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無園児

息子が生まれた。

とても可愛い子だ。

大事に大事に育てた。

時に苦しみ、腹を立て、泣きながら育てた。

しかし、それ以上に愛おしく、幸せで、笑顔になれた。

大事な大事な息子。

・・・

一歳半になった。

息子は指差しをしなかった。

周りはみんな、そのうちするよ、と言った。

けれど私は、

息子の世界がもしかしたら

私と少し違うのでは、と思った。

息子のことを理解しなければ。

・・・

市の療育センターに相談した。

三、四ヶ月待ちだった。

焦る。

息子のことを理解したい。

これからどうなってしまうのだろう。

・・・

三ヶ月後、

幾度かの面談を経て、医師の診察を受けた。

知的障害を伴う、自閉症スペクトラムの可能性を指摘された。

知的障害。自閉症。

言葉は知っている。

でも一体それは何なんだろう。

息子は笑う。

息子は泣く。

息子はその日も元気に走り回っていた。

息子のことを理解しなければ。

・・・

二歳になった。

プレ幼稚園に通い始めた。

事前の面談で息子のことを話した。

じっと座ってられないこと、他の子とは少し違うこと。

先生は、そのうちできるようになりますよ、と言った。

そうだろうか。

・・・

半年が経った。

プレで楽しそうに遊ぶ息子。

座る時間は、やはり苦手だった。

来年度の入園を考える時期。

その園は、障害のある子も受け入れていることを知っていた。

息子も入れてもらえるだろう。

プレにも通ってるし。

そう思っていた。

・・・

幼稚園の説明会に参加した。

私は念のため、

息子の障害のことを伝え、

入園が可能かどうか、質問した。

市の機関に相談はされていますか、と質問で返された。

不安がよぎる。

相談しています。

療育を受ける計画も立てています。

そう答えた。

まずは療育とかそういったところに通われるのがいいと思います。

個別にお話ししましょう。

そう言われた。

けれど待っていても

話す機会はめぐってこなかった。

私の方から幼稚園にかけ合い、

副園長先生とお話しする時間を設けてもらった。

予約が取れたのは一ヶ月以上先。

願書配布の一週間前。

・・・

副園長先生との面談の前に

プレの個人面談があった。

息子が遊んでる横で、

三人の先生とお話しした。

年少入園は無理だと思います。

はっきりと言われた。

他の子と違って指示が通りません。

息子くんは早生まれですが、年齢は関係ないと思います。

他にも言葉が出ない子はいますが、それとは違うと思います。

みんなで手遊び歌をしたり、紙芝居を聞いたりする時、

息子くんだけはもう完全に別にしています。

立て続けに言われた。

そんなのは、わかっている。

事前に伝えたはずだ。

何を今さら息子の前で、それを言う必要があるのか。

泣いたら負けだ。

息子が見ている。

息子を「可哀想な子」にしたくない。

何と返したかはよく覚えていない。

ただ、息子の良いところはどこだと思いますか、

と聞いた気がする。

下を向いて黙って聞いているだけだった二人の先生が、口々に

笑顔がとても良い。のびのび遊んでいる。

そう言った。

そうか、とだけ思い、

当たり障りのないことを返して、園をあとにした。

・・・

三日後、

副園長先生との面談があった。

あれはプレの先生だけの意見だったのか、

それとも園としての考えなのか、

それを明らかにしなければ。

園としての考えだった。

ただし、前置きがあった。

外部から、障害のある子が入園を希望している。

プレでも、息子以外に人手の必要な子が複数人いる。

人手が足らない、と。

その上で、

息子くんのためには、もう一年プレの方が良いと思います。

入園したら、息子くんが辛い思いをすると思います。

と言われた。

プレでも聞いた言葉。

息子のために。

息子が辛い思いをする。

それを決めるのは、

私やあなた方ではない。

息子だ。

でも、息子は喋れない。

だったらその選択肢を

与えてやるべきなのではないか。

それに挑戦して辛かったら

やめればいいのではないか。

人手が足らないのであれば、そう言えばいい。

息子のために、

息子が辛い思いをする、

と言って、

私や息子の問題にすりかえてしまってはいないか。

人手が足らないのであれば、

なぜプレに通っている息子より

外部から入園を希望している子が優先されるのか。

色々な思いが駆けめぐった。

でも、議論はしなかった。

ただひとつ、

何が息子のためになるかは

誰にも決めることができないので、

息子のために、と断定はしないで欲しい。

とだけ言った。

息子はいなかったので、流れる涙はそのままにしておいた。

・・・

幼稚園の願書配布日まで一週間。

できることをしよう、と思い、

発達に遅れがある子の入園相談が可能なところを調べ

通園が可能なすべての園に電話した。

プレの園をのぞき、

幼稚園 十園、子ども園 三園。

結果、

見学の日程が合わなかった子ども園二園をのぞく、

すべての園から入園を断られた。

頭が真っ白になった。

まさか。

・・・

私が悪いんだろうか。

幼稚園で、同年代の子達と一緒に学ばせてあげたい。

そう思うことが間違いなのだろうか。

障害のある子は、

幼稚園に行ってはいけないのだろうか。

障害のある子が、

幼稚園に行っても意味がないのだろうか。

それは、誰にも決めることはできない。

やってみなければわからない。

やる前に道を閉ざすようなことがあっていいのか。

その子に幼稚園が合わない場合、

いつでもやめることができる。

療育と並行して幼稚園に通うこともできる。

すべての子どもに

等しく選択肢が用意されるべきなのだ。

・・・

その間にも、プレ幼稚園はあった。

息子はプレが終わって扉が開くと、

いつも一番に走ってくる。

他の人たちの顔を確認しながら、

ジグザグに走るのだ。

私を見つけると、

息を切らしながら

笑顔で飛びついてくる。

息子は喋れないけれど、

きっと

ママ、今日はこんなことして遊んだよ。

おやつ美味しかったよ。

などと、伝えようとしている気がしてならない。

ああ、

そんな息子が、可愛くない親がいるだろうか。

愛しくない親がいるだろうか。

そんな息子が、学ぶ場を与えられないことに

悲しまない親がいるだろうか。

・・・

息子が生まれるまで、

こんな思いをしている人がいるなんて

知らなかった。

きっと今までも、

そして声を上げなければ

これからも、

こんな思いをする人達が

いるのだろう。

何とかしなければ。

私は動こう。

声を上げよう。

みなさんどうか、

知ってください。

障害のある未来の子ども達のために。


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