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犯行は昨夜未明、容疑者は東京

生まれてこのかた、西日本でしか暮らしたことがないせいか、東京に対してのイメージが偏ってしまっている。「東京」と聞いて頭に思い浮かぶのは、ネクタイを締めたビジネスマンがスクランブル交差点で行き交う映像である。もちろん彼らは全員7:3で前髪を分けているし、銀縁のメガネをかけている。

カツカツ、コツコツと、革靴でアスファルトを鳴らす音だけが、規則正しく、そして空しく響く。この街には一切の余分がなく、優しさもない。哀しみの摩天楼。

もちろん、本当は知っている。東京がそんな街ではないことくらい、知っている。ええ。もう大人ですから。きっちり7:3で前髪を分けたサラリーマンよりアップバングのビジネスマンの方が多いことは、知っている。馬鹿にしないでください。

しかし、どうしてもこの先入観は拭えない。例えば僕が空腹で道端に倒れ込み、今にも息絶えそうなとき、大阪なら誰かが助けてくれるだろう。東京だとそうはいかない。東京の住民たちは、うずくまる僕を横目に、いや目もくれずにスクランブル交差点を行き交っていく。万が一だが、僕に気づいて歩みを止める人がいても、絶対無言。メガネを一回クイッとする。それでまた歩き始める。程なく僕の息は止まる。殺される。東京の街に殺されるのだ、僕は。

「いや、そんなわけないでしょ笑」

この間、東京で友人と飲んでいたときに笑われた。

「そもそも空腹で行き倒れたこと、ないじゃん」

確かにおっしゃる通りだった。だが、鼻についた。というのも、彼は根っからの関西人で、東京で暮らし始めてまだ2年くらい。そのくせ、標準語と関西弁が混じった口調になっていた。夜に集まったのにサングラスをかけてきた時点で鼻についた。彼もまた、見事に東京に染まっていた。染まり方を間違えている気もするが。誰か木綿のハンカチーフをください。

「東京も大したことないよ、住んだらわかる」

口調も態度もやはり鼻につく。しかし久方ぶりの再会とあって盛り上がり、気づけば電車が走らない時間になっていた。今夜は彼の家に泊めてもらう予定だったので、一緒にタクシーに乗った。僕は旅の疲れもありウトウトしていた。

目が覚めると、もう家の前だった。そこで僕は目を疑った。タクシーのメーターが、軽く5,000円を超えていたからだ。

僕の中でタクシーというものは、高くて2,000円までの乗り物である。それ以上になるなら、もう乗らない。下唇を噛み締めて始発を待つ。二人で割っても3,000円。もう一軒飲みにいけるじゃあないか、と言おうとした、その時である。

「泊めてやるから、タクシー代は頼んだよ」

彼は冷たく言い放った。まさかの一撃だった。東京は、なんて哀しい街なのだろう。イメージ通りじゃないか。僕は下唇を噛み締めて涙をこらえながら、会計を済ませた。涙拭く木綿のハンカチーフはどこか。

これが久しぶりに会う友人への仕打ちか。きっとタクシーの外で彼は、サングラスをクイッ、としていることだろう。僕は殺された。彼に殺されたのではない。東京の街に殺された。

翌日、朝10時。彼の家で目を覚ました僕は、愛する大阪へ帰るべく、グーグルマップで最寄駅を調べた。またも目を疑った。なんとここは東京ではなく、神奈川だった。驚いた。昨夜未明、僕を殺したのは、東京ではなかった。神奈川だった。神奈川に殺されていた。冤罪だった。

どこにいるのかもわかっていないくせに「東京は哀しい街だ」とのたまっていた自分が酷く恥ずかしい。情けなくて涙が出る。木綿のハンカチーフ、神奈川にも売ってますか。

というか、呑気にいびきをかいているがお前、神奈川県民のくせにサングラス、クイッ、としてたのか。

※ 2021年頃に書いた記事です。

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