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ライディング・ホッパー チャプター2 #3

ライディング・ホッパー 総合目次


爪先に備え付けられた鉄杭がコンクリートを砕いた時には、すでに壁面からはとっくに遠ざかっている。壁を打ち砕いた反動でライディングギアは爆発的な跳躍を見せ、次々と廃ビルの壁を蹴り渡ってゆく。HMDゴーグルがアラートを鳴らし、ナビが視界にガイドを流した。

すかさずアンカー付ワイヤーを目の前のビルに打ち込むと、振り子の要領で回り込むように跳躍方向を強引に変更する。そのままアンカーを左右の立体物に交互に射出する。

「いい調子です。そのまま左側のビルを越えたら前方の鉄塔で再度三角飛び。すかさずアンカー射出で歩道橋下を潜ってください」
「ちょっと二手三手先までいっぺんに言わないで、頭が混乱する!」
「これくらいのことをやってもらわねば今回のレース、勝利することは難しいでしょう」

言い合う間にも、ギアは廃都市の幹線道路上を空を”飛んで”ゆく。通常ライディングギアを飛ばそうとするなら、極限まで空気抵抗を無くしたフォルム、レース中一度も機嫌を損ねることがないエンジン、そして何よりギアライダーの手腕が問われる。人類が一度手放した空を飛ぶという羨望は、大崩壊後の世界にとって企業勤めと同じくらい実現不可能な夢なのだ。

しかしワタルが駆るライディングギアは翼も生えていない地上型のそれだ。ギリギリまで機体を軽量化した上で脚部に掘削用パイルバンカー、腕部にアンカー付ワイヤーを装備しただけ急ごしらえもいいところである。しかもどちらも初戦で負かした巽建機から提供を受けた一般用途品で簡単な運用テストは行ったものの、ほとんどぶっつけ本番で今回のレースに臨んだ。

どれだけ熟練した腕であっても、一人のギアライダーが行うにはあまりにも高等なテクニックだ。当然トレミーのサポートがあっての賜物だが、ワタル自身も今まで以上に繊細な操縦技術を要求される。もしもビルの間を吹き付ける強風が気まぐれをおこせば、たちまちビルに激突するか、地面に墜落することだろう。

スタートからほんの数歩以降、一度も地に足を着けていない。そもそも、今回のカスタマイズは”走る”ことを想定していない。長距離走行は不可能なのだ。次の着地はゴール地点。それ以外で地に足を着けることは、すなわち敗北を意味する。

「こっちは貧乏屋の突貫工事だってのに、お高くとまっちゃって……!」
「ワタル、口が汚いですよ」
「だいぶ抑えてるよ!」

両腕から射出されたワイヤーを鞭のようにしならせ、空中ブランコのように鮮やかに空へと舞い上がる。壁面と拘束されたワイヤーを切断し、さらに上へ、上へ。

「トレミー、風向きは?」
「南南西の方角。ビル間の谷間風の影響で風速は30m/s。これならいけます」
「よし!」

ゴウ、というひと際強い風がライディングギアを襲った瞬間に、バックパックから骨組みの”傘”が展開した。それは瞬時に膜を張り、強風を受けてさらに上空へと誘った。ワタルが手元のスイッチをパチンと切り替えると、傘はパキパキと骨組み形状が変わってゆく。より大型に展開するフレームに張られた膜は破れることなく伸縮し、数度の瞬きの間にそれはグライダーの形状をとった。

風に乗り、グライダーはさらに速度を上げる。高度が上がったことで眼前にはっきり見えるのは巨大な機影。カナズミ・フィナンシャル・グループの最新鋭機「リヴィエール」だ。全長50メートル。希少な軽金属がふんだんに使われた装甲に覆われたそれは、旧時代のツェッペリンと呼ぶに相応しい。

「ずいぶんと偉くなっちゃったんだねえ、アカネは」
「彼女も今やカナズミの社名を背負った大型新人ですから」

巨影が日の光を遮る。グライダーは一直線に飛ぶ。ワタルはゴーグルの調光度合を調節し、息を吐いた。


【#4へ続く】


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