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『モービウス』はダークヒーロー風正統派ヒーロー誕生譚

 ニューヒーローは善悪の狭間で揺れる天才吸血鬼。シンプルで分かりやすい、今後の展開が楽しみなSSU最新作!

予告編はだいぶテキトーぶっこいてるので中身は気にしないでください。

 現代は大アメコミヒーロー映画時代。月1回は何がしかのアメコミ映画が公開され、年に何人も新ヒーローが誕生してヒーローが大渋滞なのが今のアメコミ映画業界です。まあ、アメコミ自体に長い歴史もあるのでキャラクターはとにかく多いですからね……。

 そんなアメコミ映画界に颯爽と登場した、風変わりなヒーローを主役とした新シリーズが2022年のダークアクションホラースーパーヒーロー映画『モービウス』です。

 現在のアメコミ映画界隈はシェアード・ユニバース展開が基本。シェアード・ユニバースというのはマーベル・コミックスの「MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)」やDCコミックスの「DCEU(DCエクステンデッド・ユニバース)」のような、同一世界観を共有して無限の広がりを見せる映画シリーズ群のことです。昔の東宝怪獣映画もシェアード・ユニバースみたいなもんですね。
 この手法で絶大なヒットを生み出し、同系統の映画群の最先端を突き進むのが『アベンジャーズ』に代表される豊富な人気キャラクターを有するMCU。ちょっと失敗気味なのがスーパーマンやバットマンが活躍するDCEU。マーベルだのDCだのは日本でいう週刊少年ジャンプだの週刊少年マガジンだのだと思っておけばいいです。雑な理解ではありますが、アメコミは基本的に同じ会社のコミックスは世界観を共有しています。『ファミコンジャンプ』状態がデフォみたいな感じ。
 だからこそハマれれば次々と新しい展開や繫がりが生まれて超楽しいんですが、関心が低いとメチャクチャめんどくさそうですよね。分かります。実際、ドラマシリーズまで存在するのでガチで全てを追い掛けるのはそれなりにめんどくさいです。いやベラボーにめんどくさいです。やってません。
 さらにめんどくさいことを言うと、話題になったアメコミ映画でもDCコミックスのDCEUに存在するキャラクターを主人公にしているにも関わらず、『ジョーカー』や『ザ・バットマン』はこれらの映画群とは全く無関係なそれぞれに独立した新シリーズだったりします。何で同時に同じキャラクターを何人も使っちゃうの!?

 現行のスーパーヒーロー・ユニバース映画はMCUはディズニー、DCEUはワーナーが進めています。そして今回の『モービウス』が属するのはソニーがやっている「SSU(ソニーズ・スパイダーマン・ユニバース)」。今作がユニバース全体で3作目というまだまだ若いシリーズです。
 MCUと同じマーベル・コミックスのキャラクターが登場する映画群ですが、会社も違うので映画世界も別物。しかしMCUのマルチバース(並行宇宙みたいなの)のひとつでもあるので、互いのキャラクターが互いの映画に参戦する状況が生まれたり……。ソニーがスパイダーマンの映画化権を保有し続けていることで起こるシチュエーションですが、ファンには楽しくても初見だとややこしいことこの上ないですね。と言うか、恐らくこの2つのユニバースは同じシリーズ群だと勘違いしてる人が相当数いると思います。

 SSUはソニーが持っているのがスパイダーマンの映画化権ですので、その名の通りにスパイダーマン関係のキャラクターに特化したユニバース。でも今のところスパイダーマンは存在しません。ややこしいですね。
 これまでのシリーズは『ヴェノム』『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』の2作品なので、今作で初めてヴェノム以外のスーパーヒーローが語られることになります。

今回出番はないヴェノムさん。可愛い。

 そしてこれまでの『ヴェノム』シリーズを観た方ならお分かりかと思いますが、今のところこのユニバースの全体の作風は「大味でシンプルで分かりやすい」です。MCUだのDCEUだのがエンタメ性を保持しながら現代で語るべきテーマを盛り込もうとしているのに対し、SSUはポカーンと口を開けて観てれば中身が分かろうと分かるまいといつの間にか終わってて楽しいモノを観た気になる。わざわざ説明する必要のあるようなことが一つも発生しない。そんな映画群です。楽しいね!
 今作もその特徴は大いに受け継いでいますので、単純明快でどこか懐かしさも感じるお気軽映画となっています。

 タイトルはそのまんま主人公のヒーローネーム。モービウスはヴェノム同様にスパイダーマンの代表的な悪役の一人で、時にはヒーロー側で戦うこともあるキャラクターです。本名がマイケル・モービウスですので、まあもうそのまんまというか。「スーパーヒーローの鈴木だ!」みたいな感じなんですけど。いちおう正式名称としては「モービウス・ザ・リヴィング・ヴァンパイア」とかいうクソ長い名前もあります。これもやっぱりそのまんまで、彼は伝説に出て来る吸血鬼のような能力を備えたヒーローなんですね。

 ちなみに彼が初登場した1971年当時のコミックスでは、コミックス倫理規定委員会による子どもを怖がらせるモンスターを登場させてはいけない規制(過激な暴力規制のひとつ)があって、そこでモービウスは不死者ではなく「"リヴィング"・ヴァンパイア」として登場したという逸話があります。なので吸血鬼そのものではなく、あくまで吸血鬼みたいなスーパーパワーの持ち主なんですね。そんなんでいいのか、コミックス倫理規定委員会。
 名前の元ネタは1956年のSF映画『禁断の惑星』の主人公モービアス博士から。ロビー・ザ・ロボットが出るヤツ。

 3月にDCコミックスの『ザ・バットマン』が公開されたばかりですが、そんなリヴィング・ヴァンパイアなモービウスは正真正銘の「バットマン」。人の身体にコウモリの遺伝子を持つ改造人間なのです! かっこよ~!

 彼が自分の吸血衝動に抗い、善悪の狭間に揺れながら、悪業を止めるために戦う姿を描きます。果たしてモービウスはヒーローなのか、ヴィランなのか……!


監督

 監督はスウェーデンの映画監督ダニエル・エスピノーサ。あんまりピンと来ない名前でしたが、フィルモグラフィーはデンゼル・ワシントン主演の『デンジャラス・ラン』に高評価のスリラー映画『チャイルド44』。そしてヴェノムっぽい可愛い不定形宇宙生物と宇宙船の中でキャッキャウフフして楽しむSFサバイバル映画『ライフ』の監督という、信頼性のある経歴のオーナー。SSUをやるにはドンピシャリな人選と言えるでしょう!


キャスト

 主人公マイケル・モービウスを演じるのは怪優ジャレッド・レトです。最近では『ハウス・オブ・グッチ』でグッチ一族の変わり者パオロ・グッチを演じました。アメコミ映画ではDCEUで『スーサイド・スクワッド』のジョーカーを演じています。

ジョーカーだった頃のレト。復活して欲しい。

 ジャレッド・レトといえばやり過ぎるほどのメソッド演技(役と自分自身を重ねてなりきっていく手法)の演者で、それが問題になることも。『スーサイド・スクワッド』でアメコミ界でもトップクラスに危険人物であるジョーカーを演じた時は、共演者全員に豚の死体を送りつけるなどした有名なエピソードがあります。その結果、監督も含めて全員に悪い意味でビビられたという……。結局、このジョーカーは劇中での扱いも悪く、評判もイマイチで何ともやるせないのですが。
 じゃあ今回は人の血でも吸ってたのかというと、モービウスは自分の素の性格に近いからそういう強引な技を使う必要はなかったそうです。良かったね。そもそも役作りで共演者にトラウマ級にヤバいモノを送りつける必要なんて、普通は一生ないんだよ!

 親友マイロ役はイングランドの俳優マット・スミス。イギリスのテレビドラマ『ドクター・フー』において、11代目ドクターを演じたことが有名です。最近の映画ではエドガー・ライト監督の『ラストナイト・イン・ソーホー』。スケコマシのクソ野郎ジャックを演じました。
 マイロの元ネタはコミックスでスパイダーマンと戦ったスーパーヴィランのハンガー。

 ヒロインの女医マルティーヌ役のアドリア・アルホナはプエルトリコ出身29歳。マイケル・ベイの『6アンダーグラウンド』でもメインキャラクターの一人、"ドクター"であるファイブを演じました。

 イギリスの名優ジャレッド・ハリスが演じたのはエミール・ニコルズ医師。コミックスでは同い年の親友ですが、映画ではだいぶ年上になりマイケルとマイロの父親のような存在です。
 ハリスは60歳、イングランド出身。『ハリポタ』シリーズのダンブルドア校長でおなじみの名バイプレイヤー、リチャード・ハリスの息子です。自身も『バイオハザードⅡ』のアシュフォード博士や『シャーロック・ホームズ シャドウゲーム』のモリアーティ教授など、主にバイプレイヤーとして映画やテレビで活躍されています。

 あとはFBI捜査官アル役のアル・マドリガルがかなりいい味出してて愉快なんですが、FBI捜査官でメインになるのは『ワイスピ』シリーズのローマンなどで有名なタイリース・ギブソン。『ワイスピ』ではユニークなコメディリリーフを務めていますが今作では一転、シリアスかつ優秀な方の捜査官ストラウドを演じています。でも『ワイスピ』シリーズのイメージに引っ張られて、真面目なキャラでもギャグに見えてしまうという恐ろしいポジションです。
 最初はこのストラウドはハイテクアームを装備したサイボーグ刑事になる予定だったようですが、色々あって普通の人に落ち着きました。予告編の内容のテキトーさもありますし、どうも結構内容に変更はあったみたいですね……。

 あとまあ、予告編でメインキャラクターみたいに出てるマイケル・キートンがいますが、この人のことは一回忘れていいです。キートンは1989年のバットマンなのでバットマン繫がりで面白がって出したんじゃないかとも思ってるんですが。登場自体は面白いんだけど、ミッドクレジットだけの出番で本編とは全く関係がないんですよね……。だからこれ、サプライズを予告編で丸出ししてるムチャクチャな状態なんですよ。この人も元々は予告編ばりにバリバリ出て来る予定だったみたいですけどね……。


親友との誓い

 主人公マイケル・モービウスはギリシャ出身。幼い頃から、治療法が発見されていない珍しい血液疾患によって病院暮らしをしています。架空の病気なので詳しいことは分かりませんが、そのため1日に3回も全身の血を交換しないと死んでしまうと言われているんですね。血液の交換って言ってますけど、たぶん血液透析ってことだと思います。

 マイケルは10歳の時に、自分と同じ血液疾患で苦しむ少年マイロが隣のベッドにやってきて親友になりました。
 マイロは実はマイロじゃなくって本名はルシアンなんですけど、お隣さんを「マイロ」と呼ぶ奇癖を持つマイケルは彼を前振りなしで勝手にマイロと呼び始めるんですね。湯婆婆でももうちょっと本名をリスペクトした名前で呼ぶのに……。
 そしたら何と他の人も全員マイロのことをマイロって呼び始めるので、浸透度がエグいというか。ホラー映画の導入なら危険な香りが漂う場面ですけど、別にこれ何かの伏線でも何でもないんですよ。まあ幸いにしてマイロも友達が名前をつけてくれることそのものを気に入っていたようですので、2人の絆エピソードみたいな?
 ちなみに歴代のマイロは全員病気でそのまま死んでマイケルの前からいなくなっています。縁起が悪いよ!!

 何で「マイロ」なのかもよく分かんないんですけど、ラテン語で兵士を意味する「Miles」を元にした名前が「Milo」という説がありますので、一緒に病と闘う戦士ということなのかもしれません。
 健康な身体を持ったことがなく常に病に苦しむマイケルにとっては、自分達は常在戦場の戦士なんです。そして恐ろしいことに近所の学校に通う健康優良キッズ達は入院している彼らのことをいつもバカにしていて、イジメて遊んでやろうと虎視眈々と隙を窺っています。どういう教育を受けてるんですか?
 健康な身体を持つ多数の敵に囲まれた自分達を、マイケルはザック・スナイダー監督の『300』で有名な100万人のペルシャ軍と戦った300人のスパルタ軍よりも不利な戦況を戦う2人の戦士として鼓舞するのです。不健康な身体でいるから、マッチョな戦士の姿に憧れがあるのかも知れませんね。

 そうして2人は親友以上に兄弟のように仲良く過ごします。マイケルは身体は健康ではありませんが天才的な頭脳があり、趣味でとんでもなく複雑な構造の折り紙を作ったりしてるんですね。別に折り紙が上手いから……ってことでもないですが、2人の主治医であるニコルズはマイケルの頭脳に注目し、ニューヨークに渡って治療を受けながら勉強することを勧めます。マイケルは勉強して自らが医者になることで自分達を苦しめる病気の治療法を確立するとマイロに約束し、遠く離れたアメリカへと渡っていくのでした。


禁断の実験

 それから25年が経ち、マイケルは天才医師として若くして血液の病気に関する権威にまでなりました。青色の人工血液〈ブルー〉を開発したマイケルはそれで多くの人の命を救い、35歳でノーベル賞を受賞するに至ります。

 マイロもただ、ギリシャの病室でマイケルを待つだけではありませんでした。マイロは頭脳ではマイケルをサポート出来ません。しかしニコルズ医師に引き取られたマイロも何だかんだでアメリカに渡り、イマイチ説明がないので何だか分かりませんがマイロ・モービウスとして金銭面でマイケルを助けます。
 もともと裕福な出身だったのか、株か何かで大金を稼いだのか、ともかくマイケルのために研究設備付きの病院のオーナーとなり、そこでマイケルを雇って莫大な研究資金を提供してくれています。この映画、基本的に余白とかのレベルでなく説明しないとこがあります。

 そうして得た研究成果の一つが画期的な人工血液ブルー。ですが、これはあくまで実験の副産物で生まれたモノ。多くの人を助ける発明ではあるものの、肝心のマイケル達の病気を完治させるようなモノではないんですね。
 マイケルがいつ死んでもおかしくない身体で医者になったのは、自分とマイロの病気の治療方法を見つけるため。そして自分達と同じ血液疾患で苦しむ人達を救い、人生に希望をもたらすためです。どれだけ価値のあるモノでもマイケルからすれば失敗作。そんなことでノーベル賞なんて馬鹿らしい、とマイケルは授賞式をボイコットして辞退してしまうのでした。

 夢と希望を抱いて35歳まで何とか生きてきましたが、2人ともどんどん身体は弱り、着実に死に近付いています。マイケルの身体はホアキン・フェニックスの『ジョーカー』のように痩せて背骨が浮かび上がり、顔色も常に幽霊のように真っ白。歩くのもままならないから、子どもの頃から両手に杖を持ってポール・ウォーキングみたいにしないとお出掛けもできません。

 もう残された時間が少ないことを予感するマイケルは、兼ねてから研究を進めていたある実験に着手します。それは吸血コウモリの遺伝子と人間の遺伝子を合成した特殊な血清を打ち込むという、何だかとっても非合法なモノでした。つまりキメラ細胞を使って病気で不足している情報を補う、みたいな? 『ジュラシック・パーク』で恐竜のDNAをカエルだかヘビだかで補っていたように! 吸血コウモリは血を飲むために血液を凝固させない成分が唾液に含まれているらしく、細かいことは分かりませんが何かそういうことみたいです。ちなみに実際に吸血コウモリの唾液は、血栓を溶解させて脳梗塞を防ぐための薬として研究されているそうです。

 まあ、コウモリから薬を作るのとコウモリの細胞とヒトの細胞をねるねるねるねするのは全然違う話ですからね……。適法性もさることながら、そもそもこのキメラ細胞はマウスで実験していても拒絶反応を起こしてなかなか定着してくれません。まあ科学の進歩というモノはこういうトライ&エラーの繰り返しなのでしょう。100回以上も実験を繰り返し、とうとうマイケルはキメラをマウスに定着させることに成功します。てーれってれー! 後は実際に人間に使ってみるだけだ!

 ちなみに。大人になったマイケルは同僚の女医マルティーヌと何となくイイ雰囲気の関係を築いています。なのでいきなり出てきたこの優秀なドクターとともにこの実験にも挑んでいます。まあ、ヒロインなんですけどね?
 マジで急に出てきて「早く付き合っちゃえよ」みたいな状態で始まるヒロインだから、関係は出来上がってるけど観客的には特に思い入れがないヒロインという恐ろしい存在です。これ普通に失敗だと思うんですけど、10歳から35歳までの間に上手いことマルティーヌとの出会いとかイチャコラシーンとか挟み込んどいた方が僕らもスッキリ歓迎できたんですよね……。
 だって最初に少年時代のエピソードからやってるから、マイロとの絆を観客も先に作っちゃってるんですよ! だから何か「ポッと出の女」感がスゴいんですよ、この人!
 まあどうせメインはマイロだし、結局そこまで大した見せ場もないので終わってみれば何でもいいんですけど。

 そんなこんなでマイケルは法の目をすり抜けるためにマイロから追加のお小遣いをもらって傭兵と船をチャーター。国際水域で合法的に非合法な海上実験を行います! そんないかがわしいのに付き合ってくれるあたり、マルティーヌは仲間としては本当にありがたいんですけどね……。
 しかし、これでとうとうマイケルは禁断の扉を開けてしまったのでした。


リヴィング・ヴァンパイア

 マイケルが自らの身体で人体実験を行い治療薬を打ち込むと、何と痩せこけた身体は見る見るうちにムッチムチのマッチョボディに早変わり! やったな! しかしその副作用として、マイケルはコウモリっぽくなってしまいます……。やっちまったな!

 具体的には血清を打ってから様子を見てる間、ちょっと目を離した隙に天井からぶら下がって理性を失っていたマイケルさん。顔面も鼻が低く潰れてコウモリフェイスなんですが、バケモノじみた異常な身体能力と強烈な吸血衝動が宿り、数時間置きにグビグビ血を飲まないともう何をしでかすか分からないほど我を忘れて凶暴になる困った暴力性を獲得してしまいます。いくら何でもそうはならんやろ、と思っても実際になっちゃってるんだから仕方がない。

 悪いことに、その様子に恐れをなした傭兵の皆さんはマイケルに向かって遠慮なく銃を乱射。彼の攻撃本能を刺激してしまいます。まあ、わけわからん実験に付き合ってたらわけわからんバケモンが出てきちゃったわけで、そりゃ怖いですよね。
 完全に我を忘れたマイケルは全く自分をコントロール出来ず、傭兵の皆さんをまとめてカラッカラになるまで血を吸って殺してしまいます。

 マイケルが吸血鬼的スーパーパワーを発揮する時は、顔面も肉体もコウモリ風味の怪物的ビジュアルに変化。見た目だけでなく、鉄の扉を叩いて壊すパワー、銃弾を撃たれてからかわせるスピード、他にも様々な特殊能力を備えます。

『モービウス』はこの強さの表現が良くて、動きが超速いことを示すのに一瞬で移動した跡に黒い霧のようなモヤモヤした残像が出るんですね。吸血鬼は霧に変身するのが定番ですので、そういうイメージの演出ですね。それで超高速で接近して鋭い爪でズバシャー! ここぞってところではスローモーションでメリハリをつけて魅せる。こういうところがバツグンに上手い。演出そのものはそこまでトリッキーな表現でもなくどちらかと言えば使い古されたような見せ方ですが、シンプルにカッコ良い「スゴいんだぞ」描写を巧みにやってくれてるのはポイント高いです。
 そして特殊能力としてピックアップされるのがコウモリイヤーは地獄耳なところ。超音波エコーを利用して音の反射で視覚で捉えられていない場所でも広範囲を立体的に把握したり、遠くの声を聴いたり出来るんですね。この時には瞳がグニャグニャーッてなって、耳までヒダヒダがウニョウニョついてコウモリっぽくなるのがなかなかにキモめの変化でゾワゾワします。

あと何か分からんけど飛びます。どういうこと?

 傭兵の皆さんは非合法上等な犯罪者集団でしたので、「まあ何かええんちゃうか?」みたいな空気もありますが、マイケルは医師なので行動規範はあくまで人を救うことです。そのために強行した違法な実験で自ら恐ろしい大量殺人を引き起こし、オマケにマルティーヌも巻き込んで危険な目に遭わせてしまいました。殺すだけ殺してお腹いっぱいで我に返ったマイケルは、自分のやらかしたことに恐怖を感じて逃げ出します。

 それはそれとして、生まれて初めて手に入れた超健康ボディは超気持ち良いんですよ。血色も良く、筋肉にもハリがある。最高に「ハイ!」てヤツだアアアアハハハハハハー! と嬉しくなってテンション爆上がり。
 血を飲まないと元に戻ってしまう欠点はありますが、当分は数時間置きにブルーを飲んでれば何とかなります。研究室に籠ったマイケルは、知的好奇心も手伝って自分自身の新たな肉体のスペックを調べていきます。切り替え速いな。

 しかし念願の健康ボディを手に入れたとはいえ、こんな怪物は二度と生み出してはいけないという想いも確かなものです。見違えたムキムキマイケルを見て、自分も治療薬を欲しがるマイロを心を吸血鬼にしてガツンと突き放し、マイケルはたった一人で吸血衝動に抗い続けます。結局、また孤独な戦いを続けるのです。
 ところがそんな中で、マイケルが全く身に覚えのない吸血殺人事件が街中で連続発生してしまいます。被害者は全身の血を抜かれており、まるで吸血鬼の犯行のよう。衝動に負け、知らないうちにマイケルがやってしまったのか……? 前科があるだけに、自分でもイマイチ自信が持てません。急にムキムキになったり色々怪しいマイケルはFBIからも犯人として指名手配され、追われる身となってしまうのでした。


大いなる力には大いなる責任が伴う

 まあ、マイロが勝手にマイケルのコウモリ血清を使って事件を起こしているわけなんですが……。代用物を使いながら孤独に衝動と戦ったり、社会的な信用を失って疑われたり、ハマりきった親友が変わり果てた姿になってしまったり、今作の吸血行為はドラッグ依存っぽさもありますね。ヒトの生き血である〈レッド〉を吸った直後の万能感とか。上物のレッドは純度がブルーとは段違いらしいですよ。
 そうしてすっかり怪物としての生き方に染まってしまった親友を止めるため、マイケルは戸惑いながらもマイロと戦っていきます。

 ヒーローと悪役が全く同じ力を使いながらも異なる理想を追うのはヒーローモノの基本でもあり、分かりやすい構図ですね。『仮面ライダー』もそうですし、アメコミヒーローも同じパワーを使う敵と戦うことはよくあります。とりわけマーベル・コミックスはヒーローの在り方をスーパーパワーではなく精神性に求める傾向がありますので、同じパワーでも使い方ひとつで善にも悪にも変わるという対比は実にらしいものがあります。

 マイケルもマイロも生まれてからずっと死の恐怖に怯えながら生きてきて、健康なヤツらには見下されてイジメられてきました。マイケルは人を救う生き方を選択し、スーパーパワーで人を傷付けてしまうことを恐れます。しかしマイロはそのスーパーパワーを自身の欲望のために受け入れ、悪い方向にはっちゃけてしまうのです。これまでのコンプレックスが全て世間への復讐としてカタチを得てしまうんですね。まあそれも気持ちとしては分かるんですが……。手に入れた力の大きさに対して、心がひねくれてしまって小さいままなんですよ。
 マイロはこれまで病で不自由だった自分の身体も心も思いっきり解放して、楽しく人を殺して血を吸って、地下鉄の駅でマイケルと対峙した時は死体の前でノリノリで踊ります。て言うか、このマイロいつもノリノリなのでわりと踊ります。可愛い。ホアキン・フェニックスの方のジョーカーになった直後のジョーカーって感じもしますし、『スパイダーマン3』ではブラックスーツを着て心が悪に染まったピーターがノリノリのダンスを披露していますね。そんな感じ。
 マイロには互いに思い合える親友がいたのに、一人でこうなっちゃったのは悲しいことですね。

 そしてこういう対比は非常にスパイダーマン的な描き方であると言えます。繋がりが全くないわけでもないので観てもらえばいいんですが、今年公開された『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』にはこの20年ほどの映画で語られてきたスパイダーマンの精神がたっぷり詰まっています。
 スパイダーマンの悪役というのは、善人でありながらも世間からバカにされてきた人間が大きな力を得た時に浮ついて翻弄され、欲望のままに力を振るう悪に堕ちてしまうんですね。例外もありますが。サイとか。
 一方、スパイダーマンも元は目立たないイジメられっ子の科学オタクです。しかし偶然クモに噛まれてスーパーパワーを得た時に、人々を助けるために力を使うことを決めてスパイダーマンになりました。彼を導いたのはベン叔父さんの有名なセリフ、「大いなる力には大いなる責任が伴う」です。これがなければスパイダーマンも自分の力に酔いしれる悪党だったかもしれません。際どいところで方向が違っただけで、ソニーの『スパイダーマン』において正義と悪の根っこはほぼ同じなんですね。

『スパイダーマンNWH』では因縁の悪役グリーン・ゴブリンが、悪役達のスーパーパワーを治療して助けようとするスパイダーマンを嘲笑して「俺達を治す必要なんてない、俺達の力があれば神にもなれるのにお前は人助けなんてしてバカなヤツだ」という感じのことを言います。「この力は呪いじゃない、ギフトなんだ!」と。
 これと全く同じことをマイロがマイケルに言う場面があるんですね。マイケルは手に入れしてしまった吸血鬼パワーを「呪い」と表現して暴走するマイロを思い留まらせようとしますが、それに対してマイロは「これは呪いじゃなくてギフトだ!」と返します。マイロにとってはクソミソな人生の逆転チャンス。自分を見下していた相手の上に立ち、勝ち組に一気に生まれ変わる確変を起こすための贈り物と考えました。

 マイケルもマイロも同じ苦しみを味わい、同じように自分達に冷たい世間と戦うことを誓い合った仲です。でもほとんど同じ境遇ではあっても、マイケルは天才医師として世界にもてはやされました。父親同然のニコルズ医師にも自分と違って将来を期待されていたように思います。オマケにポッと出の美しいヒロインまでいるんですよ! 友達が先にオトナの階段を上がっていくとちょっと悔しいですからね!
 結局のところ、当然ながらマイケルとマイロは違う人間です。マイロは外の世界で自分にないモノをたくさん手に入れたマイケルにも内心ではコンプレックスがあって、密かに嫉妬心も燃やしていたと推測出来ます。そういうのは全部、マイケルがマイロのために治療法を探そうと頑張ってきた中で得たモノなので何とも皮肉な話。

 そもそも2人が少年時代に求めていたのは特別な力を持つことでも世間に復讐することでもなく、"普通"になることでした。パワーを手にして歪んでしまったマイロに対し、吸血鬼になっても人を傷つけない生き方を模索するマイケル。
 マイケルが自分の責任として親友と決着をつける決意を本格的に固めたきっかけは、父親のような存在だったニコルズ医師がマイロに殺害され、今際の際にマイロを託されたことです。スパイダーマンにおける死の間際のベン叔父さんの言葉のように、これがマイケルの進む方向を決定づけます。
 さらに最愛の人であるマルティーヌもマイロの手にかかり、ブルーで本能をごまかしてきたマイケルは彼女のレッドを啜ることで自身も怪物としてマイロと対峙します。冒頭でアメリカに旅立つ際にマイロに渡した手紙に書いたように、「もう元には戻せない」のです。2人の関係は『アメイジング・スパイダーマン2』でのピーターとハリーの関係を彷彿とさせます。

 意図的なモノかどうか、多元世界のスパイダーマンとダブる面も多いモービウス。風変わりなダークヒーローのようでいて、王道ド真ん中のスーパーヒーローの要素も大盛りで抱え込んでいます。自分のパワーを受け入れることを選んだ彼が今後、スーパーヒーローとして生きていくのか、はたまたスーパーヴィランとして生きていくのか。
 これまた王道な次回への引きの場面に、今回は出番が少なかったストラウド捜査官の次作以降での活躍、同じ世界に生きるヴェノムとの絡みなど、この先の展開として気になるところもわんさかあります。まあ、大味は大味なんですが……。テイストでMCUとの差別化は出来ているので、とにかくここからどれだけ盛り上げてくれるかがまだまだ楽しみなシリーズになりそうです。


それはそれとしてどうしたいのか分からない部分

 問題はミッドクレジットなんですよね……。非常にワクワクするフリではあるんですが、ミッドクレジットでは何とMCUから絶賛収監中だったヴァルチャーことエイドリアン・トゥームスがSSUの世界に転移してきます!
 これはもちろん、『スパイダーマンNWH』でドクター・ストレンジの魔法によってマルチバースの境界が乱れたことの影響。いや、あれはマルチバースからスパイダーマンの正体を知る者を呼び寄せてしまう状態だったわけで、何でトゥームスが何の関係もないSSUに呼び寄せられてるのかよく分かりませんが……。

 そもそもねえ、僕はトゥームスは『スパイダーマン:ホームカミング』でのピーターとの戦いでそこそこ反省してるんじゃねえかと期待してたんですよ。
 ヴァルチャーはアイアンマンが仕事を取り上げた上にろくなアフターケアもしなかったことで生まれてしまった悲しいヴィラン。大企業に自分達の領域の仕事まで奪われて食っていけなくなるから、家族のためにも犯罪者になってでも稼ぐしかなかった、あまりにも悲しい中小企業の苦労人社長の末路なのです。それでもやっぱり犯罪に走っちゃったのは間違ってたんだよな……って、娘の恋人候補だった若造スパイダーマンにボコにされて反省しておいて欲しかったなと……。
 それがもう別世界で自由の身になるや、ありあわせのパーツとMCUより明らかに劣るSSUの技術だけでヴァルチャーのスーツを再現してしまうほどのやる気満々ぶり。天才じゃん。やる気の方向間違ってますよ。すんごくスパイダーマンにリベンジする気満々でいるけど、もうさすがに逆恨みが上等過ぎるし、MCUに残してきた家族のこととかどうでもいいのか? と悲しくなっちゃう堕落具合です。お前のことを信じていたのに!

 そんなヴァルチャーがモービウスをわざわざ呼び出して、対スパイダーマンのための共闘を求めるところで幕。『NWH』でのトムハ・ヴェノムのようなサービス的顔出しではなく、どうもガンガンにSSUでメインキャラとして頑張っていくような気配です。ほら、一回限りのMCUとのコラボかと思ったらホイホイ引っ張り続ける! そういうことするから皆がよく分からなくなるんですよ!

 実際、これどういう展開にしたいのかが全然分かんなくて……。そもそもがまだこの世界で僕達はスパイダーマンの姿を見ていないですから、存在も不確定なスパイダーマンと戦うための同盟が先に作られるのはちょっと気が早過ぎるように感じるところです。
 でもスパイダーマンは映画化権を持ってるのはソニーですからね。MCUでのスパイダーマンも配給はディズニーじゃなくてソニーなんですよ。つまり、たぶんその気になればMCUのトムホ版スパイダーマンはSSUに連れて来れるということ。『NWH』でちょうど人々の記憶からも消えましたので、トムホくんのスパイダーマンはいつでも異世界に転生してもやっていける状態です。
 あるいは、エスピノーサ監督が「SSUの世界にもスパイダーマンは存在する」みたいなことを言っていますので、全く新しいスパイダーマンを出すのも可能です。混乱するのは観客だけ。区別しにくいとマジで困るから、出来れば出すにしてもイタリアンスパイダーマンとかで何とかして欲しい。
 ソニーは『アメイジング・スパイダーマン』の打ち切りで幻になった悪役軍団のスピンオフ映画『シニスター・シックス』を復活させようとしているとも言われていますので、まあそうなったらそうなったで楽しみではありますね。シニスター・シックス結成の暁にはイタリアンスパイダーマンも混ぜてあげてください。


 そんなこんなでこれからどんどんマーベルのアメコミ映画シリーズの世界はややこしくなっていくんだな、て話でした。ソニーのスパイダーマン映画が広がっていくとファンには面白くなるので、今回は上手いことやって欲しいですね。

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