爆発侍 尾之壱・爆発刀 四四

 この辺りは、勘定方を含め藩内の庶務を行う為の各部屋が集中しており、女人が足を踏み入れるような事はまず有り得ない。

 いずれかの妻女が、夫になにかしらの用向きがあって……ならば、火急の用件かも知れぬ。

「そこの方、いかがなされた?」

 廊下の向こうの影にそう声をかけ、又右衛門は再び歩みを始めた。

 又右衛門の声に反応し、人影がこちらにゆっくりと振り向く。

 腰まで伸びた艶やかな黒髪が、さらりと揺れた。

 待て、髪を結っていない?

 家中の妻女で、その様な者は一人もいないはずだ。

 又右衛門の心中で、親切心が猜疑心に変わった。

「待て、お前、一体何者……」

 そう言って、女を詰問しようと足を速めようとしたその瞬間、又右衛門を衝撃が走った。

 今まで経験した事の無い猛烈な痺れに全身を戦慄わななかせ、又右衛門の意識はあっという間に闇の中に落ち消えてしまった。
 
「上手く行ったみたいね」

 廊下に崩れ落ちる又右衛門を見守りながら、おこんが、ふう、とため息を一つつく。

 そのまま足早に又右衛門の側に歩み寄ると、首筋に指を当て、もう一つ、今度は安堵のため息をついた。

「……大丈夫。死んでないわ。でも、思ったよりも電撃が強かったみたいね」

 おこんはそう言うと、咎めるような目を廊下の隅へと向ける。そこにはなにも無いようだが、よく見ると腰ぐらいの高さの景色が一部揺らめいて見える。

 どうやら又右衛門を失神させたのは、右門が「旋風」と名付けた、おこんの配下の低級妖だったようである。

「風によって空気を『摺り合わせ』て電気を生み出す……今までも何度か人相手に使った手だけれど、確実に威力が上がってるわね、これ」

 そう言っておこんは眉を顰め、ああ、そうか、と手を叩いた。

「右門様が名前を付けられたからだわ。それでこの子の『妖格』が上がってるのね」

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