ライディング・ホッパー 総合目次

「ふうん、また新しいオモチャを作ったみたいね」

ワイヤーにパイルバンカー、そしてグライダー。相変わらず妙なギミックを作ることにかけては右に出るものはいない。瓦礫が散乱する不整地だらけの地上と違って、障害物のない空路を悠然とゆく飛行型に対抗するためには、単純に地面を走るだけではまともに太刀打ちできない。かといって、まともに空を飛んで張り合おうとしてもすぐに推進剤を使い切ってガス欠になるのがオチだ。

その点、壁に杭を打ち込んで勢いをつけ、ワイヤーで飛びながら方向転換し、ビル風を受けてグライダーで速度と距離を稼ぐのはかなり奇抜な考えだが、いつも常人には考えもつかない、そして実行不可能なアイデアを決行するのはワタルの十八番だ。

今の状況ではこちらが優勢。しかし、大阪の廃都市部は横浜同様複雑に入り組んでいる。油断は禁物だ。アカネはリクライニングシートを座り直す。クッションが柔らかすぎて落ち着かない。空飛ぶ棺桶のようだった「フェアリーテイル」とは大違いだ。

「リヴィエール」はレース用に開発されたライディングギアではない。ツェッペリン飛行船から通常サイズのギア上半身が生えたような歪な構成のこの機体は、環境調査、気象予測、要地警護、そして上空からのプロパガンダ宣伝のために建造された、カナズミの新たな顔だ。

希少金属で構成されたツェッペリンは驚くほど軽量で、ハニカム構造の内部に充填されたガスによって浮遊、必要最低限の燃料のみで最大限の速度が発揮できる。外観に関してもお抱えのデザイナーが壮絶な社内コンペを繰り広げたらしく、カナズミの持ちうる全ての技術が惜しげも無く投入されている。

機体下部からは忙しなくドローンが出入りし、周辺地域の地形スキャンや気象データの計測に飛び回る。企業役職者の避暑地である滋賀、カナズミが本社を構える京都に比べ、圧倒的に後進地である大阪の再開発事業のためにデータを採取しているのだ。

飛行型ギアは高度制限がレギュレーションで定められている。その上リヴィエールはその上図体の大きさから主要幹線道路上など、開けた場所しか通過できないため、必然的にコースが限られる。

キャノピーのガラス面に表示された航空ルートを見てアカネは歯がむ。小回りのきくギアなら、もっと最適な飛行ルートがいくらでもあるはずだ。例え狭いビル間の隙間だろうと、アカネにはどんな状況でもギアの操縦に自信があった。それが、支給された機体がまさかこんなデカブツとは。

飛行型ライディングギアは技術革新、いや、技術復興の象徴だ。人は再び空に羽ばたくために遺物と化した航空機の残骸や破損した図面データを掻き集め、ライディングギアという形で失われた夢を実現しようとしている。そしてようやくレース参加に漕ぎ着けるほどのスペックを出せるようになったのだ。もっと高く、もっと速くーーそれがカナズミの手にかかればこのザマだ。支配者のシンボル。特権の象徴。このレースは実質的にカナズミの戴冠式だ。

くだらない、とアカネは思う。

（我々の目的はこのレースの勝利ではない。このリヴィエールと、我がカナズミの新たなギアライダーである君をアピールする絶好の機会なのだ）

脳裏によぎるのはスーツの襟に社章のピンバッチを付けた、カナズミのマネージャーの言葉。

（そもそも、このレースはエキシビションだ。アライランスの序列が変わることはない。それならば、あの期待の新人君に勝ちを譲っても問題はない。むしろ、それが我々企業の配慮というものだ）
（それじゃあ、あたしの面子はどうなるのよ）
（優先順位の問題だよ。君もカナズミの人間になったのなら、勝ち負けよりも重要なことがあるということを理解してくれたまえ）
（……）
（心配せずとも、我らがリヴィエールのスペックであれば負けることはまずない。大船に乗ったつもりで構えてくれたまえ）

ゴウンゴウン。ツェッペリンは悠然と空を進む。航空経路も操作系も全てモニタされており、必要な指示は全てカナヅミ本社のオペレーションセンターがナビゲーションが出す。操縦ミス一つで取り返しのつかない事故を起こすほどピーキーなフェアリーテイルとは大違いだ。リヴィエール一機に一体どれだけの技術と頭脳と人材がつぎ込まれたのか。操縦桿がひとりでに、滑らかに動く。ここに座っている自分はただのお飾りだ。カナズミという王様に戴かれる王冠。

ジャンク街からの脱出。企業のスカウト。一見すると、ほんのひと握りの人間しか到達できない、途方もないサクセスストーリーだ。それを、あたしはやり遂げた。だが、これが願っていたもの？本当に？

【#5へ続く】