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感動ポルノについて

みなさん感動ポルノという言葉を知っていますか?

2012年にステラ・ヤングという方が初めて用いた言葉で、
身体障害者が物事に取り組み奮闘する姿が、
健常者に感動をもたらすコンテンツとして消費されている
と指摘・批判する意味で使われました。

最は、このポルノという言葉がいろいろな場面で使われ始めています。
モノ化し、単純化し、魅力を不自然に作り出し、利益を上げようとするものは、ポルノというわけです。

感動というのは悪いことではありません。
感動することはいいことです。
しかし感動ポルノはなぜ良くないのか?
それは本当の意味で感動していないからです。
無意識のうちに生まれる感情だからです。

障害者感動ポルノが蔓延すると、
特に何もしていない障害者にも感動し、賞賛したくなる人が出てきます。
感動している人は悪い人たちではないです。
善意、好意なのでしょう。
しかし心理学的に見ると、その心の底には偏見差別の心が潜んでいることがあると言われています。


こうして無意識のうちに自分の感受性や感覚までおかしくなってくるのです。
なのでぼくは感動ポルノは害悪だと思います。
ぼくにとっては害悪です。

そして障害者感動ポルノだけでなく、
ただ泣かせる映画をみて感動したと言っている人たちはすごく浅い人間とも感じます。
ただ泣かせるだけの映画も害悪なのです。

映画に関しても本に関しても一番大事なのはメッセージ性です。
これを考えるからこそ感受性が研ぎ澄まされ深い人間になっていくのです。

宮崎駿さんは声優さんに
「ナウシカを見てすごく泣きました」
と言われ
「これは泣かせるだけの作品ではない
泣きたいだけならおしんを見ればいいんです」
と答えたようです。

この言葉に全て込められているなと感じました。
宮崎駿の作品には価値があります。
それはストーリーの裏側に強く深いメッセージが込められいるからです。

最近、キューブリックのフルメタルジャケットや
フィンチャーの作品を見てそのメッセージ性の大事さに気付いたからです。

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