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ライディング・ホッパー チャプター2 #1

ライディング・ホッパー 総合目次
ワタル:主人公。
トレミー:ワタルの相棒。AI。
コウイチロウ:巽建機の御曹司。先のレースでワタルに敗退。
アカネ:ワタルの友人。カナズミ社所属。


かつては環状道路が引かれ、滋賀随一の観光スポットとして栄えた琵琶湖周辺には既に人の気配はない。ひび割れたアスファルトから生い茂る草木が路面を覆い隠し、豊かな自然へと還った美しい湖畔の一角に、そのコテージはあった。

カナズミ・フィナンシャル・グループが所有するそれは要人の避暑地として用いられるだけでなく、極秘会合の場として具されることもある。このコテージに現れたのはアカネであった。

ーー白いワンピースに広いツバ付き帽子を被った姿で。

しかしその顔は苦虫を噛み潰したようなひどい有り様であり、生地を破かんばかりにワンピースの裾を握りしめている。

「ちょっと!まだ撮影終わらないの?あたしは早く戻ってギアの調整をしたいんだけど」
「すみません、あと湖畔を歩くカットを撮ったら終了ですので」

機材の準備をしてきます、と言うだけ言って撮影スタッフは身を翻して駆けて行った。こちらの返事も聞かずにだ。

どうしてこうなったのか、アカネは苛立ちと共に思い返す。

初めはいいことずくめだと思ったのだ。大破したフェアリーテイルを無償で修理することを条件に、カナズミのオフィシャルギアライダーとして次回のレースに出場する。本契約前のデビュー戦だ。アカネはアライアンスの企業からオファーが来た時も動じなかった。プロリーグでも自分が通用すると自負しているからだ。

それがカナズミのギアライダーとして契約を交わした途端、期待の新人と祭り上げられ、雑誌の特集記事だとかで(そもそも彼女が住んでいたストリートでは、雑誌なんてものは流通していなかった)こうやってグラビア撮影なんてさせられている。こんな着た心地のしない服装を強いられてだ。

もう何日もライディングギアに触れていない焦りの中、カナズミの重役だという冴えない男性から聞かされた話は、ワタルとのリベンジマッチで新型ギアのプレゼンテーションを行うとのことだった。そんなことよりも早くフェアリーテイルを修理しろと申し立てたが取り合ってもらえず、自力で直そうとしたら機材や工具を使うのにもいちいち申請が必要だと言われ、堪忍袋の緒が切れそうだ。

「やあ、きみがアカネくんだね」

思考を中断され、アカネは苛立たし気に声の方向へ振り返る。

「誰かと思えば、余裕綽々に挑んだ割に後半焦って手の内バラした挙句に負けたどっかの御曹司じゃない」
「これは手厳しい」

巽建機の御曹司、巽コウイチロウ。アカネは当然、先のレースの顛末を知っている。

「何を考えているのか知らないけど、全都市に中継されてることくらい覚えておいた方がいいわよ。企業のトップともあろうお方がポッと出の新人に負けたなんて、会社のイメージに悪いんじゃない?」
「きみが今行っているグラビア撮影も、カナズミのイメージアップ戦略のためかい?」

神経を逆撫でされて、アカネはあからさまに舌打ちした。

「はっきり言って最悪の気分。まさか企業勤め最初の仕事がコレだと聞かされてたら、ここのオファーなんて蹴ってたわ」
「カナズミは技術の開拓よりも、顧客の獲得こそが第一の企業目標を掲げているからね。金融出身らしい考え方だ」

カナズミ・フィナンシャル・グループの前身は金融商品取引業だ。大崩壊のどさくさに紛れて企業を次々と吸収し、アライランスの一角へと上り詰めた。その精神性は当初から変わっておらず、ライディングギアレースの商業ビジネス化もカナズミの影響が大きい。

「それで、田舎の土建屋の跡取り息子があたしに何の用?」
「ワタルくんのことを聞きたい」

コウイチロウの声音が変わった。言葉の裏に隠れたコウイチロウの思惑をアカネは感じ取った。

「変ね。あなたはワタルの"協力者"とやらなんでしょ?直接聞けばいいのに」
「あのAIくんが強敵でね。のらりくらりと躱されてしまうんだ。だから君に声をかけた。同じストリート出身のね」
「何か勘違いしてるようだけど」

アカネは1拍おいて言った。

「あの子はあたしたちのところに勝手に流れ着いてきた。それだけよ。そもそも、アンタにどうしてそんな話をしなくちゃいけないの?メリットがないわ」
「アライアンス企業の経営トップとのコネクションを築ける。これ以上の利点があるかい?」
「あら、まだお坊ちゃまのご身分なのに随分と大きく出たわね」

妙に食い下がるな。そこまでしてワタルに固執する理由があるのだろうか?アカネは沈黙思考する。いや、それよりも現状だ。カナズミから巽への乗り換え。企業としてのランクは下がるが、ストリートの底辺からのし上がってきたのはこんなバカバカしい撮影会をするためではない。自分は何よりもギアライダーだ。空を飛べなければ生きている心地がしない。

アカネは撮影用の豪奢な椅子を無視し、機材箱に無造作に腰掛けた。

「適当に座りなさい。お望み通り話してあげるわ」


【#2へ続く】


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