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実はそれ、企業のPR戦略だって知ってた?

突然ですが、私はPRというお仕事が大好きです。
なぜ好きかを言語化したことが無かったのですが、この記事を書くにあたって、なぜ好きかを言語化するべく掘り下げてみました。詳しくは記事の最後に書きますが、私にとってPRは『創造性を必要とし、多くの人と関わりながら、組織や社会に良い影響を与えられる仕事』だから好きなのです。

私たちの生活のなかに溶け込んでいる習慣やイベントが、実は企業のPRやマーケティング施策がはじまりというのはよくあります。
例えば、

第一想起するのは「コカ・コーラ」サンタクロース

サンタクロースと言えば、多くの人が「大柄で真っ赤な服を着た、白いひげの陽気なサンタクロース」を思い浮かべるでしょう。実は、このイメージは1931年にアメリカ人画家ハドン・サンドブロムがコカ・コーラのクリスマスキャンペーンのために描いたサンタクロースなんです。1931年以前のサンタクロースは、痩せた背の高い男性や、少し不気味な雰囲気の妖精、聖職者のローブを着た姿や、北欧の狩人のような毛皮を身につけた姿もあり、その外見は非常に多様でした。サンドブロムのサンタクロースは、『サタデー・イブニング・ポスト』、『ナショナル・ジオグラフィック』、『ニューヨーカー』などの人気雑誌に掲載され、アメリカ中の人々に親しまれました。1931年~1964年までの30年以上にわたり、サンドブロムは40点以上のコカ・コーラ サンタクロースの作品を描き続けました。
私たちが思い浮かべるサンタクロースの外見は、コカ・コーラのPRそのものなのです。

私はそういったPRのお話しが大好きです。そこで今日は「習慣化しているそれ、実は企業のPR・マーケ施策だよ」をご紹介します。

簡単な自己紹介✋

GMOペパボ株式会社で、ECサイト構築サービス「カラーミーショップ」のPRをしています。サービスを知ってもらったり、使ってもらうために、セミナーやイベント、コンテンツの企画・制作、インタビューなどをしています。noteでは経験や、経験や築いた事をつづっています。

このエントリーはGMOペパボ EC Advent Calendar 2023の24日目のエントリーです。

昨日のエントリーはTatsumi0000!さんの「fish環境でdockerとkubernetesのコマンド補完を有効にする」でした!
明日25日はテリーさんです!


苺が載ったクリスマスケーキの始まりは不二家

クリスマスケーキの起源は、様々な文化的背景を持つ古い伝統に基づいています。クリスマスケーキの起源は中世ヨーロッパにさかのぼります。当時、12月24日のイブに食べる断食前の豪華な食事の一部として、豊富なドライフルーツやスパイスが入った濃厚なプディングが供されていました。

日本ではじめてクリスマスケーキを販売したのは不二家です。クリスマスケーキの普及には「不二家」や「銀座コージーコーナー」など複数のケーキ店やパティシエが関わっていますが特に、不二家は日本のクリスマスケーキ文化の発展に重要な役割を果たしました。
日本で初めてクリスマスケーキを販売したのは1910年。考案したのは、不二家の創業者である藤井林右衛門(りんえもん)さん。当時のケーキは不二家の前身である横浜市の洋菓子店で販売されたもので、現在のようにいちごや生クリームを使ったものではなく、ドライフルーツと洋酒を使ったフルーツケーキでした。非常に高価で、特別な日に食べる贅沢品でした。
その後、冷蔵技術の普及に伴い現在の形へと変化していきます。
1922年にはショートケーキが販売され、1933年頃にはいちごをトッピングしたケーキが誕生しました。1950年代に入ると、不二家はスポンジケーキにホイップクリームといちごを使ったスタイルを取り入れ、これが現在見られる日本のクリスマスケーキの典型的なスタイルとなりました。1952年に不二家がスタートしたマーケティング戦略「クリスマスセール」をきっかけに、クリスマスケーキはより広く知られるようになりました。

そこで気になるのが世界のクリスマスケーキ。いったいどんなケーキがたべられているのでしょう。代表的なものを簡単にまとめて紹介します。

ドイツ【シュトーレン】
ドライフルーツやナッツが入った甘いパン。粉砂糖をまぶして仕上げます。
イタリア【パネトーネ
レーズンやカンディードフルーツが入った高さのある菓子パンです。
フラフランス【ベラヴェッカ
果物やナッツが入った甘いブリオッシュタイプのパン。
オーストリア・フランス【クグロフ
リング型の菓子パンで、ドライフルーツやアーモンドが入っています。
スペイン【ポルヴォロン】
アーモンドを使ったほろほろと崩れるテクスチャのショートブレッド。
イギリス【ジンジャークッキー
ジンジャーを効かせたスパイシーなクッキー。
スウェーデンルッセカット】
サフランを使った甘いパンで、クリスマスの時期に特に人気です。
アメリカフルーツケーキ】
様々なドライフルーツやナッツが入ったリッチなケーキ。
ギリシャ【メロマカロナ
オレンジとハチミツで味付けされたクッキー。
ポーランド【マカヴィエツ
ナッツや果物がたっぷり入ったロールケーキ。

それぞれの国のクリスマスの伝統を反映しており、家族や友人との集まりに欠かせない特別な存在となっています。

「クリスマスにはケンタッキー」キャンペーン

日本のクリスマスチキンの歴史は、1970年代にケンタッキーフライドチキン(KFC)のマーケティング戦略によって始まりました。KFCは1970年に名古屋に初の店舗を開店しました。当時、日本でのクリスマスは宗教とはほぼ無関係で、家族で祝う習慣もあまり普及していませんでした。これが変わったのは、1974年にKFCが「クリスマスにはケンタッキー」のキャンペーンを開始したことでした。このキャンペーンは、テレビCMやポスターを通じてフライドチキンをクリスマスの象徴的な食べ物として広めました。

当時、日本にはクリスマスの伝統的な料理の文化が存在しなかったため、KFCのキャンペーンは新しい祝い方として受け入れられ、日本独自のクリスマス文化として定着しました。この習慣は日本特有のクリスマスの祝い方として国際的にも知られるようになり、日本の文化的アイデンティティの一部と見なされるようになりました。日本のクリスマスチキンの歴史は、商業的なマーケティング戦略が新たな文化的習慣を生み出し、定着させた例として注目されています。

「あなたのバレンタインにチョコレートを」

バレンタインデーの起源にはいくつかの説がありますが、最も有名なのは約1700年前の3世紀、ローマ帝国時代にさかのぼる話です。この時、皇帝クラウディウス2世が結婚を禁じたにもかかわらず、ウァレンティヌスという人物が若い恋人たちの結婚を秘密裏に手助けしていました。彼はその行為が原因で西暦269年2月14日に処刑され、この日はローマ国民によるお祈りの日となりました。ウァレンティヌスの遺志は今も多くの人々に残っています。バレンタインが恋愛と結び付いた「イベント」として広まったのは、その後の14世紀頃(西暦1301年〜1400年)です。また、3世紀のローマ帝国で2月14日は「女神ユノの祝日」とされ、この日にくじ引きで異性と一緒に過ごす風習がありました。この風習と聖バレンタインの逸話が組み合わさり、2月14日が「愛を告白する日」として広く知られるようになりました。

バレンタインデーにチョコレートを贈る習慣は、1935年に神戸のモロゾフ製菓が「あなたのバレンタインにチョコレートを」という広告を英字新聞に掲載したことから始まったとされています。1958年には森永製菓が「バレンタインデーにはチョコレートを」というキャンペーンを開始し、これが日本特有の「女性から男性へのチョコレート贈呈」という習慣の始まりとなりました。1960年代には明治製菓も積極的な広告キャンペーンを展開し、バレンタインデーにチョコレートを贈る文化をさらに促進しました。

これらの企業のマーケティング活動は、バレンタインデーを日本の年間イベントとして定着させるのに大きく貢献し、現在ではバレンタインデーが日本文化の一部として広く認識されており、多くの企業がこの日に合わせた製品やキャンペーンを展開しています。

ちなみに、ホワイトデーも日本のもので、起源は諸説あります。ひとつは1978年に、福岡の和菓子老舗店『石村萬盛堂』がマシュマロで黄身餡を包んだ博多銘菓『鶴乃子』の中身をチョコレートにしたお菓子を「マシュマロデー」として売り出したのが始まりというもので、マシュマロデーがなかなかヒットせず7〜8後百貨店から「マシュマロを想起する白にちなんで『ホワイトデー』という名称にしてはどうか」というアドバイスを受け、名称を変更した説。もうひとつが、全国飴菓子工業協同組合が1978(昭和53)年に、バレンタインデーの返礼にキャンデーを贈る日として制定しイベント化した説とあるそうです。

ちなみに、日本記念日協会には、「ホワイト・デー」の名称で石村萬盛堂が制定した日として記念日登録がされています。

兎にも角にも、バレンタインのチョコレートの経済効果は2023年約1083億6936万円(※)と言われていました。もしも、日本のお菓子メーカーにバレンタインデー戦略がなければ、ここまでの需要を生み出していなかったことでしょう。

出典:バレンタインのチョコレートの経済効果、関西大学プレスリリース:宮本勝浩名誉教授が試算。2023年バレンタインチョコの経済効果

日本に定着したハロウィン

ハロウィンが日本で人気を博すようになったのは、多くの企業が関係しています。
1970年代にキデイランド原宿店がハロウィン関連商品を初めて扱い、1983年には商品販売を促進するためのパレードが開催されました。そのころからハロウィン商戦はあったものの、日本におけるハロウィンの知名度が飛躍的に高まったのは、1997年に東京ディズニーランドで開かれた「ディズニー・ハッピー・ハロウィン」仮装イベントの影響が大きいといわれています。
このイベントは後に東京ディズニーリゾートの秋の定番イベントとなりました。2000年代半ばからは、菓子製造業者がハロウィン市場に目を向け、商品の販売を開始。バラエティショップでは仮装グッズの販売が活発になり、ハロウィンは日本全国で急速に広がりました。コスプレ文化が既に根付いていた日本では、ハロウィンの仮装が自然と受け入れられ、独自の発展を遂げました。さらに、SNSの普及が「SNS映え」するイベントとしてハロウィンの人気を後押ししました。

私がPRという仕事が好きな理由

最後に「私がPRというお仕事が大好きな理由」について言語化したいとおもいます。冒頭にも書いた通り、『創造性を必要とし、多くの人と関わりながら、組織や社会に良い影響を与えられる仕事』だからです。

噛み砕いていくと、まず、PRは創造性とコミュニケーションを求められる仕事です。新しいアイデアを考えることが大好きな私にとってはこの上なくワクワクするのです。究極の逸品に出会う宝探しや、モノづくりをしているときの感覚に似ています。
また、色々な人とのコミュニケーションから得られる情報や、見聞きする情報は、視野を大きく広げてくれます。
絶えず新しい情報に触れることができ、好奇心旺盛な私には刺激となり学びとなるのです。実施施策は、ポジティブな影響を与えることができ、誰かのちょっとした幸せを作り出せたりもするんです。
考えを言語化しているだけなのに、ワクワクソワソワ、ふふふっという気持ちになっちゃいます。

ChatGPTにも聞いてみました。
私はなぜPRという仕事が好きなのでしょうか。
短くまとまった文章で回答してください。

PR(パブリック・リレーションズ)という仕事が好きな理由は、コミュニケーションスキルを生かして、企業や組織のイメージを形成・維持する役割を担うことに魅力を感じるからかもしれません。また、さまざまなメディアとの関係を築き、影響力あるストーリーテリングを行うことで、目標達成に貢献することができる点もやりがいとなっている可能性があります。

ChatGPT4の解答

PRの仕事が好きな理由は、情報を効果的に伝え、人々の意識や行動に影響を与えることができるからです。

ChatGPT3.5の解答

どちらも非常に納得です。でもどちらかというと最近は、3.5が好きです。

サンタクロースのイメージ、日本のクリスマスケーキ、バレンタインのチョコレート贈り物、ハロウィンの普及など、どれもが企業の創造的なアイデアから生まれた習慣です。PRやマーケティングは、単に商品を売るだけでなく、私たちの生活に新しい息吹をもたらしています。
言い換えるとPRやマーケティングには人々の生活の一部となるイベントや行事を作り出せる可能性を秘めてるんです。
私もそういった、生活に新しい風を吹き込むPR施策ができるように、2024年も絶え間なく学び続けていきたい、そう考えています。

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