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長男と私の26年間を振り返る

18歳で完全に親元から離れ、ひとりで銀座という日本一の繁華街で「社長」という立場に上り詰めるまでに成長した長男の物語は、そろそろ終わりが近づいてきました。

ここで、いったん箸休め。

長男の子育て期を振り返りながら、当時のダメ母な私を暴露していくスタイルになりますが、あれこれ思いつくまま今の気持ちを書いてみたいと思います。


謝りたいこと

長男を育てていく中では、上手くいかないことが沢山ありました。
言ったら、後悔だらけです。

この後悔がもし、一つ一つなかったことにできたなら、あの事件も起こらなかったしそもそも銀座で社長になっていなかったかもしれません。

今何を言っても結果論で、何が一番良かったかなんてその時は誰にもわかりません。

「やり直しがきくことなら、やり直してみたい…」

そんなことをつぶやいてみたいと思います。

1.泣き虫は私の遺伝

長男が赤ちゃんの頃というのは、本当に手がかかりました。

寝かしつけがうまくいかず、いつも夜になると抱っこして外を散歩して寝かしつけていました。

寝たかな…と思って布団に下ろそうとすると泣き、また一から振り出しに戻って外へ…の繰り返しで育児ノイローゼ寸前でした。

そんなある日、何度も寝かしつけチャレンジに失敗した私は、
「もうどうにでもなれ」
とばかりに、布団の上で号泣する長男をほったらかしにして
その場を離れました。

「私だって泣きたい」
この辛さを誰かに聞いて欲しい…

今なら児相とか保健所に相談するのでしょうか…その当時は「子育て電話相談」のような民間のホットラインがあり、思い切って電話を掛けました。

電話の向こうの相談員さんは、一切否定せず私の思いを受け止めてくれました。

しばらく話した後に、
「ママさん、さっきから息子さんのこととってもいい子で可愛いって言ってるわよ、自分で気づいてた?」
と言われ、相談しながら長男のことを
「いい子、可愛い」
なんて言っていたことにびっくりしました。
無意識だったと思います。

電話を切ったころには、泣き疲れてすっかり眠ってしまった長男に
「ごめんね」
と言って泣いていた新米ママのmaru ちゃんでした。

長男への愛情を上手に伝えられないまま、自分のことで精一杯だった幼いママでごめんね…

2.太鼓を辞めたのは私のせい

長男が中卒で社会人になった後に、それまで私が払っていた三宅太鼓の月謝を
「自分で払いなさい」
と突き放しました。

我が家は下に娘も2人いて、しかも長女はバレエで人一倍お金がかかる。

そのことは長男も理解してくれていましたが、
「そんなに金がないならバレエ辞めさせろよ!」
と言ってきたこともあります。

長女のバレエ代は何とか捻出している母が、自分の太鼓代はもう払ってくれないんだ…というのも理不尽に感じたかもしれません。

もちろん、自分で選んで社会人になったわけですから、理屈でいえば自分のことは自分でやるのは当然と言えます。

ただ、#1でお話した通り、これは私が長男の子育ての中で最も後悔していることかもしれません。

中卒で社会に出たての15歳の子に、月2万円とはいえ月謝をはらうのはキツかったでしょう。
結局、それが支払えずに辞めてしまったわけですから…何よりも大好きだった太鼓をそういう形で手放すことにしてしまった原因は私にある、とずっと後悔しています。

ホントにごめん…

その後の長男のすさんだ生活は、記事を読んでいただいた通りです。

3.取り戻せない時間

中学卒業後の長男とは、向き合う時間がすごく少なかったと思います。

父親との確執も解消せずにいたわけですし、家の中に居場所がなかったでしょう。
問題行動を起こしてたくさんの人に迷惑をかけてきたのは、自己主張だったのかな…なんて。

いやいや、そんなこと肯定してはいけないんですが。

私は、長女のことも次女のことも全部ひとりで抱えていましたから、それを長男にわかってもらっているという甘え、依存があったとも言えます。

暴露しますが…長男が小学生の時、私は妹たちの面倒を見させていたことがある毒親でした。

次女が熱を出して保育園に行けない日、私が仕事をどうしても休めないからと言って、長男に学校を早退してもらい子守りさせていました。

今だったら、ヤングケアラーといって虐待案件ですよね。

シンママで経済的にも余裕のなかった私は、ほかの方法が考えられず長男に頼りきりでした…

そんな母の頼みに、嫌な顔せず
「学校早退できるからいいよ~」
なんて無邪気に応えていました。

今思うと、こんなふうに育ててしまった”ツケ”があの事件までつながっていったのかもしれません。

とにかく、長男にとって子ども時代を子どもらしく生きる権利を奪ってしまったことや、自分がシンママだというしんどさを勝手に長男にも背負わせていたのは、私の罪だと思います。

家の心配なんかしないで、もっと遊びたかったよね…ごめんね。

大人になれない母親

これを書いていて、ビックリするくらい自分の毒母ぶりが明らかにされているなぁと思います。

不快に思われる方は、離脱推奨です(笑)

1.結局悪いのは親

父親を除けば、私自身の感覚でいうと長男への愛情に一貫性はあったと思っています。
でも、やっぱり親も人間です…(という言い訳が常に立つのも問題かな)
良い時もダメな時もありましたよね。

ただ、”ダメな時”の状態をさんざん子どもたちに見せてきたことがいけなかったのは自覚しています。

私自身の精神的な弱さの影響はあると思います。

結局、長男を大事に思うことと、自分自身を大事にすることの境界線はどこにあったのか…
長男にとっての安全基地「母親の私」がちゃんと存在していたのか、自信がないんですよね。

2.私のトラウマ

まぁ、私自身の生い立ちを語って自分を擁護するわけでもありませんが、長男の子育てがうまくいかなかった原因として思い当たることを、何でも引っ張り出して並べたい心境のmaruちゃんです💦

それでいうと、私の母も社会人になってから保育士になった人なのですが、しつけに関してとにかく厳しかったことをお話します。

昭和の人だから、と片付けて聞いていただければいいのですが、まず食事のマナーにはとても厳しかったです。

覚えているのは、食事中に行儀が悪いとすぐ手を叩かれましたし、姿勢が悪いと木の定規を持ち出して背中を叩かれました。
定規を背中に突き立てられながら食事していたこともあります。

また、親のいうことを聞かないとすぐ家から出されました。
それも、殴る蹴るという暴力を父親からも受けていた後です。

私は泣き叫んで「いやだ~!」と必死に抵抗していた記憶があります。
でも、だんだん抵抗などしなくなり自分から家を出るようになりました。

そして、中学生で悪い仲間とつるんで非行に走りました。

私が両親から受けていた虐待(あえてこの言葉を使います)と、そこから非行行動を起こしていく過程って、長男と被りませんか?

ちなみに、私は長男に暴力は振るいませんでしたが、言葉で傷つけたことがありますし学校へ行くことを制限したのは虐待していたのと同じことですよね。

「大人の親子ワーク」

後悔とか反省をしたところで、私がもう一度長男を育て直すことはできません。
よく「育て直し」と言われますが、それはまだ子育て中の段階でできることではないでしょうか。

1.大人同士だからこそ

子どもが大人になってしまったら、「育て直し」というより大人同士としてこれからどう関わっていくか?と改めて向き合っていくことが重要なのかなと思います。

3人いる子どもたちのうち、次女も先日20歳になりました。
学生ではなくフリーターとして働いていますから、親としては扶養する義務もないので、実質私の子育ては終了しています。

まぁ「大人の親子ワーク」と命名したものの、ただの暴露大会のことなんです(笑)
ただ、これはとても前向きな気持ちで取り組めることだと思うんですよね。

「あの頃お互いにどうだった?」という視点での話し合いをしてみるんです。

例えば、
「あの頃出来なかったこと」
「あの頃気付けなかった気持ち」
「あの頃何が一番好きだった?」
「あの頃して欲しくなかったこと」

そんなことを、ざっくばらんに語り合えるのはいろいろなことを乗り越えてきた(または乗り越える途中の)大人になった親子関係だからこそできるのではないかな。

現に、年に1回会えるか会えないかの長女とは、去年このワークをやってお互い涙を流して過去を振り返りながら語り合いました。

長女にも、いろいろな思いがありましたからそれをゆっくり思い出しながらお互いの気持ちを伝えあいました。

耳の痛いことも言われました(笑)
「死にたかった」思いも、
「離婚して欲しくなかった」ことも…

2.わかり合うことを諦めない

振り返って子育てをやり直せるわけではないのですが、お互いに感じてきたいろいろなわだかまりがスッと溶けていくような…不思議な感覚を得ることができたのは、一つの区切りとしてとても良かったと思います。

年月を経て、親子がわかり合える瞬間を味わうって結構良いことのような気がします。

なんなら、私は私の母親とこの「ワーク」をやりたかったです。
母親とのわだかまりを感じているのは私だけかもしれませんが、もしかしたら母の気持ちを聞くことで、ずっと抱えてきたモヤモヤを昇華させることができるんじゃないかな…なんてね。

まだチャンスあるのかなぁ…諦めたくはないですね!

長男とも、きっとこの「ワーク」ができる日が来ると思って私も人生を諦めず懸命に生きていこうと思います。

26歳になった長男。
この円安で不景気な銀座で生き残りをかけて大変そうですが、何があっても心の支えにだけはなっていよう!

それでは、それでは~!
とりとめのない長い箸休め(3600文字💦)にお付き合いいただいた皆様に感謝します!
ありがとうございました😊






















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