうとした奴らの頭蓋骨が、辺り一面に転がっている、逃げ出す気力も残されていないわたしたちは、地獄巡りをひたすら楽しむしかない、苦しむのが逆に楽しい変な思考回路を見出すしかない、いずれ落ちる本当の地獄のまえの、予行演習だと思い込むしかない、そう考えでもしないかぎりは、とてもじゃないけどやっていけないでしょ?

13 「見守る立場」

豪 続がまた翠雨の部屋荒らしてるよ。いかなくていいの?
翠雨 そこまで言うんなら、豪くんが続お兄ちゃんを止めてくればいいじゃん。
豪 他人の家のことにそこまで介入するのって逆に失礼かなって。
翠雨 他人の家にずかずかあがりこんでおいて、その中途半端な遠慮はなんなの?
豪 ずかずかあがりこむって。俺はただ翠雨が最近学校に来ないから心配で、
翠雨 心配で、それで? わたしが菓子パンを片っ端から口に押し込んでいくのを、ただぼーっと眺めてるだけなの? 止めに来たんじゃないの? なにしにきたの?
豪 なにもしにきたわけじゃないよ。そばにいようと思っただけだよ。俺は、あれだよ、見守る立場?
翠雨 守ってないじゃん。ぜんぜん守れてないじゃん。そばにいるだけじゃ、なにも解決しないでしょ?
豪 そうかもしれない。でも、俺が解決したって意味ないんだよ。俺は翠雨が自力で解決するのを待っていたいだけなんだ。俺がなにか悪いことした? してないだろ?
翠雨 したよ。
豪 え、したっけ?
翠雨 ひとりで塞ぎこみたい時間と、ふたりで過ごしたい時間があるのに、その区別もつかないの?
豪 ふたりで過ごす時間なんて、俺から迫らなきゃとってくれないだろ。それぐらいで、怒るなよ。
翠雨 それぐらい? これぐらいだったら許される、そんなボーダーラインなんて、存在しないよ?
豪 どれぐらい? ねえ、どれぐらいだったらいいわけ? 教えてよ、頼むから教えてよ。

翠雨 眠らせて…。頼むから眠らせて…。
豪 またそうやって逃げるの? 眠ったからってなにも解決しないよ?
翠雨 解決するために眠るわけじゃないから…。

14 「霰と霙」

   盛大に窓が割れる音。投げ込まれる石。

霰 ざまあみろ! ざまあみろ! ざまあみろなんだ!
翠雨 みんながみんな、寄ってたかって、わたしの眠りを妨げようとする。
霰 自業自得! 自業自得! 自業自得なんだ!
翠雨 眠るためなら、なにを差し出したって構わないのに。魂を売ったっていいのに。取引する権利さえ、あらかじめ奪われているわたしに出来ることは、頑なに目を閉じることだけ。

豪 投げ込まれたばかりの石には、傷がいっぱいついていて、人の顔のようなものが大量に落書きされていて、これがただの突発的ないたずらなんかじゃない、年季の入った嫌がらせだっていうことが、素人目にも理解できる、表では頭の悪そうなガキが、言葉にもならないような言葉を連呼して、囃し立てて、悦に浸っている、これ以上翠雨を追い込んでどうしようっていうんだろう、追い込んでいいひとなんて、他にもたくさんいるっていうのに、よりによってどうして翠雨を、翠雨ばっかりどうして、翠雨以外ならだれでも、いたぶったって切り刻んだって殺したって構わないっていうのに、どうして翠雨だけが!

霰 死んじゃえばいいんだ! 死んじゃえばいいんだ! みんなみんな死んじゃえばいいんだ!

   豪、霰のもとに駆け寄り、霰のあたまに石を振りかざすが、間一髪で霙に止められる。

霙 まあまあまあ、すみませんうちの霰が、また気に障ることでも言ったんでしょう、もうね、聞き流してください、完全に無視しちゃってください、いないものとして扱っていただいて構いませんから。
豪 石を家に投げ込まれて無視できるほうがおかしいでしょう?
霙 あらまあ、ガラス、ガラスが、ガラスが派手に割れちゃってますね、ちょっと目を離すとすぐこれなんですから、ハイ、ガラス代これで足りるかしら、あとこれ少ないですけど、慰謝料としてとっておいてくださいね、ご迷惑おかけしました、どうも。

   霙、霰の手を強引につかんで、一目散に退散。

豪 ちょっと、こんなお金、押し付けられても困りますよ! 俺、この家の人間じゃないんですよ! なんなんだろう…。なんなんだろうなあ…。

15 「渦巻き」

白雨 豪くんが玄関先で泣いている、泣きたいのはこっちだ、泣きごとをいいたいのはこっちだ、あたしならきっと豪くんのことを癒してあげられる、豪くんのことを困らせたりなんて絶対にしないのに、豪くんの目は節穴だ、わざわざ翠雨と付き合うなんて、豪くんは自分から傷つきにいってるんだ、豪くんの馬鹿! なんて、あたしは豪くんに責任を押しつけようとしている、本当は、豪くんも、だれも、あたしのことを選んでくれないから、嫉妬しているだけだ、嫉妬心が膨張しているだけだ、嫉妬心がとめどなく膨張してなにもかも飲みこもうとしているだけだ、あたしのなかに発生する、ほくろみたいに小さなブラックホール、何個も何個も気が付いたらそこにあるブラックホール、否応なく嫉妬心の渦巻きへとひきずり込んでゆくブラックホール、あたしはもういっそ渦を巻いて、なにもかも飲みこんでしまうことを、決意する。

16 「デート」

豪 このお金どうしよう…。だれに渡せばいいんだろう…。
白雨 そのお金であたしといっしょにデート行こうよ!
豪 は?
白雨 翠雨なんかと別れてあたしといっしょにデート行こうよ!
豪 こないだ断ったばっかじゃん、話きいてた?
白雨 翠雨に手切れ金っていって渡してきてあたしといっしょにデート行こうよ! あんなめんどくさいデブと付き合っててもなにもいいことないよ! 豪くんと翠雨は釣り合ってないっていってるのはあたしだけじゃなくてあたしの周りのみんなもそうで、隠れてくすくす笑ってるんだよ! 気づかないなんて豪くん鈍感だなあ! あのデブ、トイレで菓子パンもしゃもしゃ食べてるところをクラスメイトにみつかって「ハイエナ」ってあだ名がついてるって豪くん知ってた? 本当、言いえて妙だよね! そう思うでしょ? そう思わない?
豪 それが実の妹に贈る言葉なの?
白雨 実の妹であることが恥ずかしいから仕方なく口火を切ってるんだよ! 豪くん、翠雨がピークに太ってるときの写真みたことないでしょ、ちゃんととっといてあるからみせてあげるよ、百年の恋もさめるよ、きっと! 巨大ななめくじと区別がつかないんだから! ちゃんといまの翠雨のぼろぼろな肌をまじまじとみようよ、そんな姿を想像するのなんてたやすいはずだよ! それよりあたしと付き合おうよ、あらゆる要素が翠雨に負けてない自信はあるよ!
豪 勝ち負けの問題じゃないし、それに俺が離れたら、翠雨の味方はどこにもいなくなるから。
白雨 そんなことないよ! 翠雨の歴代の元彼がまったく同じことをいって去って行ったよ、すぐに次の彼氏をどこからともなく捕まえてきてなにも変わりはなかったよ、だれかがいてもいなくてもなにかを口に押し込み続けることに変わりはないのにわざわざそばに豪くんがいる意味ってよくわからないよ! 豪くんは心配をどぶに捨ててるんだよ、その心配はどこにも再利用できない危険な廃棄物だよ、豪くんが腐っていくまえに、一刻も早く、翠雨からひきはがしたいだけだから、あたしといっしょにデート行こうよ!
豪 たとえ別れたとしても、君とだけはいっしょにデートに行かない。
白雨 どうして! どうしてなの? だってあたしのほうが痩せてるでしょ、だってあたしのほうが綺麗でしょ、だってあたしのほうが釣り合ってるってみんなも祝福してくれるでしょ、ねえ、豪くん! 豪くん!! 豪くん!!!

豪 旅行に行こう。
翠雨 え、いつ?
豪 いますぐ。
翠雨 いますぐ? 支度とか、いろいろしなきゃならないことあるからいますぐは、
豪 (お金をみせつけながら)大丈夫、これだけあれば大丈夫、旅先で買えばいいから大丈夫、
翠雨 どこから持ってきたの? 豪くんのお金じゃないでしょ、そんな大金、
豪 なにに使ってもいいお金だよ、菓子パンが食べたければ菓子パンを買っていい、ハーゲンダッツを買ってもいい、もっとおいしいものが食べたければそれも買っていい、心配しなくていい、お金が無くなるまで心配しなくていい、お金が無くなっても俺の貯金がそこそこあるから心配しなくていい、いま本当に必要なのは、この部屋から、この家から、この街から、一刻も早く離れることなんだ、一刻も早くここから翠雨を引きはがしたくて仕方がないんだ、一刻も早くいっしょに逃げよう、どこか遠くへ行こう、いまぱっと思いつかないぐらいずっとずっと遠い所へ行こう、決断しないとすぐに足が腰が体が重くなって動けなくなっちゃうから思いっきりうなずいてね、いますぐにうなずいてね、決意に満ち溢れた目をしてうなずいてね、もう一度だけ聞くよ、いっしょに旅行に行こう?
翠雨 (一瞬、逡巡するが、うなずく)…行こう。…いっしょに行こう。
豪 (翠雨の手を握る)行こう。

17 「ぎゅうぎゅう詰め」

愛雨 翠雨が帰ってこなくなってから一週間が経った。同じクラスの豪くんも同時にいなくなったから、きっとどっちかがどっちかをそそのかして、どちらもブレーキをかけることなくどこかへいってしまったんだろう。白雨は「すぐに帰って来るよ、ペットがいなくなったときといっしょだよ」っていってたけど翠雨はペットじゃないし、帰巣本能があるわけでもないし、あったとしても理性がそれを邪魔するから、いなくなったままってことだって十分ありうる。続が翠雨の部屋をぴたりと荒らさなくなったのは笑える。続は「目的のない嫌がらせなんてエネルギーの無駄だ」っていってたけど、目的があったって無駄なものは無駄に決まってる。冷凍庫にはお父さんの補充し続けたハーゲンダッツがぎゅうぎゅう詰めになっていて家族全員だれも手を付けようとしない。ただ冷凍庫をあけるたびにぎゅうぎゅう詰めのハーゲンダッツを目撃して「わたしたちみたい」って思うだけだ。「わたしたちみたい」? ぎゅうぎゅう詰めのハーゲンダッツが「わたしたちみたい」? だれからも相手にされないまま狭い所に押し込められているハーゲンダッツが「わたしたちみたい」? ははは。笑える。………笑えないよ。

白雨 お姉ちゃん、探しに行かないの?
愛雨 探しに行きたいって思うんだったら白雨が行けばいいでしょ。ひとに押し付けないでよ。
白雨 あたしはべつにどうでもいいから。
愛雨 わたしだってべつにどうでもいいよ。みんなが囃し立てるほど切実に思ってないよ。どっちかっていうと陳腐だとさえ思ってるよ。
白雨 でも、家族のリーダーとしてさ。
愛雨 リーダー? わたしが? 高校三年生のわたしが?
白雨 だって、お父さんも続も使いものにならないじゃん。あんなの大人と呼べないよ。大人と呼べそうなのはお姉ちゃんだけだよ。
愛雨 わたしはだれの代わりにもなれないよ?
白雨 だれかが代わりにならないと、この家は中心を失って空中分解するでしょ?
愛雨 空中分解するならすればいいんじゃない?
白雨 なにその投げやりな態度。
愛雨 ひとりで生きていけるようになればいいんじゃないの。家族なんて血が繋がってるだけの他人でしかないんだから。
白雨 お姉ちゃんの他人の定義はどうなってるの?
愛雨 むしろどうして血が繋がってるっていうだけで面倒をみてもらえるってみんなが思い込んでいるのかわたしにはさっぱりわからない。どうしてもわからない。手がかりが少なすぎてわからない。他人。みんな他人。縁があってもなくてもみんな他人。
白雨 お姉ちゃん、
愛雨 白雨もさ、いいかげん翠雨コンプレックスやめたら?
白雨 あたしはただ、
愛雨 白雨の日常がうまくいかないことのすべての責任が、翠雨に集約されてるわけじゃないから。

18 「悪化の一途」

だれもこの家を改善しようとする気持ちを抱いていなかった。その気持ちは空回りするだけで徒労に終わってしまうということを経験が教えていた。翠雨の部屋の窓は割れたまま放置されていて風景に溶け込もうとしている。いないひとの部屋を手入れする必要なんてない。自分の部屋さえ荒れたままで放置しているようなすさんだ状況なのだ。この家を放置したままで世界は何事もなく動いてほしいと強く強く願っていた。それはほとんどねごとみたいだった。みずからの意識と関係なく体の底からわきあがってきてでろでろと口から滴り落ちるのだ。

19 「再襲撃」

   盛大に窓が割れる音。投げ込まれる石。

霰 ざまあみろ! ざまあみろ! ざまあみろなんだ!
愛雨 何回割れば気が済むんだよ。
霰 自業自得! 自業自得! 自業自得なんだ!
愛雨 どうせなら直してない窓のほうに放り込めよ。

白雨 お姉ちゃんにはこないだの出来事をいえないでいた、豪くんと翠雨がこの街を見捨てるきっかけになった出来事、その出来事を口にすることは、あたしが豪くんに手ひどいやりかたで見捨てられた過程をぜんぶさらけ出してしまうことを意味していた、だからいえなかった、あんなデブに負けたっていう事実を重く受け止めたあたしのプライドが、大きな塊となって喉の奥につかえている、あたしはあたしの味方、あたしを褒め称えるひと、あたしを留保なく認めてくれるひとしか要らない、存在を認めない、鼓膜を震わせる権利を与えない。

霰 死んじゃえばいいんだ! 死んじゃえばいいんだ! みんなみんな死んじゃえばいいんだ!

   愛雨、霰のもとに駆け寄り、霰のあたまに石を振りかざすが、間一髪で霙に止められる。

霙 まあまあまあ、すみませんうちの霰が、また気に障ることでも、
愛雨 何回うちに石を放り込めば気が済むんですか?
霙 あらまあ、ガラス、ガラスが、ガラスが派手に割れちゃってますね、
愛雨 なんで隣の家も、隣の隣の家も大丈夫なのに、うちだけに放り込むんですか?
霙 ハイ、ガラス代これで足りるかしら、
愛雨 (霙にお金を突っ返して)お金の問題じゃないんですよ。ねえ、ここのところ連続ですよね? 霰くんがね、ちょっと頭の弱い子だってことはわかってますよ、モラルを求めるのもナンセンスだってこともわかってます、だからってこんな不毛なやりとり、永遠に繰り返すんですか? 偶然の一言で片づけないでくださいよ、他人に迷惑かけるんだったらずっと家にいてもらえませんか?
霙 あら? もしかしてあなた、だれにも迷惑をかけずに生きていけると思ってらっしゃるんですか? 生きていくってことは会うひと会うひとに迷惑をかけていく、それを許してもらう、そういう営みなんですよ?
愛雨 それは問題のすりかえでしょう!
霙 それにあなたのところ、家族での喧嘩が絶えなくて、騒音に耐えられなかったお隣さんが通報したっていうじゃありませんか? 迷惑をかけているのはお互いさまなのに、これだけ謝ってるわたしたちを許してくれないっていうんですか?
愛雨 謝ってる言葉、毎回一言一句違わないじゃないですか! マニュアルでもあるんですか? そういうのを誠心誠意とはいわないんですよ。
霰 だー。(愛雨に向かって石を投げようとする)
霙 (間一髪で石を食い止める)霰! ひとに直に石を投げるのは駄目って、こないだもいったばっかりでしょ。
霰 ざまあみろなんだ。
愛雨 危なすぎるでしょう! 迷惑の度合いが違いすぎるでしょう! 檻に入れておいてもらえませんか?
霙 んまあっ! ひとの家の子供を檻に入れておいてくれだなんて…。鬼だわ。このひと鬼。そんなんだから霰に石を投げ込まれるんですよ。責任を棚に上げるようで申し訳ないからいままで口にはしなかったんですけどね、この子、仲のいい家族の家には決して石を投げないんですよ。仲の悪い家族の家だけ。この子、姉であるわたしと二人暮らしなんですよ。親のいる子供が羨ましくて、親がいるのに不満そうな子供が憎くて仕方がなくて、それでこうしてこの子なりの警鐘を鳴らしているっていう、そういうわけなんですよ。
愛雨 ………黙って聞いてりゃ、いい話っぽい雰囲気出しただけでぜんぜんいい話じゃないじゃないですか! 警鐘にもなんにもなってないですよ! ひたすら迷惑なだけ! 帰ってください! もう二度とこの家の近くをうろつかないでください! 今度近づいたらこちらからあなたに向かって石を投げますから!
霙 そうなったら通報するのもやぶさかじゃありませんね! ほら、いくよ!
霰 だー。(愛雨に向かって石を投げる)
霙 投げちまいな! ありったけの石、投げちまいな!
霰 (ぶち殺したくなるような満面の笑みを浮かべて)自業自得なんだ。

   霰と霙、悪態の限りを尽くして、退散。

愛雨 みんなみんな死んじゃえばいい…。

白雨 この状況はラストシーンにふさわしいですか?
愛雨 いいえ。ふさわしくありません。
白雨 この状況を、黙殺できますか?
愛雨 いいえ。黙殺できません。
白雨 あなたたちは幻滅する。
愛雨 わたしたちは見放される。

『きれいごと、なきごと、ねごと、』パート3(戯曲)
https://note.mu/ayatoyuuki/n/ne80fc89f3324

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ayatoyuuki

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これまでに執筆した戯曲を掲載したり、これから上演する戯曲を連載したりします。2018年1月から12月まで、毎月公開していきます。サボらなければ、12回更新され、すべての戯曲を無料で読めるようになります。
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