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『予想で泣かなくてもいいよ』パート1(戯曲)

『予想で泣かなくてもいいよ』

どこかの会社。
正社員と契約社員とアルバイトがいる。
全員、だらだら愚痴を言う。
そして、仕事を辞める。

○第一部 正社員

日曜日

何度も言ってるだろ
想像できるわけないだろおまえの痛みを
悲しみを
逆におまえは想像出来たことがあるのかよ俺の痛みを
「空と君のあいだに」を耳元で絶叫して歌ってやろうか
君の心がわかるとたやすく誓える男のもとにとんでいけよ今すぐに
なあ
なんでおまえに想像することを強要されなきゃならないんだ
そもそも強要された瞬間に想像することなんて出来るもんなのか人は
想像が自然と生まれる時間を待つよ俺は
待てないなら勝手にしろよ
勝手に想像しろよ自分にとって都合のいい物語を
登場人物が都合のいい奴ばっかりの閉じた想像の世界の中で
のうのうと生きながらえろよ
なあ
脳内お花畑ちゃん
君といた時間が楽しかったかどうかは
想像にお任せします
じゃあね

月曜日

電車の扉が閉まる直前に
恐らくは若い女性が駅のホームで泡をふいて倒れた
駅員二人と乗客三人が取り囲む
そこで電車の扉は閉まった
俺はあの女性がその後どうなったのかを
想像しないように頑張る
無意味な想像が俺の安らかな帰路をぶち壊してしまわないように
強く意識する
キムチ牛丼を強く意識しなければ
家に炊けたごはんと冷凍の牛丼のパックがあって
帰りのファミリーマートで

違う
キムチを買って帰るのだ
泡泡
あと卵もきれて
泡泡泡
最悪の事態が起きてしまった
あの一瞬の光景が
あの泡をふいて倒れる一瞬の光景が
脳裏に焼きついて離れない
ほとんど見えていないはずのあの女性の顔さえも
無駄に想像してしまう始末だ
俺の一日を返せ
見殺しにしたわけじゃないんだぞ
あの人混みのなかであのタイミング
すぐに動いたってどっちみち助けにはいけずに
目の前で扉は閉まっていたはずだろう
それなのになんだこの
無駄な罪悪感は
これはなんの罪悪なんだ
想像しないことがこれほどの罪に値するものなのか
結局その日は
キムチも卵も買わずに
牛丼のパックだけをあたためて
ごはんにかけて食べたが
味もよくわからないくらい
あの女性が今頃どうなっているのかを
まざまざと
想像してしまっていた
寝る直前まで
夢の中でも

火曜日

母親から電話がかかってくる
不憫な母親はLINEやメールではなく俺の肉声を聞きたいという
生きている証拠が欲しいのだと
全く不憫というほかない
そんなものは想像に過ぎない
電話の奥で自動音声が流れているだけかもしれない
信頼に足る根拠は何もないのだ
今日も自動音声のように肉声を出す
言うことはいっしょだ
同じパターンだ
口論しても仕方がないのだ
当たり障りないことを感情と切り離して言えばいいのだ
口論しても仕方がないのだから
それに俺は
母親を追い詰めることが怖い
どこの馬の骨ともしれない神様を信じて家事を放棄して育児を放棄して家中のあらゆるものを売り払ったあたりで母親を思いきり殴って法に触れるかもしれないことなどをしてどこの馬の骨ともしれない団体から母親を連れ戻してきた日のことを
父親は定期的に俺に語ってきかせる
本人は武勇伝のつもりだろうが
俺は別のことを考えてしまう
追い詰めると想像に逃げる弱い人々がこの世界にはたくさんいるのだと
そして母親はその一人なのだと
母親が俺には全く興味のもてない話をいつまでもまくしたてる
相づちを定期的にうつ機械になっているうちに
電話はいつのまにか切れている
母親が想像上の「向こうで頑張っている息子」に安心した合図だ
俺は上司と致命的な口論をして次の電話が来る頃には仕事を辞めているかもしれないが
そのつまらない事実と母親の豊かな想像は関係がない
全く関係がない
素晴らしい想像を与えようじゃないか
あなたに
これからも
ずっと生きていくための希望が
想像ひとつで済むお手軽な人生ならば
いくらでも

水曜日

おまえの想像はおまえの思い込み
この世界に存在しないものに
癒やされて毎日楽しいですか
俺は全く楽しくないから
めっきり映画も観なくなったし
本も読まなくなってしまったよ
可愛い女の子との運命的な出会いとか
決して訪れないものを凝視すると
虚しさだけがひたすら募る
宝くじでも買うほうがマシだ
どれだけ確率が低くても当たる低い確率は
想像ではないから
はあ
俺の知らないうちに誰かが
ヤバイ薬を無理矢理飲ませて
ヤバイVRを無理矢理みせて
それを現実と思い込ませてくれればいいのにという都合のいい想像
想像だと知らないうちに
想像を享受して
よだれを垂れ流して
悦に浸りたい
宝くじは今回も外れていた

木曜日

課長の不倫の発覚をきっかけに
次々と
会社で悪い噂が広がる
そして遂に耳にする
俺の悪い噂だ
みんなその噂を元に
俺じゃない俺を想像して
悦に浸っている
ああ自分じゃなくてよかった
この噂の対象が自分じゃなくて
優越感のしるしにこれみよがしに
眉を潜めて俺を見る
その視線の束を俺は
心の中で折る
両手で掴んでへし折る
簡単にそれらは折ろうとすれば折ることが出来るのだ
彼ら彼女らを臼に放り込んで
ごりごりとすり潰す想像をする
久しぶりに意識的な想像
自覚的な想像
噂で作り上げた架空の俺
嘘八百で出来た俺
と戯れるおまえたちを
俺は見下すよ一生
想像の中で
不味い餌に群がるハイエナたちよ
一生お腹の膨らまない想像を貪り食って
餓死しとけ
せいぜい

○参考文献

太宰治『二十世紀旗手』(新潮文庫、2003年)
中村大地『二十一世紀旗手』(2015年)
中島みゆき『中島みゆき全歌集 1987-2003』(朝日文庫、2015年)
スピノザ(吉田量彦・訳)『神学・政治論(上)』 (光文社古典新訳文庫、2014年)

basso『クマとインテリ』(茜新社、2005年)
『web opera』vol.3(茜新社、2018年)

『予想で泣かなくてもいいよ』パート2(戯曲)
https://note.mu/ayatoyuuki/n/n1dc399599ddb

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