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小説『Persona(仮面)』①

2023/01/11
『世一、只今執筆不能につき飯食って寝るこの数日そのうち書き出すじじいになると鬱々とするのである。さあ朝飯食べて今日も寝よう♪しあわせ♬』 

以下本稿

persona non grata(好ましからざる人物)ペルソナノングラータという言葉がある。ラテン語なのだが主に外交用語として世界共通語としての存在感を持った言葉であり、ときとして自国民に対してすらその言葉をタグづけする場合もある。こういうタグがつけられると、海外旅行などに出かけた先では概ねイミグレで止められ入国拒否の憂き目を見ることになるのだが、日本という国が自国民に対しこのペルソナノングラータというタグをつけたことがあるかどうかは定かではない。しかし外の世界、他の国々の間での風聞としては時おり聞こえてきていた。こんな仕事をしていると寧ろ海外からの情報の方が入りやすくなる。どうやらアイツPNG食らったようだぞ……という具合である。
 どこぞの国の内に目を向けてみてもPNGはそこかしこに跋扈しているのだがなにが好ましく、何が好ましくないかの判断も曖昧模糊となった現在のお話し。概ね主体者の都合に顧慮したところからの判断機能であることは書くまでも無かろうか。さてさて真のペルソナノングラータは誰であるのか。
 政治なのか、政治家なのか。司法なのか司直の手なのか、はたまた下々の者なのか一部の上級市民と呼ばれる者たちなのか。今の時代においてはさして珍しくもないエピソードから紐解く物語を始めてみよう。

 ときは二千××年の暮れの出来事からはじまる。
 洋一はいつものように自宅に設えたワークステーションの前に座り、海外からのメールやチャットの処理に追われていた。外国から日本へ来るゲストのアテンドやラウンド(地上手配)のコーディネートをはじめとするカスタマーサポート、受け入れ先である様々なクライアントとの触媒役を生業(なりわい)としていた彼にとっては、旧正月を二カ月後に控えた十二月はかき入れ時と云えたのだがこの年は少し様子が違っていた。
 某国に端を発した伝染性の高い病気が徐々に世界に蔓延しはじめ、日本に入ってくるのも時間の問題となっていたのである。
 彼の作業も大半はキャンセルへの対応やクライアントへの状況説明という些か生産性の低い仕事が中心となっていたものの、一部の来日滞在ゲストのon the way における食事場所のコーディネートや、レッドライトエリアでの「夜のお遊び」の予約手配もあったことから業務の煩雑さは多様を極めていた。

 そんな暮れのある日。自宅玄関の呼び出しチャイムが来訪者を告げた。
「どちらさまですか」洋一が来客への確認の言葉を告げると、相手は郵便局を名乗り「書き留め」ですと不愛想に告げた。
【書き留めであれば出ないわけにもいかぬか】そう考えドアを開けると郵便局員が「受け取りの署名をフルネームでお願いします」と告げる。彼はいつものように筆記体のサインを済ませ書き留めを受け取り差出人を確認しようとしたところ、確認するまでもなくそこには「××地方裁判所」という大きな字での印刷が施されていたのである。洋一は郵便局員の不愛想に合点を見た。
「なるほど、裁判所からの書き留めであれば、それは不愛想になっても責めることは出来ないか」と。
 が、彼がその封書をしげしげと眺め観た時、そこには「裁判員裁判制度問い合わせ窓口」という印刷文が併記されているのを認めた。
「ははぁ……ついに来たのか召喚状が」彼は封書を開けることなくソファーの上に放り投げるとワークステーションでの仕事に戻った。

 その日の夜。洋一は夕食を済ませると件の「召喚状」を開封した。封書には召喚日時などの詳細が書き込まれた書面が一通。他は裁判員裁判制度の冊子と注意書冊子などが封入されていた。
「年明け早々から裁判員としてのお務めとなるかもしれぬか」洋一は召喚状を眺めながら独り言のように呟いた。思えば数カ月ほど前のこと。××地方裁判所から裁判員候補に選ばれた旨の書面は届いていた。
 そこには「候補者の中から選出された人の元に裁判員として出廷いただく場合、事前の説明会があるのでそれに参加するように」という趣旨の手紙は受け取っていたのである。その後すっかり忘れてしまっていたがついに現実味が増したようだった。

 正月も明け松の取れた頃。洋一は召喚もとである裁判所へと出向いた。正月休みから開けて間もなしの早朝の官庁街。裁判所、法務局、警察署、弁護士事務所、地方検察庁などからなった一画。呼び出し指定時間までは三十分ほどの余裕があったが洋一は躊躇うことなく受付のある三階を目指しエレベーターのボタンを押した。
 三階エレベーターホールにでるや、裁判員裁判説明会場という案内に倣い歩みを進めると、廊下に用意された椅子には既に数人が座り開場時間を待っていた。マスクをした者はこの時まだ居なかった。
 指定時刻の十五分前には開場となり、それぞれ会場内に入ってゆく。会場内では座る場所にも指定がされており、予め封入された用紙に記載された番号の席に座るようにとの指示がされていたのである。
 ②につづく

(注⒈)
原則、国民の義務であるから辞退は出来ない。ただし、適切な理由が認められれば辞退は可能だが、"仕事の関係"は難しいようだ。説明会場ではアンケートに名を借りた簡単な適性検査の様なものもあり、何某かの理由で辞退したい場合、適性検査アンケートの回答結果によっては"希望に沿う"結果になることもありそうではある。その他、持病、介護など一般常識に倣った辞退は可能なのだろうと感じることは出来た。

 一つ申し上げておくが、プライバシーは機能していないと考えておかれた方が良い。"苗字"程度は裁判員の間でどの道、何かの拍子に漏れ出る。非常に無責任であり、脆弱であり、機能不全が覗えるレベルのプライバシーへの取り組みである。わたしは期間中に二度にわたり、担当判事に、問題点課題のレターを直接手渡している。

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