安藤歩美

1987年千葉県生まれ。東京大学公共政策大学院修了後、全国紙記者として宮城県で被災地の…

安藤歩美

1987年千葉県生まれ。東京大学公共政策大学院修了後、全国紙記者として宮城県で被災地の復興を取材。独立し2016年東北各地の住民と作るニュースサイト「TOHOKU360」を立ち上げ編集長。 twitter@ayumianco、instagram@ayumiportpolio

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「純粋さ」の引力。tofubeatsさん、吉川祐介さんとの対談

当たり前のことなど一つもないのだから、一日を大切に。2024年は、きょう自分の見た世界を、不完全で断片的でもいいから記録し、どんなに些細でも心の動きや発想をプロットし、その軌跡を後でなぞれるようにしておきたいと思いました。ということで、今日の記録です。 * 今日はグロービス経営大学院仙台校さんのカンファレンス「七夕会議」にお呼ばれし、お話をしてきました。一緒に登壇されたのが、アーティストのtofubeatsさんと「限界ニュータウン」をブログでYouTubeを発信している吉

    • 快適な「繭の中」を出て、他者と出会う旅をしよう

      私が初めてインターネットに触れたのは、小学校高学年のころだ。自宅のパソコンを電話線に繋ぐだけで、未知の情報の海へと旅することができる高揚感。遠く離れた、顔も名前も知らない人々と交流ができる新鮮さ。私にとってインターネットは、多様な情報と人との出会いによって視野を広げてくれる、まさに世界に開かれた「窓」だった。 ところが近年、インターネットが人々の「視野を狭める」危険性が指摘されるようになっている。SNSのフォローやブロック機能、webサービスのAIによるリコメンド機能の進化

      • 東北で「住民」が発信するメディアをつくった話③

        前回はこちら。 ③メディアを、地域に開く地域に住む「住民」が通信員として自らニュースをつくることで、それぞれの個人の興味・関心や人間関係のネットワークを生かした、これまでになかった個性豊かなニュースが次々と生まれる。それが、このTOHOKU360を立ち上げてからの5年間でわかった「住民参加型ニュースサイト」の意義でした。 これからもより多くの住民が参加できる場としてメディアを運営していくとともに、もっと地域に開き、地域の多様なアクターと連携しながら地域での暮らしをよりよく

        • 東北で「住民」が発信するメディアをつくった話②

          前回はこちら。 もしも地域の現状を誰よりもよく知る「住民」が主役になり、ニュースを発信できるようなしくみができたら。これまで世の中に出てこなかったような情報や、自分を含め「プロの記者」が見過ごしてきた視点が表現されるようになり、より多様な地域の情報や価値観が反映され、人々が受け取れる情報、ニュースの世界はもっと豊かになれるのではないか。そんな仮説から、TOHOKU360の「住民がニュースを書く」しくみづくりへの挑戦が始まりました。 ゼロから立ち上げた「住民参加型」のしくみ

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        • きょうみた世界
          1本

        記事

          東北で「住民」が発信するメディアをつくった話①

          はじめまして。私は東日本大震災後に宮城県に移り住み、2016年に「TOHOKU360」という住民参加型のニュースサイトを立ち上げて運営しています。はじめは新聞記者として赴任したこの宮城県ですが、早いもので、移り住んでからもう8年近くが経とうとしています。 千葉県で生まれ育った私が、なぜ東北で市民メディアを立ち上げたのか。地域メディアや市民メディアに今どんな可能性を感じて活動を続けているのか。貴重な機会としていただいた3回の連載の中で、こちらに来てからの活動を振り返りながら、

          東北で「住民」が発信するメディアをつくった話①

          同じ季節かもしれない

          防潮堤をお散歩する人がいて、舗装された道をサイクリングする人がいて、畑を耕す人がいて、貞山堀で釣りをする人がいた。久しぶりの荒浜に到着してマスクを一瞬外したら、風に乗って運ばれてきた海の匂いが優しかった。 震災後は水の中に陥没して先に進めなかった道路、それがどこだったのかわからないほど綺麗に整備された道の先にできた海岸公園センターハウス。そのテラスで、震災後に定点撮影を続ける3.11オモイデアーカイブさんの冊子制作のための取材に伺った。時を超えて人に伝わるものって、どう

          同じ季節かもしれない

          あまりにも生産性のない話 #1 にきび流星群

          世の中、役に立つ情報ばかりで疲れてしまう。セルフブランディングだとかバズだとか、圧倒的成長だとか正直、どうでもいい。たまには誰の何の役にも立たない無駄な文章を、ひっそりと書きたい。そう思い、わたしの指が流れるままに任せてキーボードを叩く休日の夕方である。 * ここ最近のステイホーム生活のせいか、顔のにきびが再発してきた。私は体質上、生活習慣の変化やストレスですぐにきびができてしまう。これまでの人生でほんとうにひどいストレスを感じたことが2度ほどあり、そんなときは顔中が流星

          あまりにも生産性のない話 #1 にきび流星群

          落書きのように生きている

          子供のころ、いたるところに秘密基地を作って遊んでいた。空き地の長い枯れ草を使った、人が一人ようやく入れる小さなもの。空いたビールケースを何個も積み重ねて作った強度の高い設計のもの。捨てられていたテーブルなどの家具を集めて竹やぶの中に充実した楽園を築き上げていたら、他所の家の敷地だと分かり、大人に優しく叱られて楽園計画が頓挫してしまったこともある。 あるいは祖父の家の裏山に、ある日ぽっかりと開いた大穴を発見し、胸をときめかせながらその中へ入って冒険したこともある。何かを発見し

          落書きのように生きている

          仙台を超ローカルなまち単位で紹介する連載【聞くまち】シリーズ in KURASHITO

          2019年5月から、仙台という街を超ローカルなまち単位で紹介する「聞くまち」という連載を、仙台での暮らしを伝えるメディア「KURASHITO」さんで執筆させていただいております。 仙台はコンパクトな街ですが、その中で更に町名くらいの小さな単位でまちを見ていくと、そこには必ずその成り立ちに基づいた独特の文化や雰囲気を感じることができます。少し歩くだけで表情や空気感が変わるこの仙台という街の面白さをいつか表現できないかと考えていたところ、今回の連載のお話をいただき、書き始めるこ

          仙台を超ローカルなまち単位で紹介する連載【聞くまち】シリーズ in KURASHITO

          お仕事記録まとめ。

          「どうやって生きているのか分からない」と親にさえ言われてしまう人間のため、一体何をしてきた人なのか、これまでのお仕事の記録を一度簡単にまとめる必要がありそうだ、と思いました。これまでのお仕事といえば、 インドのヒマラヤ山脈のふもとまで行ったら、シッキム州の公式VR動画を撮ることになったり。 (↑先頭にいる) こけしの中に入って、仙台の商店街を練り歩いたり。 (赤いハイヒールがチャームポイント) 青森県の最先端で、人間googleカーと化したり。 (頭動かさないよう

          お仕事記録まとめ。

          東北と私

          東北に住んで、5年半が経った。 今住んでいる宮城県に初めて来たのは、大学院生だった2012年の1月。東日本大震災が起きてから東京で何もできないまま日常生活を送っていた私は、冬休みを利用して宮城県女川町へ向かった。朝早くに起きて、子供達に勉強を教えるボランティアをして、夜は当時仮設店舗で唯一営業していたスナックで地元の漁師さんと飲んだ。 あらゆるものが流されたこの街で、しかし本当に強く感じたのは、ああなんて美しい場所なんだろう、ということだった。普段は穏やかな女川湾と街を包

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