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塩麹さや遠藤武者盛遠

豆類花盛りの春。ということでサヤエンドウを塩麹等で炒めながら、凄まじい恋の炎に身を焦がした後、奇妙な後半生を送った男を妄想した記録。


材料

サヤエンドウ 1パック(20本位?)
塩麹     大匙1
柚子胡椒   大匙1
自家製豆腐  半丁
卵      2個

遠藤武者盛遠は北面の武士。つまり院に仕える武士。院とは譲位した天皇である上皇とか法皇のこと。
同時期に同じく院に仕えていた武士の中には平清盛や後に西行法師になる佐藤則清。
盛遠も19歳で出家することになるのですが、そのきっかけが恋。


サヤエンドウのヘタと筋を取る。

同僚の一人に源渡という武士。その妻は袈裟御前。
その姿を見た盛遠は恋に落ちる。
相手が人妻だろうと突っ走るのが若さというもの。盛遠はしつこく言い寄る。
根負けしたのか、袈裟御前はとんでもない条件を出す。
「あなたのお気持ちはよくわかりました。しかし私には夫がありますから、夫を殺して下されば、あなたと添いましょう」
夫に嫌気が差していたのか?それとも、こんな無茶な条件を出せば諦めると思ったのか?


溶き卵を1/3熟位まで炒めて、取り出す。

盛遠はその言葉を真に受けて、源渡の屋敷に夜中に忍び込む。
寝所に近づいていくと、烏帽子姿で寝入っている者の姿。
近付いた盛遠、刀で一気に首を斬り落とす。
落とした首を掴んで、盛遠は屋敷から逃げ出す。やがて月明かりの下で一息ついて、首を見る。
びっくり仰天。
源渡ではなく、袈裟御前の首。
袈裟御前は夫と貞操を守るために自らの命を投げ出したということ。
自分の思いを遂げるために殺人という非常手段に出た盛遠、愛する者を守るために自分の命を投げ出した袈裟御前。
正に双方が命を懸けた恋愛沙汰。
そのまま盛遠は逐電。出家して文覚と名乗り、彼方此方で滝に打たれる等、諸国を巡り荒行の日々。

崩した豆腐とサヤエンドウをフライパンへ。

その後、文覚となった盛遠は高尾山神護寺に居住。神護寺は空海の旧跡であり、空海を尊敬していたから。当時、荒れ果てていた神護寺の復興のために後白河法皇に直訴。資金にするために荘園の寄進を求めたのですが、酒宴の最中に乱入して勧進帳を読み上げるという殆ど強要と言える手口。却って怒りを買って伊豆に流罪。そこで出会ったのが源頼朝。
同時期に伊豆に配流されていたということ。ここで親交を結ぶ。今は逼塞している源氏ですが、いずれ源氏復興の時には神護寺復興のパトロンになってもらおうと思っていたのか?いわば先物買い?
頼朝との出会いの経緯として、これまた凄まじい話が伝わる。
頼朝の配所にやって来た文覚、手土産として渡したのは髑髏。
「これは平家に討たれた御父上の首。悔しいとは思われませぬのか。是非、決起して、世を悪くしている平家打倒の旗印となられよ」と説いたとか。
ただ、そう言われてすぐに立ち上がる程、頼朝は単純でもない。暫くは様子見。文覚にも何らの言質も与えず。


水を少しだけ入れて蓋。2分程蒸す。

文覚の方が先に許されて、都に戻ったのですが、以仁王の令旨を掲げて、諸国で源氏が決起すると、文覚は頼朝と都の繋ぎ役となり、諸国の情報等を頼朝に伝えるために何度も都と関東を往復。
その熱意が伝わったか、頼朝から神護寺ばかりか空海に所縁ある多くの寺院復興の協力を得ることに。
頼朝が鎌倉を居所と定めて、鶴岡八幡宮を起点として武家の都とも言うべき街づくりを始めると、文覚も鎌倉に屋敷を構える。


蓋を開けて、塩麴と柚子胡椒投入。

江ノ島に弁財天が祀られています。現在でも多くの観光客が集まる江ノ島弁財天ですが、そもそも彼の地に弁天様を勧請したのは文覚。
いずれ頼朝にとって大きな脅威になるであろう奥州藤原氏の当主、藤原秀衡を調伏するのが目的。
人の死を祈願するために弁天様を祀ったということ。
僧侶として、それはどうなのか?
こうした、いわばエキセントリックとも言える行動の数々を見ていると、文覚とは鎌倉幕府におけるラスプーチン的な存在?正に怪僧と呼ぶべきか。
こうした貢献の甲斐あって、頼朝にも後白河法皇にも信頼を得て、神護寺ばかりか東寺や四天王寺等、多くの寺院の復興を成し遂げる。


卵を戻し入れる。

平家が滅亡した後、清盛直系の曽孫、高清という人物が隠れていました。
清盛の祖父、正盛から数えて六代目に当たることから、平家物語では六代と呼ばれています。平維盛の遺児で、滅びた平家の血を引く者。放置しておけば、頼朝が平家を打倒したように源氏に牙を剥く恐れありとして殺されそうになるのですが、文覚がこれを保護。文覚の下で出家するという条件で助命。
若い頃の自分が弱い女の命を奪った過去を悔いていたのか、立場の弱い平家の遺児の助命を嘆願したのでした。


塩麹さや遠藤武者盛遠

程よい歯応えのサヤエンドウに塩麹がよく絡む。柚子胡椒フリークとしては、塩麹との組み合わせも絶妙。自家製豆腐が半端に残っていたので卵と一緒に投入したのですが、これも正解。黄色と白、サヤエンドウの緑と色味がよい。豆腐と卵でWでタンパク質。

後白河法皇が崩御。それから7年後には頼朝も死去。最大の後ろ盾を失った文覚は急速に勢いを失う。
鎌倉幕府打倒を考えていた後鳥羽上皇に睨まれることとなり、佐渡に流罪。
一度は許されたものの、今度は対馬へ流罪。そこに向かう途中で亡くなったと伝わります。
文覚が助命した六代こと平高清も文覚が罪を着せられると、連座するような形で斬首。平家の嫡流は完全に途絶える。
文覚の遺骨は彼が再興を果たした神護寺裏山に埋葬。
激しい生涯を辿った文覚の生涯を妄想しながら、塩麴サヤ遠藤武者盛遠をご馳走様でした。

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