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随想起抜『レカミエとオテーロ』

ジュリエット・レカミエ________いやマダム・レカミエと云った方が通りは良いのか。帝政時代19世紀初頭。高い教養を身に付け、柳絮の才を如何なく発揮し、フランス文学を礎に権力者たちによる"お茶会"の場でもその存在感を高めた絶世の美女であり傑出した人物として歴史に名を刻む。

フランソワ・ジェラール「ジュリエット・レカミエの肖像」1805年

フランス絵画の変遷になぞって眺めるのであればロココ終焉から新古典主義を駆け抜けた女傑であり、希望と騒乱が混沌なるままに支配した時代を、女としての生き道より人間としての生き方を貫いた女性であり…… 。
惜しむらくは"美しすぎた"のだろう。どこか一つでも嗤いがとれていたならもっと遣り易かっただろうが。まぁ、そりゃぁ…… 口説くなという方が無理な話しであり、美しいものを愛する男たちにとって、口説いちゃ駄目よは拷問にもなり得ただろう。

フラゴナール ブランコ 1767年 レカミエ生誕の10年前 ロココ終盤の秀作

南フランスはコートダジュール。
またの名をリビエラであり、フレンチ・リビエラでありと称される
フランスきってのリゾート地であるニース。
日ごと夜ごと紳士淑女の嬌声が紫黒色(しこくいろ)した空を星が流れるように尾をひいた街だ。
表のニースに女の涙は似合わない。
ただ、深紅のテーブルクロスの裏に染みた涙はワインの味を深くするとかしないとか… 。

「写真」その謂れを知っているニースっ子やホテルマンたちは親しみと敬意をこめ
"アンリ"と呼ぶニースのランドマークホテル
「ホテル・ル・ネグレスコ」
天蓋のドーム部分は、娼婦・ラベルオテーロのたわわな乳房をイメージしたと伝わる
ベルエポック様式が特徴的である。ここで喰う朝飯は美味く愉しい___________。

ラ・ベル・オテーロ_________スペイン生まれでフランスに渡りダンサー、娼婦として世の好色な金満艶福家のもとを変幻自在に飛び交い愛された19世紀のベルエポックを生き抜いたザッ・女である。
ニースのランドマークホテル・アンリ(ル・ネグレスコ)の天蓋部分のドームはラ・ベル・オテーロの形の良かったと云われる乳房を模したと云われていることに鑑みるのであれば、満更、ベルエポックの生みの親と云えなくもなさそうなのだが。また、いい加減なことを書いては本チャンからお叱りが届くかもしれぬので大概にしておく。

ラ・ベル・オテーロの肖像画

さてこの二人の女性。時間的に見ると被りはない。
レカミエの死後、19年後にオテーロが生を受けている。
たった19年だ。
共に数奇な運命を生きた二人の女性。交錯することなく生きた二人の女たち。

               ■

さて、ここで貴重な時間を費やして頂ける御仁であり、私のところの原稿を読んで頂けている御仁であれば「はて……ラ・ベル・オテーロは世一が小説として紡ぎ上げようとしていた人物だったはずであり、わざわざフランスからフランス語の原本を取り寄せていたはず……」と覚えて頂いているやもしれず、どうでも良いかもしれず、忘れてしまったかもしれず…… 。

私の書くもののテーマの作り込み方をご存知の方であれば説明するまでもないのだが、私は原則、対極の存在を置く。比較対象を行いやすい存在。イメージがしやすい存在を置くのが私の小説の特徴でもある。夢殿・秋涙であればお里とお千代の関係性であり、質屋と古道具屋になる。鱗粉であれば、音の鳴る鯉のぼり、音の鳴らない風鈴であり、兄と妹である。

私は、一年少し前に、ラ・ベル・オテーロを書くことを決めてから、ジュリエット・レカミエを対極に置くことを決めていた。
ジュリエット・レカミエに対し、ラ・ベル・オテーロの情報は多くない。ジュリエット・レカミエは数々の画家がその姿を肖像画として残し、彼のナポレオンですら骨抜きにされ、レカミエの肖像画を贈ったものの取り付く島もなく、ケンモホロロの扱いをされたと伝わるほど、エピソードには事欠かないのだが…… 。


先日、ここをウロウロしているとジュリエット・レカミエを題材に書いておられる御仁をみつけてしまった。
 たった数行の作品なのだが、天を見上げ、星に手を合わせ涙するほどに泣ける作品なのだ。レカミエの美しさと聡明さ、そしてあの時代を生きたリベラリズムを心根に置いた人間の魂の強さを感じさせる作品は愛さずにいられないのである。正直、嫉妬する間も無く打ちひしがれたというのが正直なところであり、分ってはいたことだが、やっぱりね…… とひとりニヤついたものだ。

少なくない人たちの作品に驚かされるばかりの日々だが。
ああいうものを知り得る中に身を置くから、人は夢を見続け、人は苦しむのであろうなぁ。あたしゃこっち方面については本当に素直でいられるのである(笑)

世一


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