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作品が売れることと、美術史のなかで評価を勝ち取ることの非対称さ


作品を破損したらマグロ漁船で出稼ぎしてこい

Bunkamura Gallery の上司はなかなか癖の強い方で、今でも忘れない彼の名言があります。そのうちの1つが、「作品を破損したらマグロ漁船な」というセリフでした。

東京サバーヴィアの中流サラリーマン家庭でぼんやりと育った私には、最初はピンとこなかった言葉です。どうやらマグロ漁船に乗ると、環境は厳しくとも荒稼ぎができるらしく、「作品を破損したら、働いて弁償しろ」という意味でした。

洋画商の世界で厳しく躾られてきたらしき上司殿も、きっと先輩にそう言われ続けてきたのでしょう。実際に、アートビジネスの世界では平均的日本人の生涯年収よりも高値がつく作品がわんさかあります。

外商顧客のための文化施設

東急文化村は、当時東急百貨店本店のすぐ隣にありました。大きな劇場と芝居小屋、映画館に美術館と、狭い敷地にぎゅっと文化施設が集まり、地下1階のカフェ ドゥ・マゴの存在感と合わせて、洒脱な空間です。

その中でのBunkamura Galleryは、文化施設の行き帰りや東急本店での買い物のついでに立ち寄れる、気軽で入りやすいギャラリーでした。作品の価格帯は1万円から数百万円まで。売れ筋は20万円前後と記憶しています。

百貨店には上顧客のための外商部門があり、美術部門もまた上顧客の為に存在しています。あえて例えれば、Bunkamura Galleryは、伝統も格式もある百貨店の美術部門を、若い人向けに利用しやすくしたバージョンのような立ち位置といえるでしょう。

顧客も本気のコレクター層というよりは、アート好きな富裕層あるいは作家のファンの方々でした。

美術史には残らない売れっ子アーティスト

そんなBunkamura Galleryには、個展を開催すれば必ず1千万を売り上げる作家が3名いました。お一人は前記事で触れた金子國義さんです。残るお二人は、アート業界にどっぷりな方ほど名前を知らないかもしれません。

その二人の作家は、美術館で展覧会を開催されたり、美術批評で取り上げられたりすることはなく、美術史上においては全く評価されていないからです。おおよそ作家の取り分は売り上げの50%。1度の個展で1千万を売れば、500万円にはなるのだから、食えている作家といえます。それなのになぜでしょうか。

いま思えば、残るお二人の作家は、今風にいうマーケティングのお上手な方々でした。作風は長年変わらず、好まれやすい花の絵を描き、顧客情報を把握していて、ファンサービスも欠かしません。

Bunkamura Galleryは生活に彩りを添える作品を提供し、大いに顧客に喜ばれ、売れていたというわけです。一方で、そうした生活に彩りを添えやすい作品は、岡本太郎が全否定した「うまく、きれいで、ここちよい」作品群ともいえます。

*岡本太郎は著書『今日の芸術』冒頭で、「今日の芸術は、うまくあってはならない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない」と記した。

つまりは、売れることと、美術史上の評価は別の評価軸。アカデミックな視点では、美術史を更新するあるいは時代を代表する作品なのかどうかが評価されますから、家に飾って楽しみたい作品が評価されるとは限らないわけです。クリスチャン・ラッセンが超有名売れっ子アーティストであるにも関わらず、アート業界から全無視されているのはそういう訳なのです。

これから世に出ようとするアーティストにアドバイスをするならば、美術史上の課題は専門家であるアート業界人から学び、マーケティングなどのビジネス課題の解決手法はビジネスの専門家から学ぶようにということでしょうか。

アーティストとしての成長の階段を登り続けるとき、何を最終目的地として、どの段階でどの評価軸を重視すべきかは個別に異なるとしか言いようがありません。

あえていうなれば、どちらの評価軸にも共通して存在している課題は、認知されていないと何も始まらないということ。作品と名前を覚えてもらうことから、全てがスタートします。身近な数人ではなく、数万人規模で、です。

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