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SOMPOケアの介護施設に40万する補聴器を無くされました?②続き

昨年の話しは、こちら→ SOMPOケアの介護施設に40万する補聴器を無くされました(更新2021.07.31)①

 さて、この話しの続きを書きますが…その前に話しが①のは長すぎるので簡潔にもう1度、書きます。
補聴器があった日から無くなるまでを簡潔に書くと…
昨年、母が3回目の倒れた事で施設に入る事になり、退院後にすぐには施設が決まらずショートステイを横浜市住みなのに病院のケアワーカーからは川崎市の施設を紹介され行く(昨年春)
→2週間ちょっと前SOMPOケア元住吉からショートステイの期間終了と急に病院のケアワーカーにお知らせ
→病院のケアワーカーさんは同系列のSOMPOケア浜川崎を紹介してくれる
→2週間後の2021.6/8に元住吉から浜川崎にタクシーで移動。妹がタクシーに乗せて行ってくれた。(*持ち物チェックリストには補聴器がアリになってる)
→浜川崎に到着。自宅と同区の現在の施設が決まるまでショートステイ
→6/22ショートステイ終了。タクシーでSOMPOケア浜川崎から、現施設に移動しようと乗ったが、主治医の元に寄るのに自宅に寄る。この時に補聴器が無いのに気付く
→SOMPOケアに調べてもらったが、6/8時点の元住吉から浜川崎への移動で浜川崎に着いた時点では、もう補聴器無かったと言い出す。
→警察に届けてはある、SOMPOケアの地域担当者は謝らないのでコールセンターに電話、地域担当より上司から謝罪の電話あり
→早めに知ってれば、補聴器の保証期間に該当し再発行出来たかもしれない…
40万近くの補聴器は戻らない、施設に謝られて終わり
が、前回書き出した①のブログ。
進展あったら②を書こうと思ったが、無かった。

 補聴器の話をしてた人のTwitterでリツイートをしたところ、いいねが100近くになったのでこの話、まとめようと続き書きます。
細かい話しを読んでも良いよと言うかたがいらっしゃれば、前回の①のブログを。
以下は、もう一度、①を書き出したモノなので、①を読まなくても良いです。
 さらに、今回②とさせて頂くのには訳がありますので…経緯の最後に②…今回の続きを書きます。

母が倒れた経緯
母が糖尿で倒れたのは、3回。2019年とその後と昨年2021年です。 
母は元看護師でありながら、サプリ大好きで薬と併用し血糖値が下がったので、勝手にインシュリン注射をやめた結果倒れた。
だいぶ、両親だけで暮らしてたここ数年ですが、その時にはヘルパーさんも雇っていなく、80歳代、自分らは元気だと思ってた。
 だが今は、父の介護度1.母介護度2です。

紆余曲折あり、昨年末にようやく父も施設に入ってもらいました。(本人2年半希望してた)
 施設に行ったものの、施設大嫌いな2人みたいですが…それはまた、別の話し。

補聴器買った時の話し
さて、ここから本題の補聴器の話です。
病院にまさか倒れて行くと思ってなかった2021年初め、母が補聴器を作りたい!となけなしの金で作りました…。
いやいや、預金減ってくばかりじゃん。年金とは別に、父が家計簿付けてたのに下手すぎたのとボケて、滞納するばかりになったので、マンションを売ったが、ローンを差し引いたらあまり残らなかったのですよ。


 また話がズレました。買った後、倒れたのは春。その後退院して…退院すると同時に施設に行ける訳もなく。
コロナ禍で施設を見学だの探すのは大変だったので、入院したみなと赤十字病院のケアワーカーさんに提案頂いた。
そして、補聴器も出来上がり施設に持ち込む事にした。

補聴器を施設に届けた話し
 最初、紹介して貰ったのは、SOMPOケア元住吉。 そこで、退院後すぐに姉妹でタクシーで行った。妹はその日にワクチン日でそのまま、帰った。
ただ同日、インシュリンのチップ等足らずに、夜になり、面会の時間は終わっていたが、私が実家から施設に運ぶことに。
差し入れの時に、施設長に『補聴器です。充電器もあります。』と渡した。
高額だからと言った気もする。
 施設に入る日に着いてすぐ担当のヘルパー取り仕切るケアマネの鈴木(男)に、1時間以上、説明をされたが、その書類に姉妹で“万が一の時のサイン”をしてる。
それは高額なモノ…現金やモノを持ち込んでも、一切の責任を施設側が負わないという事。 自己管理して下さいねと言うサイン。
但し、職員等が壊した場合には賠償責任が生じると言う旨も記載あり。
 このサインをした事により、施設側は、補聴器が施設で無くなったとしても責任とるつもりは無いと思っているようだ。

補聴器があった日6/8から無くなったと気付いた6/22まで
上記に、簡潔版を書いているので細かい事は書かないが、施設間を移動する時は全てタクシー。
  補聴器は確実に母がショートステイしてから、〜6/8まであった。(施設退去前のチェックリストにヘルパーさんが有りと付けてくれた)
ただ、〜6/22のショートステイ終りまで、実に14日。
その日にショートステイ先から現在の老人ホームの施設に行くタクシーで、荷物に補聴器入ってないのでは?と私が思い、狭い処で探してもらちが開かないのと、母が実家の近くの主治医の処に寄ると言うので、ショートステイ先→自宅→現施設と言う道順に。
 〜6/22。衝撃だった。高額な補聴器は、あの、補聴器のデカい充電器すらも、何も見当たらないのだ。
 探しに探して、ショートステイ先からタクシーの中で探し、実家により荷物広げて探し、母を現施設に送ってからまた実家に帰って実家も万が一あるのか?と探したが、母の荷物からも家からも出てこなかった。

 ショートステイ先に電話。まず、施設長もヘルパーも知らないと。コールセンターに電話。数日後、地域担当(エリアマネージャー)の女から電話あり、探したが無いと言う。
いつから無くしたか?
〜6/8迄はチェックリストにあり、ショートステイ1番目にはあった。1番目から2番目に行く際のタクシー会社にも電話。タクシーにも無い。
警察には届けた。
1番目の施設にも電話。チェックリストに付けた様に、その時まではあったし、周りには無いと言う。
エリアマネージャーから徹底的に調べてもらう。もうその頃には7月に入ってたと思う。
 エリアマネージャーから折り返し、なかなか無い。こちらからコールセンターに電話。
2つのショートステイ先にはもう何も無いし、ヘルパーさんやら他清掃スタッフにも記憶もないと。
そもそも、1番目の施設から移動した時、6/8に2番目の施設では“誰も見てない”と言われたそう。

そう、〜6/22に私が気付いてショートステイ先の両施設に電話して調べて貰うまで、6/8の1番目の施設から2番目の施設に移った日に無くなったと言う事になる。
6/8の1番目の施設を出る時のチェックリストには、補聴器アリ→(タクシーで移動)
2番目の施設に到着後には補聴器ナシ
その時点で、6/8に、2番目の施設からは到着後に補聴器無かったと報告は受けていない。

 話がごちゃごちゃし過ぎて悪いですが…地域担当の女性に調べてもらった結果が以上でした。

補聴器の件で謝ってくれなかった地域担当の女性
何度も私がコールセンターに電話して、前のショートステイ先と、現施設迄居たショートステイ先と忘れ物ないかの電話したけど、ナシ。
施設にもうコロナ禍で入って私自身が探す事は出来なかった。
地域担当の女性は探したり、調査してる数日は経過を一向にこちらには電話かけてこなかった。
 〜6/8の事なのに私は、7月近くになってから警察に拾ってないか?と届けた。
 幸い、高額商品なのでレシートと保証証だけは持っていたが、買って数ヶ月の保証は切れており、再発行(そこの補聴器会社は無くしたり盗難された場合、一回だけ無償で保証期間内に再発行可能だと補償証に書いてある)はもう出来ない。

 7月、項垂れながら、担当者の電話を待つも、施設のスタッフの教育改善や謝罪の言葉を自ら言う事もなく、私が促したら、社内教育改善に努めるとはいってた。
 だが、申し訳ないとかごめんなさいと謝ったら補聴器を会社で買い直さなければいけないと思ったのか、絶対に謝らなかった。
その態度が悲しくて。 
「タクシーで無くしたかかもしれないが、タクシー会社に連絡したが,無い。 警察にも届出がない。 施設間の移動の日まではあったけど、無くなったと思われる当日に連絡を、あなたがたはしてこなかった。もっと早く解ってれば…(再発行出来たかもしれない)。」と伝えたら、「その事に関しては,残念だと思うが」と言われた。
 でも、納得いかなかった。
6/8の時点で当日、探してれば、あったかもしれない。6/22に言われても遅いし、7月に入った頃にこんなやりとりしてて、時間の流れが残酷。
そう思い、謝って欲しい気持ちになった。
…施設が悪くない?
私がしょっちゅう、面会に行ってれば良かった?部屋で面会出来ないのに?

 色々、後悔した。
コールセンターにまた電話をかけ、地域担当の女性が『私が担当です,責任者です。(でも謝りません)と言うけど、更に上の上司はいないのか?』と聞いた。
地域担当より上の上司の男性が、謝罪の電話をかけてきた。

 それで、終わりなのか?とはらわた煮えくりかえった。
すごく、辛かった。

 母が無くしたのでは?とも言われた。それは、ショートステイの時に,実家の近くの主治医の処に行ったり救急車で運ばれた事もあったから。

 でも6/8の前の事と、後の事だ。6/8迄はあったと、ショートステイ先のヘルパーさんが確認しチェックリストにチェックしてくれてたんだ。

 それが頭をグルグルぐるぐる回った。今、2022年になっても、思い出しても嫌な感じ。

 それで…昨年末に気持ちの整理の為に、ショートステイ先の会社のニーサを持って居たのを思い出して、解約した。
あんな会社の株、要らない。
そもそも低額しか買ってなかったが、年末に送られてきた株報告の資料がその会社名でムカついた。
CMが流れる度に吐き気がした。

 年末、やはりもう…どうにもならないのは分かってるけど、その会社に株主情報のチラシを送り返す事にした。燃やしてもビリビリにして捨てても良かったけど。

 送り返す際に、事の経緯を書いて、再教育に努めて下さいとだけ、書いたメモを入れた。

そのあと、補聴器の会社さんに、お礼の手紙を書いた。もう手元には買った時のレシートと、補聴器の補償証しかないけど、短い間だったけど、ありがとうございましたと。

今は施設に行った母は、年末に転んで骨折して病院にいる。そんな年越しをした母に、補聴器の事、色々言ってない。
もう、夏で終わった話しかもしれないが、やりとりは私が全部やった。
苦しかった。

 そんな話も出来ないししないまま、私の旦那さんとだけ話した。妹は医療従事者で忙しく、何もその話はしない。
いとこ達にも言ったけど。
騒いでるのは私だけみたいだった。

 悲しかった。

でも、年末に補聴器の会社さんにお礼のお手紙かけて、ショートステイ先の会社には、言いたいこと夏には言ったし。手紙も書いたし、昨年は昨年で終わり!と思った。

このブログをもし、読んだ人も、私が騒いでるだけど思うだろうか?
補聴器は6/8に2番目の施設で気付いた時点で連絡くれたら、その日に探しに行った。過去に戻れるなら。
 でも、6/22に無いと言われたら、諦められますか?タクシーにも警察にも聞いたけど、無いなら、諦めるしか無いですか?母のせいと思いますか?

こうブログを書いてたら、また同じ事、グルグル回りそうになるから、もう書かない。
ただ、今年に入り、補聴器の会社さんから連絡がありました。

補聴器の会社さんから連絡あった話し
手紙を昨年末書いた私に、年始に眼鏡市場さんから電話があり、メーカーのスターなんたらさんから、保証期間過ぎてて再発行は出来ませんが、修理と言う形で同じ補聴器をお作り出来ますと。
 お値段はお安くなりますとのことでした。
ありがたい話です。
今すぐには、再発行に向けて動く元気が無いけど、今月に再注文するなら、行きますと応えました。

 …約40万近くする両耳の補聴器。 やはり、警察からは連絡無かったけど。同じ補聴器を、再注文しようと思いました。
補聴器の充電器も買わなきゃいけませんね。

 こんな長い文章になりましたが、読んでくれてるかたいたら、ありがとうございました。

 今もまだ、両親共に大変です。見舞いに行けないオミクロン株も出てしまったので、差し入れしかいけません。
父には面会するも怒られたりします。
介護は、人に任せた後も、認知が進むと喧嘩になったりで、本当に辛いと思います。

 こんな世の中大変な中、お見舞い申し上げますと言う言葉は、世の中の全員にあります。

私も、落ち着きたいです。

幸せになる為に、足掻かないでいきたい。
それだけですよね。

 頑張ろうたって、もう充分頑張ってます。ただ、他人を傷付けないで優しい日々が過ごせたらなと思います。

補聴器…もし万が一、何処かもう、ゴミのなかから出てきても、警察に1人でも届けてくれたら…修理対象になったりするので。
 そう言う優しい人が増えますように。

結びの言葉がそんなんでごめんなさい。また、介護生活のブログ、たまに書くと思います。

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