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姑を女性として尊敬する|「扉の向こう側」ヤマザキマリ

著者ヤマザキマリさんといえば、その経歴の特異さ。
17歳で高校退学、イタリアの美術学校に留学。詩人と恋に落ち、妊娠しシングルマザーとして帰国。その後年下のイタリア人と結婚し、夫の仕事都合で家族3人、シリア、リスボン、シカゴ、イタリア等に暮らしながら歴史漫画を描く。
ヤマザキマリさんの持つ世界観に興味があり、漫画はもちろん、エッセイはほとんど読んでいます。
エッセイにちょこちょこ出てくる、つまりヤマザキマリさんに多大なる影響を与えたであろう母親・リョウコの大ファンです。


この本はヤマザキさんが生活の中で出会ってきた人、その出来事を、透徹したまなざしで語る、珠玉のエッセイ。
クラスメイト、長距離の飛行機で隣り合わせた人、留学先で頻繁に訪れた書店の貧乏経営者、アパートの隣人、息子の友達。


でも、完全な偶然の中で知り合う他人というのもまた、見知らぬ土地への旅と同じく、自分の人生観や生き方を変えるかもしれない要素を持った、未知の壮大な世界そのものなのだということを、自分の人生を振り返ると痛感させられるのである。

「扉の向こう側」ヤマザキマリ


イタリア滞在中のエピソードが多い中、私にとっていちばん印象に残ったのは、北海道で過ごした幼少期エピソード、「ハルさんの手紙」という話。
当時、ヤマザキ家は、マリ、妹、母・リョウコ、そしてリョウコと離婚した夫の母・ハルさん、という奇妙な取り合わせの4人暮らし。
別れた夫が海外赴任中で、ハルさんの身寄りがないこともあり、リョウコが一緒に暮らしましょう、と持ち掛けたのが、異色なステップファミリー、4人暮らしのきっかけ。


いくら身寄りがないとはいえ、別れた夫の母。
自分に置き換えても、考えにくい関係性。
マリ曰く、リョウコはハルさんに対して、一人の女性として、強い共感と敬いを持っていたのではないか、と。


お嬢様育ちの母・リョウコは、音楽への情熱を捨てられず、家出同然に北海道へ移住。創設されたばかりの札幌交響楽団の一員として邁進する中、夫に死別され、再婚相手とはすれ違いの末破局。シングルマザーとして娘二人を育ててきた。
一方ハルさんは、樺太生まれ、夫と死別し、身寄りのない北海道でシングルマザーとして子どもを育ててきた。
リョウコは昭和一桁生まれ世代、ハルさんはその親世代だから、大正か、明治末期生まれでしょう。
その世代が、身寄りのない北海道でシングルマザーとして生きてきた。困難や生きづらさしかないような状況、それでも気丈に、一人生きる決意をしてきたハルさん。そんなハルさんを、きっとリョウコは強い敬意をもって引き受けたんだと思います。


ハルさんが、ある日突然置き手紙を残して去ってしまう。血縁関係のないリョウコ一家に世話になっているわけにはいかない、というハルさんの決意。ただ、半年後に送られてきたハガキに「またみなさんと一緒に暮らしたい」とあり、リョウコは「血相を変えて」ハルさんを迎えに行き、再び4人で生活することに。

どんな人間関係もだいたいごちゃごちゃとしていているものだけど、その感じを、教訓めいたものもなく、ありのまま、写真のように見せてくれる本です。
実際、各エピソード巻末にヤマザキさんのカラー画が掲載されていて、ひとつひとつがより情感豊かに迫ってきます。

母・リョウコのファンなので、この本もイチオシ。


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